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絆・猫が変えてくれた人生  作者: 冬月やまと
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第49話 錯覚

 いざ、去勢。

 とは決めたものの、どこで手術しようか、善次郎は迷った。

 行きつけの病院は遠くなっている。

 自転車で二十分くらいだ。

 そのくらい善次郎にはなんともないのだが、術後の夏を、自転車で二十分も揺らすのは可哀想だと思った。

 調べてみると、わりと近くにも動物病院があった。

 どちらにしようか?

 善次郎は悩んだ。

 これまで行っていた病院は、先生は厳しかったが、動物に対して愛情を持っていた。

 それに、夏のことも知っている。

 少し遠くても、いつもの病院にするか。

 そう思ったものの、やはり術後の夏のことを考えると、近い方が良い気がする。

 知っている先生と距離。

 この二つを秤にかけて、善次郎は悩みに悩み抜いた。

 ようやく出した結論は、近場の動物病院だった。

 夏の負担を考えて決めた。

 理由は、もう一つある。

 善次郎はこう考えた。

 動物病院の先生は、誰でも動物に対して、深い愛情を抱いているのではないか。

 だから、医者になったのだろう。

 だったら、どの病院に行っても同じではないか、と。

 だが、その考えは甘かった。

 善次郎の思ったように、すべての医者が動物に愛情を注いでいるとは限らないのだ。

 人間の医者がそうであるように。

 確かに、大半の医者は、動物の命を救いたいと思ってこの道を選んだのだろう。

 だが、中にはそうでない医者もいる。

 こう言ってはなんだが、動物病院は、万が一医療ミスで死なしてしまっても、人間の医者ほど問題にはならない。

 飼い主と揉めることはあっても、法律で裁かれることもなければ、道義責任を問われることはまずない。

 それに、保険が利かないので、診療費や薬代が決められているわけではない。

 やりようによっては、いくらでも儲けることができるのだ。

 まして、今はペットブームである。

 犬や猫のことをよく知らない飼い主がごまんといる。

 活を飼い始めた時の、善次郎のように。

 金儲けが目的の医者であれば、そんな飼い主からいくらでも金を取ることができる。

 犬や猫のことを知らなくても、家族同様に可愛がっている飼い主はいくらでもいる。

 平気で捨てる飼い主の方が少ないのだ。

 だから、自分の飼っているペットが病気になった時には、惜しみなく医療費を使う。

 たとえ生活が苦しくとも、家族の命には代えられないと思うからだ。

 そんな善良な、そんな心優しい飼い主を食い物にしている、恥知らずな医者がいようなんてことは、活と夏をこよなく愛する善次郎にわかるはずもなかった。

 善次郎は、自分が猫に愛情を注いでいるため、それを治す医者は、もっと動物が好きだと錯覚していた。

 最初の医者が良かったのもある。

 そこの先生は、去勢など何ほどのこともないというようなことを言った。

 それなのに、しっかりと誓約書を書かされた。

 仮に手術が失敗しても、責任は負わないというものである。

 活の時には、そんなものを書かされた記憶がない。

 何ほどのこともないのだったら、誓約書なんか書かせる必要ないじゃないか。

 不審感を抱いた善次郎は、やはりいつもの医者にしようかと思ったが、クレーマーみたいな飼い主もいるのだろうと思って、素直に誓約書にサインした。

 確かに、飼い主の中には、ちょっとしたことでも騒ぎ立てる者がいるのも事実だ。

 それは、菊池さんや木島さんからも聞いたことがある。

 今や、人間の医者もそうみたいだ。

 医者は患者や飼い主を信用できず、いつ文句を言われるかと怯えている。

 患者や飼い主は医者を信用できず、治療ミスをしてもなんとか誤魔化そうとするんじゃないかと疑っている。

 そんなことで意志の疎通を欠く場合もあるし、早急に処置できない場合もある。

 救急患者のたらい回しがいい例だ。

 あれは、大半は医師の無責任さではなく、手遅れの患者を死なしてしまったとしても遺族が文句を言い立てて、少しでも金を取ろうとするケースがあるからだ。

 まったく、嫌な世の中になったものだ。

 人が人を信用できないなんて。

 これで文明国だなんてお笑いだな。

 思い返せば、自分も昔はそうだった。

 会社を経営していた頃は、周りの人間が信用できなかった。

 今では、哀れなことだと思う。

 今の善次郎は、人というものを、もっと信じようとしていた。

 だから、誓約書の件も、良いように解釈したのだ。

 手術は、次の金曜日に決まった。

 夕方連れてきてそのまま手術を行い、土曜の朝連れて帰ることになった。

 金曜日は、有休を取ろうと決めた。

 一度活で経験していたので、雌という不安はあったものの、善次郎はそれほど心配していなかった。

 そして善次郎は、己の甘さを呪うことになる。



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