ダンジョンバトルに備えて
「おはようございます、ヒロト様。先日の勝利、おめでとうございます。相変わらず相手に手も足も出させませんでしたね」
「あはは、こっちも手も足も出してないけどね」
ヒロトは一週間かけて五通の<果たし状>を消化していった。やる事は特にない。ただひたすら玉座に座ってモニタリングしているだけだ。
ダンジョンバトルではダンジョンマスターを殺害するか、コア奪取をすればその時点で決闘終了、完全勝利となる。二四時間で決着が付かない場合には判定にもつれ込み、バトル中に倒した敵モンスターの撃破ポイント、それでも差が付かなければ敵側に与えたダメージの総量によって勝者が決まる。
これまでのバトルでは対戦相手は全て少数の精鋭部隊を使った一撃離脱戦法を取ってきた。モンスターを見つけたら全力で撃破し、そのまま自ダンジョンに引き上げる。その後は地の利を生かして守りを固め、撃破数による判定勝利を狙うという戦法だ。
わざわざ相手の術中に自ら嵌りに行く馬鹿はいない。正面切っての殴り会いに付き合う理由はなく、ヒロトは迎撃のための戦力を一切配置しないという作戦を取った。
二四時間という僅かな時間で全八階層、総面積百キロ平米以上という巨大迷路を踏破されなければ負ける事はない。
更にヒロトは各階層に複数の罠を用意した。ダメージ量よりも手数や速度、命中率を重視した罠によって僅かでもダメージを与え、そのまま判定勝利をするという戦法を取ったのだ。
相手は文字通りに手も足も出せずに敗北していった。それは<迷路の迷宮>というよりも、時間制限というルールの前に敗けたのだ。
「……それで、今日も<果たし状>、来たの?」
「はい、三通ほど」
「分かった、全部受けるよ」
ヒロトは<果たし状>を受け取ると、いつもの如く丁寧な文字で返事を書いた。ひらひらとインクを乾かし、ディアに渡す。最初に<果たし状>を送られてからこれまで三度、繰り返されてきた一連の流れだった。
「はーい、皆さん午後からダンジョンバトルがありますので今居る分が終わったら掃けてくださーい」
ヒロトがダンジョン内に放送を行うと次々に抗議の声が上がった。
『さすがに早すぎるぞ、坊主!』
『いい加減にしてくれ! これじゃ仕事にならん!』
『主様、さすがにこれはない……』
「えっと、最後の声はクロエさんでは?」
モニターから流れる声。いつもはヒロトの影に潜んでいるはずの黒豹娘の声を聞き、ディアが尋ねてくる。
「今は魔物部屋にいるよ。連日ダンジョンバトルのせいで仕事が止まってしまって……今は総出で処理してるんだ」
ダンジョンには関係者専用スペースがあり、ダンジョン攻略ルートに関わらない事を条件に指定した人物やモンスターだけが出入りする事の出来る専用スペースを設けることが出来る。
立ち入り禁止区域なので直接敵モンスター達と戦う事はないが、ダンジョン内にあるためバトル中に怪我や事故が起きれば被ダメージ――相手側の与ダメージ――とカウントされてしまう。またバトル中にシルバースライムを奴隷達に狩らせると相手側の撃破数にカウントされてしまうため、ダンジョンバトル中は一切の活動を止めざるを得ないのであった。
シルバースライムの渦は三〇分に一匹のペースで魔物を生み出す。渦は一〇以上もあり、一週間近く倒せなかったせいで待機部屋には三〇〇〇を超えるシルバースライムが溜まっていたのだ。
ドワーフ奴隷の鍛冶場もダンジョンにあるため、メイズブランドの銀製武具も生産を止めていた。おかげで注文だけが山積みになってしまっている。
一週間という長い停止期間でたまり続けた仕事量は半端なものではなく真面目で素直で従順な奴隷達をして抗議を上げさせる事となってしまったのだ。
もちろん事情は説明しているし、勝利によって大量のDPや経験値を得ている事だって話してある。対戦相手が後生大事にしまっているレアモンスターやレアアイテムを奪えるまたとない好機を見逃す手はない。しかし、それでも仲間達の意見を無視して推し進める事は出来ないのだ。
「……あーごめん、ディアさん。その書類ちょっと書き直してもいいかな?」
必要な作業だと全員が理解しているが、それでも物事には限界がある。ヒロトは慌てて次回のダンジョンバトルを一週間後に変更するのだった。
「王都に広い土地ですか?」
「ええ、今すぐではないんですけど。出来れば一区画をまるっと買取るような形で」
ヒロトから相談を受けたジャックは眉を寄せた。王都は碁盤の目のようになっている。馬車がすれ違えるような幅の広い道で囲まれた範囲を――碁盤でいうと一マスのことだ――を区画として呼んでいた。
ダンジョンバトルで全ての業務が滞ってしまうのは流石に不味い。せめてドワーフ職人達が扱う工房くらいは外に出しておきたい。
それに奴隷達の育成はシルバースライム狩りによるレベルアップだけじゃない。ウォルターを始めとする戦闘技能者からの技術指導を受けるのだって立派な訓練だ。ダンジョンバトルに参加させるつもりのない奴隷達を遊ばせておくのも勿体無いから彼らのためにもいつでも自由に訓練出来るスペースを確保しておきたかった。
更に言えば体面上の問題もある。ヒロトの屋敷は広いが五〇〇名以上の奴隷達を押し込めるのはどう考えても無理がある。ダンジョン内に住まわせているなんて世間に言えるはずもなく、ヒロトは人の出入りを極力少なくする事で周囲の目を誤魔化していた。しかし奴隷達は今後も増やしていく予定なのでいつか無理が出てくるだろう。
こういた事もあって今のうちに住む場所を押さえてしまおうというつもりだった。
もちろん奴隷の購入元であるジャックには当然バレているが、詮索してこちらの気分を害すような真似もしなかった。
「少し、難しいかもしれません……」
ジャック曰くは最近、王都の土地相場が急激に値上がりしているとの事だった。
王都は霊峰ローランドの裾野を利用した堅牢な城塞都市だ。北西部にある霊脈を基点と扇状に広がっている。東側は海と接続しており、立派な貿易港がある。
三方を山や海で囲まれているため王都は南側の平野部を拓いて大きくなっていった。しかし、都市防衛には欠かせない城壁を拡張維持していくにも限度がある。そのため王国政府は三等区までを王都と定め、城壁以南を放棄する事にした。そして出来上がったのが四等区、いわゆるスラム街だ。
「高い城壁の内側……三等区や二等区に住んでいればダンジョン進攻があったとしても安全です。王都の民は誰しもそう思っています」
山からの恵みである豊富な地下水源を持ち、鉱物資源も取れ、海水を利用した塩田も作っている。海産資源を確保出来る海があり、大量の物資や人員を安全に搬入できる大きな港まで有している。およそ防衛に必要な物資を全て自力で賄えるのがこの街の最大の強みであった。
確かにこれだけ条件が揃えば例えモンスターの大軍に襲われても十年でも二十年でも持ち堪える事が出来るだろう。
「しかし城壁の外……いわゆる四等区は違います。ダンジョンによる進攻を受けた場合、真っ先に被害を受けるのはこの地区になるのです」
「それで四等区の住民が大挙して押し寄せて来てると」
「はい、スラムと言うと聞こえは悪いですが、経済活動はありますし、他の都市に比べればずっと発展しています。経済的に成功した者も沢山おりますのでそういった人物がどんどんと三等区や二等区の土地を購入していっているのです。一軒二軒を購入する事なら可能でしょうが、一区画も購入するのは現状では不可能です」
「なるほどね……」
少なくとも財力のある人間が王都に入り切るまで土地の値段は上がり続けるだろう。不動産屋も故意に値段を吊り上げている節があるようだ。
そんな中、大量のまとまった土地を購入するのは容易ではない。それこそ地上げ屋みたいなあくどい事をしなければならなくなるだろう。
銀製武器の生産や討伐隊の大成功によってメイズ一家――ヒロト達の事を世間はそう呼んでいるそうだ――は一躍、時の人となっている。王国政府にも注目されている昨今、そんな悪徳商人まがいの行為をすればすぐに噂が立ってしまうだろう。
「そうなると逆に四等区は値下がりしているんじゃないですか?」
「ええ、そうですが……しかし四等区にはこれまでの住人だけでなく難民なども押し寄せていますから治安は悪くなる一方で……正直、お勧めできませんよ?」
折角大きな土地を手に入れても管理できなければ意味がない。今や王都中の注目を浴びているメイズ工房をそんな所におけばどうなる事か。
「いや、むしろそっちのほうが嬉しいかな……物盗り、盗賊、ドンと来いです」
ヒロトは言ってにっこりと笑う。
この世界では犯罪者を捕まえると、捕まえた者が死刑か奴隷に落とすか決められるという便利な法律があるのだ。




