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9.初秋:意地と灼熱

(最っ悪…………!!!)


豪華に並べられた食事が、こんなにお腹が空いているのに喉を通らないなんて。


ああ、考えれば考えるほどどんどん深くまで落ちていってしまう、僕の癖が災いしている。


そんな自分を見かねて父が話しかけてくれたというのに、父が話していたことさえ耳に入らなかった。



(こんなの、生まれて初めてだ。)



母さんの目を恐ろしいと思った時の恐ろしさ、苦しさとは違う。

でも、だからといって幸せなわけでもない。



「やっぱりこんな感情とっとと消化しないと…」



ただ彼女にとって迷惑で、僕にとって苦しいだけのものが"恋"であると言うのなら、誰も得をしないじゃないか。


今回ばかりはアダラートにも父さんにも相談出来ない。

女好きの兄さんなんて言語道断である。


(アーベルさんが僕に向けてくれる感情はとても綺麗だ。あれを、あの子の中で"恋"と定義しているのなら、どうかそのままでいて欲しい)


僕は誰かの人生を変える存在になりたくないと願いながら、誰かの特別を常に欲している。

もしこれを恋だと定義してしまったら、彼女から同等の感情を欲してしまうだろう。


これからも隣にいたいと思ったから、目を見て話したいと思えた人だから…


それならば、僕がするべき行動は______




****


「アーベルさん。」

「なあに?」


コテン、と首を傾ける仕草をするアーベルに、愛おしいなとハノは微笑む。



「一つ言っておきたいことがあるんだけど。」

「うん。」


「僕はやっぱり王子様にはなれないかも。」


ごめんなさい、と言うと、アーベルはただでさえ大きな瞳をこぼれ落ちそうなくらい見開いて驚いていた。



「僕は君の望むことはなんでもしてあげたかったんだけど、頑張っても性分が違うって分かったんだ。」

「私、貴方に無理をして欲しいなんて思っていないわ。」

「うん、知ってるよ。だから、違う役をやりたいんだ。」


ハノはそう言うと、あの時のように膝をつき、スっとアーベルの手を取った。


「僕は騎士に向いているとは思わないか?」


様になっているだろう?と普段のハノらしからぬ笑顔でおどけてみせる。

その様子にアーベルはいささか疑問を浮かべたが、様になっているのは事実であった為、"本当に律儀なのね、そんなところが大好きよ"と繋がれた手に額を付けた。


「まさか、初めて手を繋ぐのがこんな童話のようになるなんて思わなかったけれど。」


少女は、なんて幸せものなのかしら!と笑う。

春のようなその笑顔を、少年は大切に大切に眺めた。



「僕、本当に君には幸せになって欲しいんだよね。」

「幸せにしてくれるの?」

「うん。君が自分の手で幸せを選べるように、ずっと隣で支えるよ。


……そう決めた。」


「約束?」

「ああ、今度は目を逸らさない。必ず約束する。そばにいるよ。」



(良かった、笑ってくれて。)



そうだった、自分の心を守るよりもずっと、この笑顔を守りたかったのだ。


…なんで、見えなくなっていたのだろう。



自分があの人のように狂ってしまうと分かっているのなら、自分に彼女を幸せに出来る確信が無いのなら、今のままがいい。


まるで、ハノの選んだ沈黙が正解であるかのように、この熱は、風は心地よく感じられる。




…認める、認めるよエルマさん。





僕はこの人が好きだ。


君の言うように、アーベルさんが誰かの隣に立つのは嫌だ、でも、



それ以上に




「君が笑ってくれるならそれが良いから。」





愛を寄越せと泣きじゃくる自分を殺しても良いと思えるほど、僕は彼女に恋をしている。


体をナイフで無理矢理切り裂けば、綺麗なものだけ取り出すことが出来るから。



あの人と同じ間違いを犯す前に、それに気がつくことが出来て良かった。


初めて貴方の子供で良かったと思えたよ、母さん。



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