『話足ノ』
フォロワー数二千人弱。栞の数二百四十余り。星の評価数は四百超え。
加須はパソコンの画面を食い入るように見ながら不敵な笑みを浮かべた。現在執筆中である長篇小説『ナイトメアのドラゴン北へ行く』が、上り調子であるためだ。
小説投稿サイトに掲載してから早三ヶ月は経つだろうか。初めは数人だったフォロワーや評価も、今ではランキング入りするほどに数が増えている。筆が乗っていることもあり、八千字程度だった文章は、もうじき十万文字に到達しようとしていた。
このままいけば、来たるコンテストも恐らく狙えるだろう。
執筆作業に移りながら、加須は己ひとりだけの空間で密かな愉悦に浸る。実のところ、他サイトでは閲覧も栞もいまひとつだった。更新せど更新せど読者はぱっとせず、プライドが許さなかった。
このサイトはその点、交流が活発で評価がつきやすい。そこに加須は目をつけた。
まずは、フォロワーを増やすことを目的とした。単純にフォロワーが増えれば、それだけ自分の作品に目を通してくれる読者も増加すると踏んだのだった。
初めにこちらからフォローする。すると、大抵の作者はフォロー返しをしてくれた。相手も自分の作品を読まれたいと望む心理を利用したわけである。
加須の狙い通り、フォローという甘い餌によって、多くの読者を獲得することに成功した。あとは誰かが評価を入れてくれるのを待つだけ。難しくない。
あまり動向が芳しくないときは、此方から星を投げた。といっても、本当に相手の作品を読んでいるわけではないし、良いとも思っていない。加須は、自分が唯一無二のストーリーを書いているという自負がある。小誌のコンテストで賞を獲ったことのある加須にとって、他人の作品など取るに足らないものであった。
この日の執筆作業に一区切りつけ、加須は大きく背伸びをする。ブラインドの向こうでは、眠らない夜の街が横たわっていた。無数の街明かりが自分への称賛に思える──。フォロワーや星の数など、加須にはひとりひとりの読者ではなく、自分を際立たせるための脇役にすぎなかった。
「そろそろ風呂入って寝るか」
加須が小説サイトを閉じようとしたそのとき、通知が鳴った。加須はどうせお人好しの阿呆が引っかかったのだろうと安易に考えた。口許が歪む。即座に通知を開いてみると、どうやらコメントのようだった。読む前からいい気になっていた加須は、画面を確認すると同時に眉を顰めた。
わたしのことを、覚えていますか?
文面は一行のみ。それも奇妙な内容である。加須がとりあえずユーザー名を見てみると、意味のないアルファベットの羅列であった。試しにユーザー情報をクリックする。紹介文はないが、投稿している小説はあった。
しかし、タイトルは文字化けしたような気味の悪いもので『話足ノ』とだけ書かれている。しかも、文字数は零。じわりとした薄気味悪さが忍び寄る。
ブロックするか。
カーソルをユーザーに合わせる。しかし、指が一瞬躊躇った。もしかしたらと、自分への長い評価欄を下まで辿る。すると、やはり一番最初に、このユーザーの名前があった。
一番最初の読者。
加須は何か得体の知れないものを感じたが、あまり深く捉えずにその日を終えた。
わたしのことを、覚えていますか?
次の日も、全く同じコメント文が加須の許へ届いた。推敲を済ませ、投稿の準備をしている最中であった。
二度目ということもあり、いくらか苛立ちを覚えた加須だったが、不要なコメントは削除して連載の続きを投稿する。下手に相手を刺激すれば評価が取り消されるばかりか、悪評を立てられかねない。
ほどなくして、通常よりも丁寧な褒め言葉が加須を自惚れさせた。
「これよ、これ。俺が求めているのは」
こうして評価が高まっていくたび、自分が特別な気がした。
いや、俺は特別な存在なのだ。
さきほどの気色悪いユーザーのことは、すでに頭の片隅にもなかった。
しかし、事態はこれで収束しなかった。明くる日も明くる日も、同じ文面が、それも同じ時間にやってくるのであった。深夜二時四十四分。
さすがに加須も耐えかねて、この異常なユーザーをブロックした。いくら栞やフォローを外されないためとはいえ、毎夜となると精神的に堪える。減った分、代わりに誰かを釣ればいいだけの話だ。
暫くは平穏な日々が続いた。コンテストの読者選考も、数が足りないわけではない。これで大金は自分のものであると、加須は腹の底で醜く嗤いながら、ついに長篇小説を完結させた。
早速、通知があった。浮きだった気持ちでコメント欄を開いた加須は絶句した。
わたしのことを、覚えていますか?
確かにブロックした。ブロック欄にも、あのユーザー名はある。サブ垢でも使っているのだろうか。加須は冷や汗をかきながら全ての痕跡を消し去った。後ろめたい気持ちが、蛇の如く全身を這い回る。
実を言えば、加須はターゲットが評価を入れた途端、こっそりとフォローを外していた。星さえ掴めば、もう用済みだからだ。外した通知は相手には届かない。とはいえ、気づかれない可能性は全くないわけではない。
フォロー外しに気づいたユーザーが、腹いせに嫌がらせをしているのだろうか。
思考する間もなく、さらに連続した通知が鼓膜を震わせた。何通も何通も、コメント欄には同じ文面が溢れだす。必死にブロックするも、壊れたように機能しない。
また通知が鳴った。
『わたしの、』
『ワタシの……ここコトト』
『話足ノ222244444』
「うわああああ」
加須は発狂してブラインドに背中を叩きつけた。いつ窓を開けたのだろう。加須はそのまま体勢を崩し、マンションの最上階から真っ逆さまに落ちていく。
静かになった部屋では、パソコンの画面が眩しく光っている。
フォロワー数2424人。栞の数224。星の評価数222244444……。
タイトル『話足ノ』、この小説は完結しました。




