十八話 急く
リックは叱られていた。じっとしているように云われていたはずなのに、リックは外に出てしまったからだ。その理由は三十分前に遡ることになる。
自我を失ったイアンに攻撃されて、腹部に痣が出来てしまったリックはイアンに安静にしているように云われた。だが、リックはイアンが出ていった後、こっそりと外に出た。その理由は……。
「お腹空いたな。持ってきた食料じゃ足りなかった。ジャックを連れていけば、保っていたかな」
お腹を空かせていた。イアンに腹部の痣を見られた時、お腹が鳴らないか気になった。幸いお腹は鳴らなかったが、空腹で何か食べ物を胃に入れたかった。その事を伝えれば良かったとリックは悔しがった。
取り敢えず、食料調達のため、店に足を運んだ。途中、イアンに見つかりそうになりつつもなんとか気付かれずに済んだ。
宿に戻ると、イアンがしかめ面で待機していた。リックは逃げ出そうかと思った。然し、逃げ出したところでイアンを街に連れて帰るという目標が果たせなくなってしまうと考えた挙句、申し訳なさそうに部屋に入った。
「待つように伝えたはずだ。何故、食料調達に行ったんだい?」
リックは言い訳を探した。上手く言葉が出てこない。イアンは表情を変え、溜め息を吐いた。
「えっと、ごめんなさい」
リックはなんとか言葉を出そうと、素直に謝った。それでも、イアンは納得していない様子。それもそうだ。内心では心配していた。
「ごめん、なさい」
イアンが黙っているせいか、リックは再び謝った。返事がなく、沈黙が流れる。気付けばイアンの眼は紅くなっていく。リックは下を向いていて気付かない。
何分か経った頃、不意にイアンはリックを通り過ぎて部屋を出ていこうとした。一度振り返って言葉を口にした。
「直ぐに出発しよう。時間がない」と。
答えも聞かず、部屋を出た。リックは慌てて後を追いかけた。その時のイアンの眼の紅さは消えていた。
「突然、どうしたの?」
リックはイアンが黙ったまま駆け足で前を歩いていた事を不思議に思った。リックの問い掛けにイアンは振り返り、ぴたりと静止する。次の瞬間、何を思ったのかリックに近付いたかと思えば、唐突にリックを抱えた。何回目かのお姫様抱っこで。
リックはイアンの行動に頭が真っ白になったが、正気に戻った。
「ちょっと、何するの! 降ろして!」
当然、声を荒げて暴れる。然し、イアンは平然とし、無言でリックを抱えたまま急いで目的地へと向かった。
「ねえってば!」
リックは大声で叫ぶが、イアンは無言のまま。ふと、イアンの顔を眺めていると、片目が紅くなっていることに気が付いた。イアンがヴァンパイア化し始めている前兆だった。本当はリックの知らないところで、さっきも一瞬ヴァンパイア化していた。
大人しくなったリックにイアンはちらっと見やる。リックは下を向いていた。
「悪い。早く行かないと、俺の身体が持たないんだ。我慢してくれ。もし、何かあったら、俺を殺めてほしい」
彼女は何も答えなかった。ただただ、イアンの身体が持つことだけ、心の中で祈ることしかできなかった。
次話更新は11月8日(月)の予定です。




