メイズ抜刀隊
王都を出たメイズ抜刀隊は王国を北上しながらダンジョンから溢れ出した魔物の群れを捜索していた。
今回の<ポッキー賞味期限騒動>では過去最高のダンジョンが参加していた。運営の公式発表によれば予想を超えて六五一ものダンジョンが一斉蜂起に参加している。
これまでの蜂起ではダンジョンは三〇〇ほどしか参加していない。つまり半分以上が初参加のダンジョンだったわけだ。これまで進攻した実績のあるダンジョン近郊には監視網が敷かれているようでスタンピードが起きてもすぐに察知する事が出来た。また被害の大きかった地域では兵士を集めたり、砦を建設したり、町の周囲を城壁で囲ったり、あるいは領主が住民へ戦闘訓練を施したりするなどの対策がなされている事も多い。
逆を言えばそれ以外の地域の対策は遅れているという事だ。魔物の群れは監視網を潜り抜けると何の備えも取られていない集落や村に襲い掛かるのである。もしかしたら初年度の<スタンピード祭り>に勝るとも劣らない被害を出すかも知れない。そんな思いを全員が抱えていた。
幸いな事に初参加組は戦力が少ない事が多かった。俗に言う隠れダンジョンという奴で保有出来る戦力にも限界があったのだろう。
しかし如何せん数が多い。どこもかしこも救援を求めているような状況だ。その中でメイズ抜刀隊はなるべく小規模な敵を優先して狙うようにしていた。同数の敵であれば一人一匹倒せば勝てる。その程度の実力が抜刀隊には備わっているはずだからだ。
「師父、見えました! 前方一〇キロ先、魔物の群れです! 主力は鬼です。子鬼一〇〇〇以上、豚鬼三〇〇、食人鬼の姿も見えます」
偵察に出ていたルークは部隊長であるウォルターに報告を挙げた。
「あのクソ領主、嘘の報告上げやがったな……何が三〇〇程度の軍勢だよ。三倍じゃねえか三倍……どうするんだよ、爺さん、逃げるか?」
キールが悪態を付きつつ、ウォルターに尋ねた。
「逃げてもどうにもなるまい。しかし……流石にまともにぶつかりたくはないのう……いつものように箱馬車で壁でも作るか。ルークは回り込んでボスの討伐じゃ、いけるな?」
「はい、師父!」
ルークは精鋭ぞろいの抜刀隊の中でも特に戦闘能力に秀でた人員を選抜していく。
「ワシが前線に出張ろう。キールには指揮を執ってもらおうかの」
「何だよ、たまには俺にも戦わせろよ」
「いやじゃ。戦いたいんだもん」
「ふざけんな、爺!」
「ワシ、総大将だもん」
「はぁ……結局、いつものパターンかよ。仕方ねえ、壁の前に穴でも掘っとくか……柵もあったほうがいいな……ぶつかる前に何台か突っ込ませるか、勢いも止まるだろ」
文句を言いつつも次々に策を吐き出し始めるキール。彼は元々軍人であり、士官教育を受けていたそうだ。軍略への造詣が深いのである。
「頼むぞ、キール。子供達を守ってくれ」
「分かってるよ、じゃあジャリ共に命令してくるわ」
キールはそう言って小隊長達に命令していく。指示内容は短くシンプル。しかし誰でも分かるよう噛み砕いた表現で伝えられている。上手いものだ。面倒見のいい性格なので子供達からも慕われているという。正に指揮官に打ってつけの人材であった。
「二人とも頼りになるのう……おかげで楽が出来るわい」
古参組の中でも抜群の戦闘能力を誇るルーク、優れた軍略を持つキール。おかげでウォルターは目の前の敵を殺し、子供を守るだけで済む。
近くにあった小高い丘に陣取ったメイズ抜刀隊は銀の箱馬車を円形に並べた。更に周囲に穴を掘ったり、雑草を束ねて結んだりして簡易的な罠を作る。更に馬車と馬車の隙間から槍を並べて用意に近づけないようにした。敵の勢いを止めることが目的だ。
敵を待つ事、三時間半。そろそろ日が暮れるという時に奴等は姿を現した。
一〇〇〇を超える魔物の群れ。言葉で聞くとそれほどでもないが、直接対峙した者にとってその迫力たるや尋常なものではなかった。雲霞の如く押し寄せるモンスターの姿を見て浮き足立たない者は居ないだろう。
ましてや抜刀隊は子供達がほとんどだ。これまでに何度か戦闘は行っているものの、小規模な群れを狙って倒してきた。三倍もの敵と戦うのなんて初めての経験であった。
「大丈夫じゃ! ワシがおる! ワシが守る!」
しかしそんな子供達の不安をウォルターは一瞬で吹き飛ばしてみせる。これまでの戦いでウォルターやルーク、キールはその実力を遺憾なく発揮してきた。その武勇を疑う者はいない。
あの三人が居れば負ける事はない。その確信が子供達に勇気を与えるのだ。ゴブリン達の耳障りな奇声も、オーク共の野太い怒声も、オーガの恐ろしい吼声も今や影響も及ぼさない。
数に勝る魔物の群れは歓声を上げながら吶喊してくる。歩調を合わせることもなくそれぞれがてんでバラバラに突撃をしてくるのだ。進攻中、ダンジョンマスターはボスモンスターに指示を与えられる。しかし戦術を理解するほどの知性がなければまともな指揮など執れるはずもない。
そして彼我の距離が三〇〇メートルを切った時、キールの号令が響いた。
「撃て――ッ!」
陣地から<火球>の魔法が一斉に陣地から飛び出した。放物線を描くその数は五〇余り。それが敵陣地に同時に着弾し――
瞬間、火柱が上がった。
「いいぞ、流石だ、ジャリ共!」
まるで炎の大魔法<爆撃>を彷彿とさせる威力にキールは快哉を上げた。
拳大ほどの火の玉を投げつける<火球>は火属性魔法でも下位にする。それがいくら集まったところでそれほどの威力は起きないはずである。
それは<魔法連鎖>と呼ばれるガイア固有の物理法則が作用した結果であった。ガイアでは同系魔法を同一タイミングで直撃させるとスキルの威力が高まり、更に効果範囲さえ広げる効果がある。もちろん重なったスキルが増えるほど効果も高まる。
五〇発分の連鎖された火球を打ち込まれたのである。その威力は尋常なものではなくゴブリンやオークといった雑魚モンスターはもちろん、高い膂力と耐久性、見る物を威圧する二ツ星級モンスターであるオーガでさえ即死させる。爆発の中心地に居た個体など骨まで炭化して崩れ去ってしまった。
「次、弓兵、撃て!」
敵部隊が足を止める。そこを弓兵から同時に放たれた<矢の雨>が襲う。一度に五本もの矢を射掛けるスキルだ。レベルアップにより強化された腕力、高価な銀製武器から放たれた矢は敵を容易く貫通すると次の個体に突き刺さって止まるほどの威力を誇る。
予想に反する迎撃を受けて魔物達が浮き足立つ。素晴らしいタイミングでの二連撃にウォルターでさえ舌を巻いた。
「グオオオオォォォ――ッ!」
そこに指揮官たる<単眼巨人>の吼声が響き渡る。魔物達が恐慌状態から立ち直ってしまう。
「いかんのう」
そこから長い防衛戦の始まりだ。迫り来る子鬼へ馬車の上から矢を射掛け、豚鬼に槍を突き刺す。近づかれたら疾風剣<フェザーダンス>を抜いて切り結ぶ。二〇〇〇名の奴隷達の中から選抜されたメイズ抜刀隊は少なくとも二ツ星級の戦闘能力を持っている。魔剣の力でステータスも底上げされているため危なげなく敵を打ち倒していく。
ウォルターの役目はサポートだ。押され始めたり、疲れを見せた部隊を見つけると駆けつけて忽ちの内に魔物を殲滅してしまう。圧力が下がったところで後方部隊と交替させる。前線が安定すると群れの中に単身飛び込み、食人鬼を殺して回った。子鬼や豚鬼ならいざしらず二ツ星級の戦闘能力を持つ魔物では万一の事が考えられるからだ。
「そら死ね死ね死ね死ね死ねえええぇぇぇいぃぃぃぃ」
ウォルターは前線を駆け回りながら剣を振るう。まるで刃を纏った竜巻にでも襲われたかのように老剣士の行く道に血飛沫が肉片が、屠られた敵の魂が飛び散っていく。
「グオオオオォォォ――ッ!」
単眼巨人が苛立ち吼える。手にした棍棒を振り回し、配下の魔物へしきりに突撃命令を下している。しかし魔物達は既に全力で攻撃を加えており、これ以上の攻勢は不可能だった。
何せ敵はあまりにも強い。弓矢や魔法による後方支援、立てかけられた槍と連結された銀製馬車による防壁、その屋根に立つ腕っこきの戦士達。陣地を崩そうにもオーガのような大型モンスターは化物によって潰されており、前線に辿り着けない。簡易陣地は予想以上の堅牢さと剣呑さで以って魔物の群れを寄せ付けなかった。
あまりの被害に敵の圧力が弱まり、戦線が膠着し始めた瞬間、銀色の閃光が現れた。
「ルークめ、焦りおって」
ウォルターは敵を切り捨てながら視線をやる。
本来なら敵が撤退し始めるタイミングに襲い掛かる予定の別働隊だったが、単眼巨人の守りが薄くなった――突撃命令を受けて一部が離れていってしまったようだ――のを見て動き出したようだ。
ルークが率いる選抜隊は三〇名ほど。全員が剣士達であり、古参組と呼ばれる第一次遠征部隊員で構成されている。<疾風剣フェザーダンス>を両手に持ち、頑丈な銀製甲冑よりも素早く動ける革鎧を着用する攻撃重視の戦闘集団だ。優れた才能を持ち、二年間もシルバースライム狩りを受け、ウォルターやキールといった師に恵まれ、ルークという天才の背を追い続けてきた彼等は三ツ星級の戦闘能力者となっていたのだ。
選抜隊は敵の群れに突っ込むと矢のような速度で進み続けた。矢の切っ先に立つのがルークだ。彼は両手に持った魔剣で敵を撫で斬りにしながら立ち止まる事がなく進み続けた。ルークが広げた傷口を部隊員が広げていく。まるで魔物の群れが一振りの剣で切り裂かれていくように見えた。
それは二ツ星級の食人鬼でさえ例外ではなかった。単眼巨人を守るべく突撃していった彼等は鎧袖一触されてしまう。
「グルルゴオオォ――ッ!!」
「散!」
単眼巨人が吼え、ルーク達が散らばる。
巨人は手にした棍棒を振り下ろし、振り回し、小癪な人間共を殺害すべく暴力の嵐となる。しかし彼らには当たらない。風の中を泳ぐ木の葉のようにひらりと躱し続ける。元より素早さで勝る彼らは疾風剣<フェザーダンス>のおかげで常時<加速>しており、鈍重な魔物の一撃など目を瞑っても避けられるのだ。
「殺ッ!」
そして散らばった彼等が一斉に仕掛けた。前後左右、更に上空からも襲い掛かった一〇〇の刃が巨人を肉片に変えてしまう。
指揮官を失い、魔物の群れの動きが止まる。ダンジョンモンスターでなくなった事で混乱を来たしているのだ。
「全軍突撃――ッ!!」
キールの声が聞こえたかと思えば子供達が馬車から飛び降り、喚声と共に群れへと突っ込んでいく。
「それじゃ爺さん、後宜しく」
機械馬に乗ったキールが颯爽と現れ、ウォルターを追い抜いていった。彼は長巻きフェザーダンス――フェザーダンスに長い柄を付けた武器――を片手に逃げ惑う魔物達を次々に切り裂いていった。
追撃戦の始まりであった。




