【完結】エピローグ クジラの歌を辿る旅
旅立ちから数日が過ぎても、スズメとルリは船の外を飽きずに見つめる。光が届く海はどこまでも青く、波が水面と海底を揺らし、カラフルな魚達が泳ぎ、珊瑚や海藻が魚達を守っていた。
夜になると、夜光虫が光ったり、水面に月が出てそれだけで明るかったり、昼間いなかった生き物達が這い出てきて、まるで別の惑星に来たような感覚にもなった。
二人はそれらを見るたびに歓声を上げ、オルカとヤドカリにそれらの正体を聞いたり、感動を伝えた。
ヤドカリはルリやスズメを連れて、食材の調達に行き、明るい海で生きる術や、海の美しさや危険を教えた。そして火の起こし方や料理の仕方、使ったボウガンの手入れまで、ルリやスズメに手解きしていた。オルカは感心しつつ、ヤドカリの成長を少し寂しくも感じた。
更に時が流れ、ルリはスズメやヤドカリに文字を習い、一人で本が読めるようになった。ルリはヤドカリが読み終わった物語の本を何度も読み直し、ヤドカリとその内容を夜更けまで語り合った。
スズメはオルカに水中ボウガンでの狩りを教えてもらい、時々大きな魚を仕留めた。スズメが頻繁に狩りに出かけるので、オルカが海での危険を何度も繰り返し伝えると、スズメは同じ内容に聞き飽きたように
「オルカ、心配し過ぎ!」
と答えた。更にスズメが仕留めた大きめのクロダイをルリが捌こうとした時、オルカが手伝おうとすると
「オルカさん、多分一人で出来ます!」
とルリが答えた。
この、『心配しすぎ』と『一人で出来ます!』は、かつてのヤドカリの、『子供じゃないです』と同じ様に、スズメとルリの口癖として、オルカとのコミュニケーションに何度も使われた。
ヤドカリはその様子をいつもくすくす笑いながら見守った。
四人は一路、サーディンとラブカの住むクジラを目指していたが、スズメやルリには美しい海を見せる為に、寄り道をする事もあった。
或いはそれは、クジラに帰り、オルカとヤドカリが離れ離れになる事を、先延ばしにする為だったのかもしれない。
そんなある日、カマイルカの大群が海を渡っていくのを見た。それは五十匹以上の大群で、美しく水面を飛び跳ねながら移動していた。海はいつも、生き物達が喜びを表現するのに相応しい場所だった。ヤドカリはカマイルカの子供の家族が、その群れにいるかもしれないと思い、オルカのスクーターにスズメとルリを乗せ、群れと一緒にスクーターで走った。
あのカマイルカの家族だったのかどうかは、正確には分からないけれど、カマイルカの子供は群れが通り過ぎるといなくなっていた。きっとあの群れと一緒にあの子のいる場所に帰ったのだ、とヤドカリは思った。
カマイルカの群れを追いかけ、少し離れたところまで来てしまったので、オルカの船に戻ろうとすると、スズメとルリが歓声を上げる。
海底にウミヒルモの花が咲き誇り、それがどこまでも続いていた。白くて星の形をした花は見える範囲を埋め尽くし、海底の花畑になっていた。ルリとスズメが見たいと言うので、スクーターを下ろすと、二人は喜びながら走り出す。クルクル回ったり、でんぐり返しをして、まるで先程のイルカ達の様に全身で喜びを表現していた。街灯の街から来た子供達は、この旅で海の美しさを誰よりも知る子供になった。
ヤドカリがウミヒルモを見ていると、オルカの船が追いつき、オルカが船から降りてヤドカリに並ぶ。
「あれからもう季節が一周したんですね」
とヤドカリが白い髪を流れに揺らしながら、オルカに話しかけた。ヤドカリが熱を出したオルカの為に薬を探した一年前が遠い昔に感じられた。
「ヤドカリ、ずっと返そうと思って、機会を逃していた……」
そう言って、オルカはヤドカリの間切を取り出した。あの時ついてしまった血は、オルカが綺麗に洗っていた。しかし、オルカにはこの間切が不吉な物に感じられて、返せずにいたのだ。
ヤドカリはオルカがそれを持っていた事に少し驚き、目を細めた。
「これは……」
「お前が落とした物を、俺が拾ったんだ。その、あの時、咄嗟に使ってしまって……」
と、オルカが言うと、ヤドカリは大切そうにその間切を受け取って胸に抱き、言った。
「オルカさんを守ってくれたんですね」
二人の間を静かで美しい流れが通り、ヤドカリとオルカのお揃いの髪と、白いウミヒルモの花弁を波紋のように遠くまで揺らした。彼方からルリとスズメの声が聞こえる。
「オルカー!ヤドカリ!こっちに来て!」
「凄いもの、見つけちゃったー!」
いつもの無邪気な声だったが、そちらに向かって二人が歩くと、花畑の向こうに白くて大きな、大きな塊が見えた。
信じられない思いで二人が小走りで近づくと、
それは、白くて壮麗に美しい、
ここに落ちたばかりのクジラだった——




