十六話 恐れは誰にでもある
男とイアンが争って、男は倒れた。イアンが力を上回った。その要因はイアンがヴァンパイア化し、自我を保っていたが、限界に尽きたのだ。
「イアン?」
何か違和感を感じたリックは声を掛ける。それに反応したイアンがリックのほうを振り返った。イアンはリックを睨みつけ、鋭い爪を振りかざした。リックは咄嗟に避けて、イアンを見つめた。
「お願い、イアン! 目を覚まして!」
リックは必死に声を上げた。だが、イアンには言葉が届かず、再び攻撃を始めた。リックは避けた。と、思ったのも一瞬の事だった。リックの頬から出血した。イアンの早さに追いつけなかったのだ。リックは頬に痛みを感じ、触ってみた。血が出ていた事を知ると、唇を噛み締めた。
「私、殺したくないよ……」
リックはふとイアンの言葉を思い出して呟いた。彼は云っていた。『もし、俺に何かあったら、その時はリックの手で殺めてほしい』と。それでも、リックは殺さないと心の中で決めている。僅かな希望を抱く気持ちは変わらない。
そうしている間にも、イアンは攻撃を繰り返す。リックは咄嗟に避けたが、気付くのが遅れたせいか、攻撃が当たってしまった。リックは足を踏ん張り立ち上がる。
「お願い、イアン。目を覚まして!」
必死で止めようとリックは叫んだ。今度はイアンの動きが止まった。紅い眼が消え、鋭い爪も消えた。イアンはその場に倒れ込んだ。
「イアン!」
リックは直ぐに駆けつける。イアンの側まで来ると、イアンは苦しそうに息をしていた。
「イアン、大丈夫?」
リックは再び声を掛けた。何とか息を整え、辺りを見渡したイアンは直ぐに状況を把握した。戦っていた男は倒れ、リックの頬に切り傷を見つけた。
「リックが、戦ったのかい?」
「覚えてないの? 私、何もやってないよ」
瞬間、イアンの脳裏にはリックを庇い、自分が戦っていた事が蘇った。イアンは自分が信じられなかった。リックに向き直り、じっと見つめる。
「リックの頬も、俺がやったのかい?」
恐る恐る問い掛ける声は若干震えていた。リックは何も発する事なく、イアンをそっと抱きしめた。イアンは抱きしめ返すことはなく、自我を保てなくなり、リックを攻撃した事を後悔した。
「痛かっただろう? 悪いことをした」
「痛くないよ。私、怖かった。イアンが苦しんでるのに何も出来なくて、」
リックは目を潤ませて、イアンを見ながら口にする。イアンは目を細め、リックを突き離すようにそっと離した。自分がどれだけ悲しませたのか、傷付かせたのか、罪悪感を覚えた。イアンの行動にリックは更に悲しんだ。
イアンは少し距離を置こうとリックに伝えると、自力で立ち上がり歩き出した。リックは先を歩くイアンに黙ってついていった。
ハロウィン用に連載しようと思った小説ですが、明後日のハロウィンが過ぎても、もう少し続きます。
次話更新は11月1日(月)の予定です。




