第30話 季節は巡る
月日が経つのは、早いものだ。
活を拾ってから、もう三年が過ぎた。
あれから、善次郎の生活は一変した。
活と出会った時は、失意のどん底だった。
それが、活と生活を共にし出してから、善次郎の人生に張りが生まれた。
性格も変わってきたようだ。
以前の彼は、会社を興すだけあって、独立心が強く、仕事に邁進するタイプだった。
そのため、家庭を省みることもしなかったし、趣味もなければ、仕事以外の事にはてんで興味がなかった。
子供の頃は情緒豊かで、なんにでも興味が沸いていたのに。
いつから、そうなっていったのだろう。
家が貧しかったせいか、はたまた負けず嫌いの性格がそうさせたのか、いつの頃からか、善次郎は一旗揚げて裕福な暮らしを夢見るようになった。
会社を経営して束の間、そんな時期もあったが、その頃でも、善次郎の心が満たされることはなかった。
常に、なにかに追われるように、気持に余裕がなかった。
しかし、今は違う。
活が、子供時代の善次郎を取り戻してくれた。
素直で、屈託のなかった時代に戻してくれた。
社長だった頃は、家族を養うという意識は希薄だった。ただ、一緒に住んでいるだけに過ぎなかった。
今は違う。
活を養うために働いているという意識が強い。
あの頃、そういった意識で仕事をしていれば、離婚なんてされなかったのに。
もしかしたら、会社も潰さずに済んだかもしれない。
今更そんなことを思ったとて、不毛なのはわかっている。
しかし、時々ふとそんなことが頭をよぎることがある。
そんな時は、妻はもう再婚しただろうか、幸せに暮らしているだろうか、子供は元気で育っているだろうかというようなことが、頭に浮かんでくる。
そんな思いを抱いた後は、一緒に暮らしている時は気にもしなかったくせに、自分はなんて勝手な人間だろうと、必ず、良心の呵責に苛まれた。
だが、そんな気持ちになるのも、活のお蔭だ。
活が、自分に人間らしい気持ちを取り戻せてくれたのだと思っている。
別れた妻子のことを考えると、切なくなるのもそのせいだろう。
それは、善次郎が一生背負っていかねばならないものだ。
そうはいっても、今の善次郎は幸せだ。
相変わらず、活には下僕のように扱われているが、それでも心が満たされていた。
活と出会わなければ、自分はどうなっていただろう。
そんなことも、時々考える。
刑務所の中か、もしかしたら、もうこの世にはいなかったかもしれない。
そう思うとぞっとする。
活と出会ったお蔭で、幸せな人生を送れるようになった。
人生とはわからないものだ。
「一寸先は闇」という諺があるが、「一寸先は光」だってあり得るではないか。
今の善次郎が、まさにそれだった。
会社の倒産、離婚、活との出会い、今の幸せな生活。
闇と光を味わった善次郎にとって、人生の不思議な巡り合わせを感じずにはおれなかった。
すべては、活と出会ったからだ。
もう、活のいない生活なんて考えられない。
今、善次郎は、警備の仕事を辞めて、食品関係の営業職に就いていた。
生活が不規則なのと、いくら頑張っても貰う給料は高が知れていたからだ。
今の給料は、警備員時代の時給とは違い、大半が歩合である。
成績が上がらなければ警備員時代よりも低くなるが、成績さえ良ければ、結構稼げる仕事だ。
善次郎には、ある目標があった。
もう一度事業を始めることと、今より広い家に引っ越すことである。
そのためには、資金とノウハウが必要だ。
熟考した末、一年前に転職した。
慣れない仕事だったが、一生懸命頑張って徐々に成績を上げていった。
今では、警備員時代の倍は稼いでいる。
残業はするが、飲みに行くことは滅多にしない。
会社の人たちとは、必要最低限の付き合いに抑えている。
外で飲むより、活を相手にしているほうが数倍楽しいからだ。
それに、長時間活を放ったらかしておきたくはない。
活は、我儘なくせに寂しがり屋なのだ。
猫って、大抵そんなものだろう。
その活も、随分大人になった。
以前のように、部屋中を駆け回ったりしなくなった。
肥満だからではなく、落ち着いたのだ。
身体のほうは、心配していたほど太ってはいない。
今ではダイエットフードも与えていないが、それなりの体型を維持している。
腕の勲章も、滅多に刻まれることがなくなった。
たまに風呂に入れる時に、爪を立てられることがある程度だ。
猫も、歳を重ねれば大人になってゆく。
人と同じだ。
でも、人間みたいに捻くれることもなければ、変に飾ったりもしない。
ただ落ち着いたというだけで、歳を重ねても活は活だった。
もう一つ変わったことがある。
夜、ゆっくりと眠れるようになったことだ。
活も、善次郎と共に寝、善次郎と共に起きる。
ともすれば、善次郎より早く寝、善次郎が起きても寝ている時もある。
猫は、人間と比べて、歳をとるスピードが早い。
後一、二年もすれば、善次郎の歳に追いつく。
「長生きするんだぞ」
今夜も善次郎は、やんちゃな頃の活を懐かしく思い、一抹の寂しさを覚えながら、寝ている活の頭を撫でている。




