王都にて
その日、ヒロトは玉座から一言も喋らずにダンジョンに設置されたモニターを注視していた。
まるで祈るような面持ちで。
彼の作り出すいっそ荘厳とさえいえる雰囲気にディアはおろかクロエでさえも口を聞けなくなるほどあった。一〇分、二〇分と時間が過ぎていき、戦いの趨勢が決した――ルーク率いる別働隊がボスモンスターを倒した――ところで大きく息を吐き出した。
その後、子供達が馬車から飛び出し、追撃戦に入ると再びヒロトはモニターを凝視し始める。戦いが終わり、全員の無事が確認されたところで倒れこむように玉座にもたれ掛かった。
コアルームは静寂に包まれ、しばらくヒロトの深呼吸の音だけが響いていた。
「心臓に、悪い」
「主様は心配しすぎ。もっと皆を信用すべき」
クロエのごもっともな言葉にヒロトはぐうの音も出ない。長時間に渡って極度の緊張を強いられたせいでぐったりとしていた。
「でもよかった……皆無事で」
「確かに戦況をリアルタイムで確認出来るのは大きなメリットですね」
前回の遠征では毎週届く報告書をやきもきしていたものである。屋敷の前で行ったり来たりして配達人の到着を待ち続ける様は分娩室の前の父親のようであった。
ヒロトは今回、<メイズ抜刀隊>をダンジョンの進攻部隊に設定していた。前回の仕様変更によりダンジョンマスターの支配下にある奴隷達もまたダンジョンモンスターとして認識されるようになったためだ。
進攻部隊に編成した事で彼等の活躍を<進攻状況>というメニューから見られるようになった。まるでテレビ中継のように状況を知ることが出来る。ダンジョンに居ながら支援物資の輸送や援軍の派遣を決定出来るのは非常に大きなメリットであった。その副作用でヒロトはぐったりしているのだが。
更に遠隔地に居るウォルター達と連絡が取れるようになった。DPを支払うと手紙を送りつける事が可能なのだ。配達に一時間ほど掛かるが、王都で収集した情報を現場に知らせられるのは素直にありがたい。
「むしろ仕様変更してくれて良かったかも知れない」
奴隷の奴隷によってDPを荒稼ぎする事は出来なくなったが、逆説的に言えばDPを支払わずに金によってダンジョンの戦力を増強できる手段が増えたという事でもある。全部が全部悪い事ではなかったのだ。
「心配して損した」
「ごめんね、クロエ」
「許す! 主様だから特別に!」
「ありがとう」
クロエが抱きつこうとしたところで、ディアが咳払いをする。
「それにしてもヒロト様、凄い戦果ですね」
リザルト画面を確認したディアが口を開く。
ダンジョンによる進攻部隊が人間なり魔物などを倒すとダンジョン内と同じようにDPや経験値が手に入る。また他ダンジョンの進攻部隊がかち合い、交戦した場合には倒した相手モンスターのDPや経験値が取得出来る仕様となっていた。
「この戦いだけで二〇〇〇名体制で回していた頃の二倍以上の収益となっています」
「何かこれまでの苦労は何だったんだろうって気持ちになるよ」
「撃破のほうが見入りがいいですからね。無印のゴブリンが一〇〇〇、一ツ星のオークが三〇〇。二ツ星のオーガが五〇。更に指揮官で三ツ星級の単眼巨人ともなればちょっとしたダンジョンの総戦力です」
ダンジョン運営において侵入者を撃破するのは重要な事だ。撃退では大したポイントが得られない。せいぜい撃破時の一〇〇分の一も貰えればいいところだ。そのため高位の冒険者を決死の思いで追い返したとしても倒された魔物を補充するDPも得られないという事がままあるという。
素人同然の無印冒険者を殺害するより、星付きの熟練冒険者を追い返すほうがずっと困難なのに前者のほうが得られるDPや経験値が多いという矛盾。運営の意地の悪さが滲み出た仕様と言えるだろう。ある意味、らしいといえばらしいが。
「何はともあれこれで一安心ですね」
今後、ダンジョンの一斉蜂起に合わせて抜刀隊を派遣すればこれまでと同程度の収益は確保出来そうである。
「……でも、そう何度も続けられるとね、体が持たないよ」
「今回は特別でしょう」
今回の戦いはイレギュラーな内に入るらしい。どうやらこの地を任じられていた領主が敵戦力を少なく報告を上げていたようなのだ。
あまりに大規模な魔物の群れだと周辺領主や冒険者達が援軍に来てくれないからだ。領主なら自領に引き篭もって防衛準備を始めてしまうし、冒険者達だって尻込みする。しかし領地を任されている以上、逃げ出すわけにもいかないため敵勢力を低く伝える事で戦力を掻き集めたのだ。誰だって自分の身が一番可愛い。
「そんな事はないと思うよ。人間、自分の身が危うくなれば他人を売るくらいやってのけるよ。とりあえず皆には自分達の手で戦力を確認しておくように指示を出しておくよ」
早速、手紙を書き始めるヒロト。根本的な人間不信は今だ直っていない。
ちなみに進攻部隊は一ヶ月経つとDPによる生命維持が効かなくなり、自然解散するのだが、ダンジョンマスターに従う義務が消えるだけで野生に帰るだけである。魔物に掛かった制約が取り払われるだけで何か変化があるわけじゃないそうだ。例外は眷属のように個別の従属関係を結んだ場合で、そういった魔物はスタンピード後に自力でダンジョンに戻ってくる。ヒロトと子供達との間に結ばれた奴隷契約はダンジョンシステムとは無関係なためスタンピード終了後も継続されるそうだ。
「でも、恨まれるよなぁ……」
メイズ抜刀隊は他ダンジョンが排出した進攻部隊を狩るための進攻部隊なわけである。ゲームで言えばプレイヤーキラーだ。この事が知られれば他ダンジョンから恨みを買う事は必至であろう。
「しかし連絡を取ろうにも彼等は相手が<迷路の迷宮>である事を知らないでしょう。それに知ったとしてもダンジョンバトルを挑むくらいしか鬱憤を晴らせませんよ。新たな収入になりますね」
<迷路の迷宮>は既に全一〇階層にも及ぶ巨大迷路である。一度や二度のダンジョンバトルで踏破出来るほど生易しいダンジョンではない。
ダンジョンバトルにおいて<迷路の迷宮>が負ける事はまずありえないと言っていい。リスクと言えばバトル中に関係者エリアにある奴隷育成用の魔物部屋やドワーフ達の工房などの各種施設を使えない事ぐらいである。今は工房を四等区に移設したし、奴隷達の訓練も訓練場で十分出来るため何の問題もない。
「運営が対策を講じる可能性は?」
「ありませんね。彼等の性格からすれば推奨する事はあれど禁止するはずがありません」
ディアは憎々しげに断言した。よほど運営側の対応には腹を据えかねているらしい。
プレイヤーキラーがゲーム内に大量発生するようになれば荒れる事間違いなしである。そうなれば新規ユーザは入ってこなくなる。これがオンラインゲームであれば運営がPKを禁止するようシステム変更を行うか、見つけ次第、アカウント停止などの処置を行うところである。しかし、ガイアにいるプレイヤーは別世界から強制的に拉致してきた者だけであり、どれだけクソゲーであっても自らが生き残るために全身全霊でプレイしなければならない。顧客満足度なんて一切考慮する必要がなかったのだ。
「何故、あのような者達に高い神格が与えられているのか理解出来ません」
ディアは位こそ低いが善神である。異世界から罪のない人々を浚ってきてダンジョンマスターに仕立て上げるなんて事業には反対だったのだ。
しかし残忍で冷酷な運営側に任せていれば大量の死者を出す事になってしまう。そのためディアは少しでも惨劇を遅らせるためにサポート係としてヒロト達の活動を手助けしているのである。
例えそれが自らの世界の住人を殺す手助けになったとしても。
「救いが、ないね……」
ヒロトの言葉にディアが少し苦しそうに笑った。
ディアは目の前の少年を見た。こんな世界に連れて来られて、追い詰められ、それでもなお未だに人の心を保っている。大切な人から手酷い裏切りを受けたというのに他人を思い遣り、寄り添い、愛せる心と残している。心の傷と向き合い、苦しみながらも前を向こうと頑張っている。
その心の何と美しい事か。
「……貴方という存在が、私にとっての救いです」
「ん、ディアさん? 今何て?」
「ふふ、秘密です」
ディアは片目を瞑って微笑んでみせた。




