九話 すれ違いは距離を生む
リックとイアンの元にサンとランスが来てから三日目。あれからイアンの怪我は良くはならなかった。寧ろ、悪化しているように見えた。熱が上がったり下がったりを繰り返していた。その理由は明らかだった。
「傷が深すぎるのが原因だな。やっぱり、救護班の誰かを同行させるべきだったな。ランスどうするよ?」
「三日掛かるけど、本部まで、」
「俺は、行かない……」
「兄さん、このままじゃもっと悪くなる」
「それでも構わない……」
「何を言ってるんだ!」
イアンとランスは口喧嘩をし始めた。ランスは兄を連れて行きたかった。だが、怪我を負ったイアンは以前居た街に帰らないと決めていた。それも街のためだったが、その気持ちを知らない弟のランス。それもそのはず、リックの迎えに来たのに兄に会うとは思っていなかったからだ。二人を余所にサンはリックに手招きして、隅っこに移動した。リックはサンについていった。二人が移動しても喧嘩をしている二人は気付かない。
「ランスはきっと心配してるんだ。リックも心配だよな?」
サンの言葉にリックは軽く頷いた。イアンの気持ちを知っているリックでさえも心配で連れて行きたかった。身近な存在こそ、その思いは強い。きっと、兄弟であるランスはもっと大きいのだろう。
「それよりもさ、二人とも怒鳴りあってるけど、止めなくていいの?」
リックはどうしても気になった。二人はさっきよりも激しい口喧嘩をしている。それなのに、サンは止めようとしない。寧ろ、喧嘩を見て笑い出している。リックは眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。流石に止めなくてはと思い、リックは二人に歩み寄ろうとした瞬間、意外な事が起こった。ランスは兄であるイアンを蹴りつけたのだ。イアンはあまりの痛さに怯んだ。リックは駆けつけようとしたが、サンに止められた。
「何で止めるの! 止めるのは二人でしょ!」
「いいんだ。これは二人の問題だ」
リックは声を荒げたのにも関わらず、サンは相変わらず冷静に二人を見守るばかりで間に入ろうとしない。その反応にリックは顔を顰めた。
「兄さんは何も分かっちゃいない! あの日から俺はずっと兄さんを探して来たんだ。自分が化け物に為ってるからって帰らないのは勝手すぎる。やっと、やっと、兄さんを見つけたっていうのに!」
ランスは言葉を吐き捨てると、その場から去っていた。イアンは蹴りつけられて未だに苦しんでいる。リックはサンを振り切ってイアンの元に駆けつけた。
「大丈夫?」
リックは心配する表情を浮かべ、イアンの様子を伺っていた。イアンは苦しそうに息をしていた。なんとか息を整え、サンに視線を移した。
「今、此処から出ると奴と対面する。危険だ。ランスを頼む」
サンは怒りをぶつけるようにイアンをきつく睨みつけ、ランスの後を追うようにその場から去っていった。リックとイアンだけがその場に残り、空気は静かになった。リックはイアンを心配そうに見つめる。その視線に気付いたイアンは悪かったの一言だけ発した。イアンの隣にリックは座って遠くを見るような表情をした。
「ねぇ、ランスの云うことも分かってあげてほしい。独りで抱え込まないで。たった一人の家族でしょ」
「違うんだ。俺はただ皆を傷付けたくないだけなんだ。帰ったところで人々を襲ってしまう。そういう存在なんだ」
「どうして、そんな事を云うの。心が優しい悪者も居るって私にそう云ったよね。イアンは優しいよ。だから……」
リックは必死に耐えていたが、自然と目から涙が零れていた。拭っても、涙は止まることがなかった。その姿にイアンは彼女の頭を優しく撫でた。二人は身を寄せ合うように暫くじっとしていた。