穏やかな春の日に
かつて所狭しと住居が並んでいた王都の一角はまっさらな更地に戻されていた。
「みんな、真面目だなぁ……休憩時間だっていうのに」
ヒロトはそう言うと芝生の上に寝転んでいた。暖かな陽だまり、大きく息を吸い込めば青々とした草木の香りが胸いっぱいに広がる。
その向こう側では子供達が思うままに動いていた。その多くが素振りをしたり、ペア同士で組み手をしたり、槍を突き出しあって集団戦の訓練をしていたりする。
訓練場である。
ヒロトは先日、四等区の区画一つをまるまる買取る事に成功した。かなり金を積んだが、冷たく仄暗いダンジョンの中ではなく、燦々と太陽の降り注ぐ広々としたスペースを与えてあげられたと思えばむしろ得した気持ちになるから不思議だった。
――まあ、元々お金なんてなくても生きていけるしね。
ヒロトはダンジョンマスターだ。この世界で使われる通貨には何のこだわりもない。ゲーム内通貨みたいな感覚で必要ならいくらでも躊躇いなく使えた。少しくらい残しておこうみたいな気持ちは全く沸かない。
大事にするべきはDPだけだった。度重なるダンジョンバトルによってダンジョンのレベルは一〇まで上がった。今ならばダンジョン内で全てを完結させる事さえ可能だろう。ダンジョン内に設置した<農場>ではまだ全員の食料を作り出すには至っていないがいずれ自給自足出来るようになるはずだ。
ヒロトは既に貨幣に何の依存もしていない。だから魅力だって感じない。強いて言えば奴隷の購入に使うくらいだが、最近では金は不要だから奴隷にしてくださいとやってくる人が後を絶たないため溜まる一方だ。メイズ一家は奴隷を大事にする事で知られている。市民よりもよほど裕福な暮らしをしているのだ。そうして困窮した人々が集まってくるのである。
ジャックには更に隣の区画へ土地買収を進めてもらっている。そう間を置かずに買取出来るだろうとの事だった。
「主様、鼠、捕まえたよ」
クロエは誇らしげに――鳥を捕まえてきた猫みたいだ――言うと、目隠しをされ、猿轡を噛まされ、全身を縄でぐるぐる巻きにされた男を足元へと放り投げた。
「んーっ、んんっー!」
ジタバタともがく男。身なりは貧困民そのものと言った風情だが、胸元に高価な銀の短剣を隠していたというから、どこぞの商家が放った密偵だろうと思う。
「ああ、お疲れ様、クロエ。後で見に行くから<監獄>に入れておいて」
「んっ……メイ、あとよろ」
「承知しました、首領。それでは上様、失礼致します」
クロエが言うとメイド服を着た少女達が音もなく現れ、上品に頭を下げたかと思えばそのまま密偵の男を肩に担いで風のように去っていった。
クロエが指揮する忍者軍団<メイズお庭番衆>の構成員らしい。
買い上げた区画には育成中の若手奴隷とその教官たるウォルター老、さらに生粋の鍛治職人であるドワーフ奴隷達を住まわせている。これによりいつでも気兼ねなく訓練と鍛治が出来るようになった。
買取った区画には職人達が住まう職人街が含まれていたため、建物は防火対策済みだし、金属を溶かす鎔鉱炉もそのまま残されている。軽く設備を整えたらすぐさま工房として動き出せた。嬉しい誤算であった。
そしてこの区画で活動し始めたもう一つの目的も成果が出始めていた。王都で売り出し中の武具メーカー<メイズ工房>は、誰がどうやって材料を仕入れ、どのようにして武具製造を行っているのか、これまで一切秘匿されてきた。ダンジョン内で手に入れた物を、ダンジョン内で加工しているのだから公表出来るようはずがない。だからこそこの区画に製造拠点を置けばライバルメーカー達がこぞって探りを入れてくるだろうと予想したのだ。
そこでヒロト達は買取った区画の周りを高い壁で覆い――土魔法にある防御魔法<石壁>を使った――誰にも立ち入れないようにした。
最初は同業者も穏当に動いていた。きちんとアポを取り、見学の許可を得ようとしていた。もちろんすべて拒否した。
そこがヒロトの狙い通り、許可なく私有地に立ち入る浮浪者が続出。その場で泥棒と見なしても問題ないそうなので犯罪者として捕らえさせてもらった。雇い主を吐かせてから処刑するもよし、監獄などに入れてDPになってもらうもよし、やりたい放題だ。
もちろん奴隷に落としてもいい。潜入工作に使われる密偵は戦闘訓練を受けているし、適正的にもクロエの部隊に向いている。人材スカウトの意味合いも含めてしばらくはこの形で手勢を増やしていきたいところである。
「ふふ、主様、我等の所帯も三〇を超えた」
「はいはいそうだねこれからもよろしくね」
忍者ロールプレイに付き合うつもりのないヒロトは棒読みで返す。不満顔のクロエはほほをリスみたいに膨らませるとヒロトの隣で寝転び始めた。
「クロエも休憩?」
「ん、一緒に寝る」
ウォルターの声が訓練場に響き渡る。
「平和だね」
「毎日こんなだったらいい」
クロエの言葉にヒロトは心から同意した。




