これはメラゾーマではないメラミだ
「あたし、もう怒ったんだから!」
無数の<火炎槍>を<反射>によって跳ね返し、殺到する人狼や吸血鬼の剣士達を<聖域>で弾き返すと魔術師はそう言い残して<転移>していった。
「何なの、あれ……」
部隊を預かる<死霊王>プリムは唖然とした。
「<メラではない>のダンジョンマスターかと」
副官の死霊族の戦士が答えずらそうにしていた。
たった一人、敵ダンジョンマスターが片手間に繰り出した魔法によってプリムの部隊は半壊させられてしまった。
ダンジョンマスターの潜在能力は高いのは知っていた。初期状態でも四ツ星級はあると言われているくらいだ。ダンジョンのレベルが上がり、それがナンバーズともなれば五ツ星に近いものとなる。それは老成した竜や高位の悪魔や精霊、いわゆる亜神と呼ばれる存在になるわけだ。
プリム達にとってダンジョンマスターとは脅威でしかなかった。敬愛する<魔王>ことマシロも戦闘訓練では四天王――<魔王城>の最高幹部達――を同時に相手取っている。
以前、戦ったダンジョン<王の剣>もそうだった。ダンジョンに単身乗り込んできたかと思えば<魔王城>が誇る四天王を含むいずれ劣らぬ精鋭部隊が連携する事でどうにか追い払う事が出来たくらいである。
――あれには、勝てない。
魔法に適した<死霊王>たるプリムだからこそ分かる。両者の間には隔絶した力量差があった。
今回の<メラではない>のダンジョンマスターも方向性こそ異なるもののそれに近しい化物であった。
例えば<反射>だ。この魔法は自身の強度より高い攻撃は跳ね返せない。そして強度はそのまま術者の力量によって変化する。上級火炎魔法である<火炎槍>の数は一〇〇〇を超えていた。つまり上級魔法の一〇〇〇倍もの強度があったわけである。
更に彼女は失われた古代魔法――しかも属性の異なる――<聖域>や<転移>を平然と使いこなしていた。まさに神話の時代の魔法使いそのものである。
プリムは部隊編成を急がせる。あれほどの腕前を持つ魔術師を自由にさせるのは危険すぎる。このままではギルドバトルの勝敗をも揺るがしかねないのだ。
「人狼隊、突入して!」
一〇名程度に分けた人狼達をダンジョンへと突入させる。夜目が利き、嗅覚や聴覚に優れた彼等は優秀な斥候である。
ほどなくして戻ってきた連絡役からダンジョンの情報が入ってくる。
「迷路?」
突入したダンジョンはほどんどが<大迷路>によって構成されているらしい。
致命的な罠は少ないが、鍵がないと開けられない<鍵付き扉>や<隠し通路>といった足止めに特化したギミックが至る所に存在しているらしい。
そういった仕掛けの一つひとつ発見解除していかなければならない関係のため進捗状況は芳しくないという。
「分かった。みんな、人海戦術で迷路を突破するよ!」
迷路攻略のセオリーは人海戦術である。数千数万という数によって通路を埋め尽くし、無数の分岐を踏破するのだ。
とはいえ、敵の奇襲も恐い。プリムは一〇名程度の小部隊を編成して探索させることにする。
人狼、吸血鬼、死霊の混成部隊であれば大抵の敵には対処出来る。敵が本格的な攻勢に出てくることも有り得た。巨人隊に資材を持たせて突入させると一定範囲毎に簡易拠点を作っていく。敵部隊と遭遇したらこの簡易拠点に集結させるよう命令を出す。
「厄介な事になったなぁ」
プリムは我知らず呟く。
ダンジョンバトル一〇八連勝を記録した<迷路の迷宮>――今回の対戦相手のギルド<宿り木の種>の盟主――は一〇階層を超える巨大な<迷路>を作り上げ、探索中に発生する僅かなダメージ量によって判定勝ちを狙ったという。
ギルドダンジョンに設置可能なオブジェクト量は多くないため<迷路の迷宮>ほどの巨大迷路は作れないだろう。それにギルドバトルは二四〇時間という長丁場だ。時間さえかければ攻略出来る事は間違いない。
逆を言えばその時間稼ぎこそが敵の狙いという事だ。
「――やっぱり!」
スコアを眺めていた彼女は愛らしい顔を歪ませた。ギルド<宿り木の種>と<メラゾーマでもない>のスコアが物凄い速度で上がっていっている。上がり幅は一定でちょうど五対一という関係だった。
これはつまり<宿り木の種>が<メラゾーマでもない>のフィールドで一方的に叩いている。両者が戦闘行為に及んでいると考えられるのだ。
確かに<宿り木の種>は主が最も警戒するギルドであり、その実力は確かである――が、プリム達には両ギルドマスターがダンジョンバトルを行い、仲良く引き分けた事を知っている。
つまり、両ギルドは同盟を結んでいる可能性が高いのだ。
「皆、急いで! 敵は今も戦力を作っている」
<メラゾーマでもない>の狙いは自軍のモンスターが倒された後に残る<素材>だろう。
敵は稀代の魔法使いである。時間と素材さえ揃っているのならいくらでも戦力を増強する事が可能である。
そしてプリムの懸念は現実のものになる。プリムは、いや<闇の軍勢>は神話の魔法使いの本領を思い知らされる事になるのだ。
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■現在のスコア
闇の軍勢 五〇七万Pt
メラゾーマでもない 八五二万pt
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迷路攻略から二四時間ほどが経過した頃、プリムは迷路内に構築した簡易陣地の中に居た。
不意に悪寒がした。肉体という邪魔がない分、死霊族は周囲の気配を敏感に感じ取る事が出来るのだ。
「斥候部隊との連絡は取れてる?」
「すぐに確認します」
副官役の<死霊>が飛び回り、部隊の状況を確認し始めた。
杞憂であればいい、そんな願いは脆くも崩れ去る。
伝令役の<ナイトメア>から一部の部隊との連絡が取れないという報告が次々に上がり始めたのだ。
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■現在のスコア
闇の軍勢 五〇七万Pt
メラゾーマでもない 九三三万pt
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それと同時――敵ギルドのスコアが跳ね上がった。
「全員、近くの陣地に集結させて!」
やはり敵軍は戦力の作成をとっくの昔に終えていたらしい。
「それから状況確認も! 敵の種類、規模、予想される経路を報告して」
続けざまに指示を出す。副官達が護衛部隊を連れて走り出した。
――なんで斥候部隊は気が付けなかったの?
斥候部隊は分隊単位で行動をさせている。人狼、吸血鬼、死霊といずれも感覚に優れた種族の混成部隊だ。襲撃に気付けなかったとは思えない。
しかも彼等は三ツ星級にまで進化した精強な戦士達である。制攻撃されたとしても周辺部隊に連絡する事くらいは出来たはずだ。
そもそもこれだけのスコアを一瞬にして稼ぎ出す方法など――
「いや、ある……事実、そうなってるんだから絶対にある……洗脳? 同士討ち……さすがにそれは難しい、高位の術者なら……少数精鋭で近寄って眠らせたり、麻痺させたりする事が可能!」
プリムの推測は当たっていた。メラミが召喚した五体の悪魔達は<転移>を使って斥候部隊の背後を取り、強力な催眠魔法でもって眠らせて回っていたのだ。そのまま<転移>で連れ去れば痕跡は残らない。
斥候部隊は仕事をしていなかったのではなく、捕えられていたというわけだ。
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■現在のスコア
闇の軍勢 五〇七万Pt
メラゾーマでもない 九五八万pt
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再び敵のスコアが積みあがる。今度は止まる事無くゆっくりとだが被害が増えていっている。
「プリム様、大規模な敵部隊を確認しました」
「……やられた、襲撃の準備が整ったから一斉に始末したのね」
プリムの対応は僅かに間に合わなかった。
斥候部隊が軒並み消された事でプリムの部隊は<骸骨騎士>や<ストーンゴーレム>による大規模な戦闘部隊の襲撃を許してしまったのである。
「プリム様、どちらに!?」
「前線へ! みんなを助けてくる!」
「危険です、せめて護衛を! プリム様!」
副官の制止を振り切って、プリムは文字通りに飛んだ。
<死霊王>たる彼女が本気になれば目で追うことすら危うくなるの速度で飛行する事が可能だ。すぐさま最前線の簡易拠点に到着する。
「ごめん、遅くなった!」
前線では既に戦闘は始まっていた。今は盾を並べた巨人達が必死に敵を押しとどめているところだった。
どうやら探索部隊の者も集結しているようで人狼の戦士が天井や壁を駆け回りながら骸骨兵を殴り飛ばし、吸血鬼や死霊達が攻撃魔法でストーンゴーレム達を弾き返していた。
「あれはスケルトン……いや、もっと上位種……骸骨騎士あたりかな。何あれ、あんなのストーンゴーレムの動きじゃない」
死霊術や錬金術で生成されるアンデットや魔法生物は、術者の力量に比例して強くなる。数え切れないほどの古代魔法を習得したメラミの手で作られたそれは本来の等級から一段階以上も高い戦闘能力を持っている。
本来の等級差を考えれば雑魚でしかないモンスターでも梃子摺ってしまうのだ。
「全員、下がって!」
プリムは味方部隊を下がらせながら朗々と謳い始めた。
『屠れ屠れ紅き力よ、眼前にある脅威をその灼熱の力にて焼き払え、空の王者、陸の覇者、 砂漠の神! 果ての力! 地獄業火!』
プリムが腕を振るうとそこから灼熱の炎が放たれる。老成した竜のブレスにも匹敵する灼熱が通路を焼き尽くす。
強化されているとはいえ所詮は一ツ星級。地の果てより召喚された灼熱には耐えられない。骨は炭化し、岩でさえも溶かされてしまう。
プリムが大きく胸を撫で下ろす――
「間に合った……きゃ!」
瞬間――彼女の体は吹き飛ばされた。
「一体、何が……」
顔を上げる。塵も残さず消え去った敵軍。
「ほう、素晴らしい。今の一撃を耐えるか」
その中央に山羊頭を備えた悪魔が立っていた。




