競売
翌日、夕刻を過ぎた頃にヒロトとディアは転移時の資産補填で手に入れた豪華な馬車に乗り込んだ。御者は馬車の扱いになれた元行商人の奴隷だが、ゴーレムホースを扱うのは初めてだったようで中々難儀しているようである。
馬車の向かう先は貴族達が住まう一等区である。今は大通りを王城に向けて走っている。
「競売ですか……考えたものですね」
「そうだね、僕には考えも付かなかったよ。そもそも競売にかける伝手もなかったけど」
希少な珍品や名品は簡単に値が付けられない。人によって物の価値というのが異なるからだ。そのため希少品をほしがる人々を集め、その人たちに値を付けて貰うというのが競売というものだ。
疾風剣フェザーダンスほどの逸品なら金持ち連中が勝手に値を吊り上げてくれるだろう。
一時間ほどかけてようやく二等区と一等区を分ける壁の前まで辿り着く。高さ三メートルほどの壁。貴族の邸宅が立ち並ぶ一画をその分厚い防壁がぐるりと取り囲んでいるそうだ。
更に馬車を進ませると門兵達に止められ、通行証を求められた。塀の上にも見張りがいる。流石は貴族街だ。万全のセキュリティである。
「これより先は許可のない方以外は入れません。許可証を」
装飾の付いた高級馬車に乗っているからか、丁寧な口調で用向きを尋ねられる。
ヒロトは参加チケットを門兵に渡す。もちろんすぐに通される。チケットには入場許可証の意味も兼ねている。
「参加費だけで一〇〇ガイア……一〇〇万円か……世の中金があるところにはあるんだね」
「地球ではそうではなかったのですか……?」
「あはは、そういえばそうだった……人間っていう生き物はきっとどこでも一緒なのかも」
ディアの的確な指摘にヒロトは笑って答えるのだった。
オークションはさる高貴な方の別荘で行われるらしい。蒐集家として知られる人物らしく会場を貸すだけで珍品名品をただで見られると競売事業を始めたそうだ。
趣味で始めた競売だが、今はその貴族の収益のほとんどを占めているらしい。競売に掛けられた品が落札された場合、出品者は落札価格の五%を主催者に支払う仕組みになっている。そのため参加費と合わせ、大変な収益を上げているそうだ。
チケットを渡して会場入り。そこはまるでオペラの劇場だ。豪華な装飾、ビロードのカーテン、綿の詰まった柔らかなクッション。会場はどの席でも競売品が見えるようにすり鉢上になっている。すり鉢の底に競売品が安置される。
静かな熱気を感じる。蒐集家達はオペラグラス片手に欄々と目を輝かせていた。
「ヒロト様、こちらです」
周囲を見渡していると会場の端っこのほうから声が掛けられた。ジャックである。
「こんばんは、ジャックさん」
「本日はご足労頂き、真に有難う御座いました」
三人で再会を喜び合いつつ、席に着く。すぐさま給仕らしき少年が現れ、飲み物や軽食などを尋ねてくる。
「それにしてもすごい熱気ですね」
「ええ、このご時勢ですから皆さん色々あるのでしょう。いつもより多くの希少品が集まっていて、大いに盛り上がっていますよ」
ダンジョン進攻で手元に現金を置いておきたい人が増えているのだろうとはジャックの言だ。
「武具や戦闘用の魔導具は軒並み高値で取引されていますね。逆に絵画や壷といった芸術品は不評のようです」
「まあ、今の時期に芸術を愛でる気にはなれないでしょう」
ジャックとディアが頷き合うが、心が荒れた時にこその芸術じゃないかとヒロトは思った。
そんな彼らはさておいてオークションは順調に進んでいく。途中で人が出入りしていたが、金が尽きたか、物が売れたかしたのだろう。
「それでは皆さん、また後で。手に入れられるといいですね」
「ええ、あまり高くならない事を祈ってますよ」
軽い会話を交しつつジャックは関係者に連れられ、席を立った。
それから二品が競売に掛けられた。強力の加護がある槍に、装備すると知性が高まるというサーリットだった。どちらも一〇〇〇〇ガイアほどで売れている。
――最後のサーリット、欲しかったなぁ……。
ダンジョンマスターは頭脳労働者なので頭が良くなるマジックアイテムなんて喉から手が出るほど欲しいアイテムであった。もちろん金欠中なので我慢したが。実際には魔法の威力が上がるだけで頭が良くなることはないそうだ。
「それでは皆様お待たせしました! 本日のメインイベントと参りましょう!」
司会進行役の言葉に会場が沸いた。同時に舞台袖からジャックが姿を現す。いつの間にか着替えていたらしく、派手な装飾が施された正装を身に纏っている。
「今宵の目玉商品はこれだ!」
競売台を覆っていた白いヴェールが剥がされる。そこには見慣れた一振りの剣が掲げられていた。
「<疾風剣フェザーダンス>です!」
会場がどよめきに包まれる。希少モンスターのレアドロップ。世界最大級の交易都市である王都ローランをして数年ぶりに姿を現した逸品なのだからそれも仕方のない事であった。
「ミスリルを鍛えた美しい刀身、鍔や鞘には精緻な装飾の施されており芸術品としての価値もあります。重厚な見ためからは想像も付かないほど軽く、素晴らしい斬れ味を誇っています。
見てください、蒼白い刃から立ち昇るこの魔力を。装備者は<加速>の加護を常時受けられるのです。それは戦いに赴く戦士の力量を遥かな高みに連れて行ってくれるでしょう。
さあ、皆様参りますよ?
財布の中身は大丈夫ですか?
まず一〇〇〇〇ガイアからスタートです」
『一二〇〇〇!』『一三〇〇〇!』
競売が始まるやいなやすぐさま価格がつり上がっていく。
「皆、のっけから飛ばすね」
「ええ、それほどの逸品という事でしょう」
そうこうしているうちに『二〇〇〇〇!』との声が響き、会場がどよめいた。
約二億円。相場よりもかなり高いが、ダンジョン進攻の事を考えると仕方のない額だと皆が納得する。
「二〇〇〇〇ガイア! 他におりませんか!?」
「二一〇〇〇です」
そこですかさずヒロトが手を上げる。観衆がこちらを振り返る。
『オークションで三〇〇〇〇ガイアの値が付いた。その事実が重要なのです』
ジャックはそう言った。
ヒロトが欲しいのは当然ながらフェザーダンスではない。彼が欲しいのはこの公衆の面前で高値で取引されたという<実績>なのだ。
このクラスの名品になると値段などあってないようなモノらしい。幾ら珍しいとはいえ皆が二〇〇〇〇ガイアぐらいの価値しかないと思っている武器をそれ以上の値段で買いたくないのだ。要するに誰も損をしたくないのである。
三〇〇〇〇ガイアで買われたという武器が、二五〇〇〇ガイアで売られていたらどうだろうか。お買い得だと思ってしまうのではないだろうか。
ヒロト達のやっている事は要するに定価の底上げなのである。
ヒロトはそのためにジャックから三五〇〇〇ガイアもの大金を預かっている。少しずつ金額を吊り上げていき、三五〇〇〇ガイア近くになったら諦める。もしもそれ以上の値段で買ってくれた人がいたならそれはそれで万々歳。そんな作戦のようだった。
『二五〇〇〇!』
誰かが声を上げた。
「な、なんとここに来て二五〇〇〇! さあ、お兄さんはどうします?」
「……二六〇〇〇」
ヒロトは顔を歪ませつつ言った。もちろん、演技である。
『二八〇〇〇』
ヒロトの苦渋など知らぬとばかり値を吊り上げる男性の声。ふと目が合う。目つきの鋭い男性であった。ダンジョンマスターの目が戦士としての力量を教えてくる。
尋常ではなく強い。武人らしく鍛えられた肉体だけでなく、数多の戦場を潜り抜けてきたヴェテランの雰囲気がプンプンと漂ってくる。
男はまるで会場のどよめきを楽しんでいるかのようだった。場慣れした感じからして相当な大物であるようだ。
ヒロトは咄嗟に考える。これ以上粘ってしまうとこの大物貴族を相手に余計な恨みを買ってしまうかも知れない。木っ端貴族なら兎も角、権勢の中にいる相手に目を付けられるのは避けたい。
舞台に目をやる。ジャックが頷く。ヒロトは意を決して手を挙げる。
「さんまんい――」
『五〇〇〇〇!』
しかし、ヒロトが言い終える前に会場の中央から声が上がった。
提示された破格の金額に会場にいる誰もが息を飲んだ。




