第1話「うちの会社、恋愛するとクビになるらしい」
月曜日の朝というものは、どうしてこうも人間のやる気を根こそぎ奪っていくのだろう。
足立春樹は、駅前のコンビニで買ったアイスコーヒーを片手に、そんなことを考えながら会社へ向かっていた。
十月も半ばを過ぎ、朝晩はすっかり肌寒くなっていたが、駅から会社までの道を歩くと、まだ少し汗ばむ。
週末に洗濯を済ませ、部屋の掃除をするつもりだったのに、結局は動画配信サービスで海外ドラマを見続け、気づけば日曜日が終わっていた。
冷蔵庫の中には卵が二個と、賞味期限が今日までの豆腐が一丁。
我ながら、三十歳の独身男性としては少々情けない生活である。
(そろそろ結婚とか考える年齢なんだろうけどなぁ……。)
そう思ったところで、肝心の相手がいない。
今さら焦っても仕方がないと、春樹はコーヒーをひと口飲んだ。
そのとき、スーツのポケットでスマートフォンが震えた。
画面には、営業部の後輩である相良美紀の名前が表示されていた。
『春樹先輩、おはようございます! 今日って何時出社ですか?』
春樹は歩きながら返信した。
『おはよう。いつもどおり九時前だけど。どうした?』
すぐに既読がついた。
『お願いがあるんですけどぉ。』
(嫌な予感しかしないな。)
『何?』
『コンビニ寄ります?』
『今、出たところ。』
『えええええっ!』
画面いっぱいに泣き顔のスタンプが送られてきた。
春樹は思わず笑ってしまった。
『何か買ってほしかったの?』
『プリンです! あの、とろける濃厚カスタードってやつ!』
『小学生か、お前は。』
『昨日からずっと食べたかったんですよぉ!』
『自分で買えよ。』
『もう会社なんです! 朝から資料の修正頼まれちゃって!』
春樹は足を止めた。
会社までは、まだ五分ほどある。
コンビニは少し戻ったところにあった。
(まあ、昨日の案件は相良にも手伝ってもらったしな。)
『分かった。買ってくる。』
送信した途端、またスタンプが届いた。
今度は、両手を合わせて拝んでいる猫のイラストだった。
『先輩、大好きですっ!』
「はいはい。」
春樹は苦笑しながら踵を返した。
このとき彼は、まさか一個のプリンが、平穏な会社員生活を大きく揺るがすことになるなど、夢にも思っていなかった。




