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10.冬:赤

【それはダメだよ。あいつには未来があるんだから】


兄さんが家を発つ前、父と口論していたのを盗み聞きした際に聞こえた言葉。


その意味を、ようやく理解出来たように思う。




ザク


ザク



一面の白い雪を踏みしめて、顔を真っ赤にしながらハノは母の墓参りにも帰ってこない兄のことを考えていた。


あんなに兄を愛そうとしていたのに、愛は返ってはこなかった憐れな人。

あの人は貴方の墓参りにも帰ってこないんだよ?


ハノはかじかむ手を気にせず、母の墓に被さった雪を落としていく。



「お辞め下さい。貴方に傷がついてしまう。」

「だってこの人が冬に死んだんだから仕方ないでしょ。それとも、君がはらってあげたいの?」

「おまかせを。皮膚の強さには自信がありますので。」


じゃあお願い、と言うとアダラートは悲壮感を全く感じさせず、文字が見えるくらいの量を落とした。


いつもと変わらない風景、やりとり。

唯一違うのは、


となりにアーベルがいることだ。


「寒いよね、無理しないで。」

「ありがとう。でも大丈夫。」


着いていきたいってお願いしたのは私だもん、と寒さで震えている手を後ろに隠す。


(母の命日だからその日は会えない、と伝えたら私も参って良いかと聞くなんて、なんて人が出来ているんだ。)


それもこんな雪の中。

もう、父さんだって来ていないのに。


少し家からこの教会まで距離があるから、あの忙しい父が来れないことは傍からみてなんらおかしくは無い。

でも、それだけでは無いことをハノは知っていた。



「…よし、アーベルが風邪をひく前に帰ろうかアダラート。」

「もう少し、よろしいですか?」

「熱心だね、分かった。君の魔術で参りに来れてるんだからもっと堂々と威張れば良いのに。」


まさか、とアダラートは苦笑する。


(やっぱり少し顔色が悪いな)


母の墓石に祈る彼の横顔は赤く火照っているというのに、どこか青く見えてならない。


ハノの兄がああも簡単に移動魔術を扱うものだから、魔術を得意とするものは誰でも簡単に出来るのだと錯覚してしまうが、人を移動させるというのはとても負担がかかるものなのだそう。


体の負担を考えると滅多にするもんじゃない、とアダラートが顔を顰めて言うくらいだ。


それに加え、自分が愛した人間の骨が埋まっているのだ、気分がいいわけが無いだろう…。


「少し1人にしてあげようか。」

「えっ?」


こっちへ、とアーベルの手を引くと、なんの事やらと彼女は目を点にする。


「ハノは良いの?まだ…」

「僕はもう良いんだ。彼の方がここに合法的に来れることに意味がある。」


本当はここへ連れてきてもらうのは、アダラートじゃなくても良いんだ。

それでも、ハノは何年も彼を指名してきた。

母もその方が嬉しいだろうと。


「…それにしても寒いね。着いてきてくれたのは嬉しいけど、君に風邪だけは引いて欲しくないなぁ。


もし君に風邪をひかせてしまったら、お義父さんに顔向け出来ないよ。」


「私が風邪をひいたとしても、貴方のせいにはならないわ?」


「そうはいかないんだよね。僕も君に苦しい思いをして欲しくないから。」


すると、ハノは「あ!」と手を叩くとポケットから1枚の紙切れを取り出した。


「なぁに?」

「見ていて。」


ハノはその取りだした紙を手の中でぐしゃぐしゃにしたかと思えば、そっと手をあけるとボッと炎が彼の手の中に現れる。


「え!?な、火傷しちゃう!!」


消さないと!!とアーベルは彼の手を雪の中へ入れようとするが、待って待って!大丈夫だから!とハノは慌てて彼女の手を抑えた。


「こ、こういう魔術なんだ。アダラートが紙に魔法陣を書いてくれていて、摩擦で炎が出るっていう…」

「炎なのに熱くないの?」

「え?炎が?大丈夫だけれど…」


どういうこと?とハノは首を傾げる。

その様子を見てアーベルは嘘…と口を抑えるが、すぐに「いえ、気にしないで。」と笑顔を作ってみせた。


(変なの…)


僕の家はロウソクの炎も手で握り潰して消す人ばかりなんだけど、はしたないのだろうか。

彼女の前では辞めよ…とハノは心に留める。


「この炎凄く温かいのね。不思議。」

「面白いよね。これは魔法陣だから、僕もアーベルも覚えたら出来ると思うよ。」


父さんもアダラートも教えてくれないけどね、と笑う。


「僕、冬って嫌いだからあんまり家から出ないし、使う機会も少ないんだけど。」

「初めて聞いた。」

「そう?雪も雪景色も好きじゃないんだ、人を殺してそうなくらい冷たくて。やっぱり春が好きだな。


君は?」

「私は冬は嫌いじゃないわ。」


むしろ好きかも!とアーベルは言う。


「どんなところが?」

「私も春が好きだから。冬は春が待ち遠しく感じるし、春を待てるなら、ずっと冬でも良いかなって思ってるの。」

「面白い考え方だね。」


ふーん、と彼女の言葉を聞いた後に遠くの雪景色を見ると、いつかこの殺風景な景色が一面花に覆われると思うと、不思議と苦じゃなく思えてくる。


(この子の見る世界は、本当に美しいんだな。)


彼女はいつも僕の1歩先を生きている気がする。

隣に立てれば、と思っていたけれど追いつけるだろうか。


「それにね、」

「ん?」


アーベルはそう言うと、ハノの前に手をかざす。


「手が震えても真っ赤になっても、生きてるな〜って前向きに思えるでしょう?」

「物好きだ。」

「そういうのが好きなんです。」


ふふ、とアーベルは笑うと、コートでモコモコになった体でハノに抱きつく。


「また春が来るね。」

「…嬉しい?」

「うん。」

「そうだね。」


また、当たり前のように春が来る。

出会いはいつでも残酷である。


出会いはいつでも別れを連れてくるのだから。

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