疾風剣フェザーダンス
「……これは魔剣……まさかフェザーダンス……」
ジャックの視線はテーブルに置かれた強力な魔剣に釘付けになっていた。
冒険者はどうやって日々の食い扶持を稼いでいるのか。ギルドに張り出される依頼をこなしその報酬を得る。もちろんそれも正解だが、魔物を倒し、そこから得たドロップアイテムを売却するのも重要な稼ぎである事は疑いようもない。
ダンジョンの魔物は星が上がるほど高価なドロップアイテムを落とす傾向にある。そして<迷路の迷宮>の主力モンスターであるシルバースライムは戦闘能力皆無ながら三ツ星のレアモンスターである。
<疾風剣フェザーダンス>はそんなシルバースライムのレアドロップであった。
フェザーダンスの最大の特長は持ち主に<加速>の加護を与えるところにあった。加速とは対象の敏捷性を一段高めてくれる魔法だ。魔法使いが使用する支援魔法だと五分程度で効果が切れてしまうのだが、この魔剣の場合には戦闘中ばかりか装備している間ずっと効果が続くのだ。
総ミスリル製の刀身は羽根のように軽く切れ味も素晴らしい。更に持ち主を強化してくれる。剣士にとってこれ以上ない逸品であった。
「流石、武器商人を営んでるだけありますね、一目で見抜きますか」
小規模とはいえ武器屋として活動しているジャックは魔剣を取り扱った事もあるらしく、流石の一言であった。
奴隷商は国で正式に認められた商売ではあるが、忌み嫌われており日陰者扱いだ。王都一の奴隷商であるジャックでさえ大通りに店を構えることが出来ない。
だからという訳ではないが、ジャックは奴隷商としてだけでなく武器商人としても活動していた。本業の傍ら店舗の一角に武器販売スペースを設けている。表の稼ぎはそうでもないが、裏では大儲けしているらしい。闇市場――盗賊や犯罪者などが武器や防具を購入するルート――へ武具を流すための眼くらましだった。奴隷商という仕事柄どうしたって犯罪組織と関係せざる得ない。半端に関わるくらいならどっぷり浸かって金を稼ぐ。利益のためなら何でもやる。それが商人という生き物なのだ。
「これほどの逸品、一体どこで……?」
ヒロトは答えない。ただ笑みを浮かべるだけだ。
「僕にはちょっとした伝手があってこれを継続的にかつ一定数を卸す事が出来ます」
「――ッ!?」
果たして効果は絶大であった。この時勢にこれほどの名品を仕入れる事が出来るなら果たしてどれだけの利益が上がるだろうか。
ヒロトのダンジョン<迷路の迷宮>では現在、シルバースライムの渦を三つも保有していた。魔物部屋でのリポップ速度上昇もあいまって一日に一四四匹ものシルバースライムを狩る事が可能だ。フェザーダンスのドロップ率は1%ほどなので一日に一振りないし二振りのフェザーダンスが手に入る計算になる。
ヒロトは既に二〇振りのフェザーダンスを確保している。何かあった時のために半分くらいしか売却するつもりはないが、一週間に五振りもの希少武器を供給できるというのは俄かには信じがたい話であった。
ヒロトは<宝物庫>から一〇振りの魔剣を取り出す。ジャックが密かに瞠目するが、ここに至って自身を取り繕う意味はない。せいぜい恐怖を覚えて欲しいものである。
「ヒロト様、申し訳ありません、流石に一回でこれを買取るのは」
ジャックが無念そうに唸った。頭の中ですぐに換金できる資産を計算するが、これだけの量を買取れるほどの資金力は持ち合わせていなかった。
もちろん借金をすれば買い付けは出来るかもしれない。しかしそれはジャックのポリシーに反する。職業柄多くの人々が奴隷落ちする姿を見てきたが、彼らが奴隷に身をやつした原因の多くが身の丈に合わない大きな買い物をしたことだった。
「違いますよ。これは売るんじゃありません。ジャックさんに預けるんです」
「……なるほど、つまり販売委託という形ですか。それならば手元に資金は必要ない」
「どうです? やってみませんか? ダンジョンの進攻により、市場が乱れる今は絶好の商機だと思うのです。手数料はそうですね、販売価格の一割でどうでしょう」
売上げの一割。ローランの商慣習からすると妥当な割合である。
ジャックは頭を回転させる。フェザーダンスの市場価格は一五〇〇〇ガイアほどだろう。日本円に換算すれば一億五千万円ぐらい。それを一〇本売り抜けばそれだけで一五〇〇〇〇ガイアという大金が手に入る。その一割なのだから一五〇〇〇ガイアが手に入る。
しかしそれではヒロトは満足しないだろう。ジャックだって不満だ。ダンジョンの一斉進攻により武器や防具の相場は高騰している。フェザーダンスほどの逸品を売り抜くのは今を置いて他にない。
「成果を出してくれたなら更に追加でお任せしますよ? そうですね、仕入れの関係もありますから週に五本ずつ……最大で一〇本くらいまで、ですかね?」
確かに素人では市場価格よりちょっと高く販売するくらいしか出来ないだろう。ヒロトには希少な魔剣を売り抜くための伝手もなければ知識もない。
しかし自分ならどうだろうか。
ジャックはその瞳を見開き、爛々と輝かせた。それはまるで強敵と相対する戦士のような顔付きであった。
「やらせてください。絶対に後悔はさせません!」
ジャックが断言する。
ヒロトは笑顔でジャックと握手を交わした。
「期待しています。その才覚でこの大きな波を乗りこなしてみせて下さい……クロエ」
「はい、主様」
ヒロトが声を掛けると彼の影から黒豹獣人の少女が姿を現れた。
「君は……」
ジャックは突如現れたクロエの姿に瞠目する。全く気付けなかったのだ。
「ジャックさんの所で購入したクロエです。クロエ、君は影からジャックさんを守ってあげてください」
「承知」
再びクロエの姿が掻き消える。暗殺者がよく使う<影縫い>というスキルであった。対象の影に入り込む技術で暗殺はもちろん尾行や追跡にも使われる。
しかし、並の使い手ならこうはいくまい。人間は他人の気配に意外と敏感だ。特にジャックのような裏社会に半分足を突っ込んでいる連中は更に警戒心が強くなる。そんなジャックをして相手を目の前にしながら影に入り込まれ、しかも違和感すら覚えないというのは尋常な事ではなかった。
恐らくだが、自身が保有する戦闘奴隷を全てぶつけても敵うかどうか。
一体何があったのか? 確かに優秀な暗殺屋だとは聞いていたがこれほど卓越した技能の持ち主ではなかった。
まさか力を隠していたのか? それはないと断言できる。奴隷というのは一般的に能力が高ければ高いほど雇用条件は良くなる傾向にある。力を大きく見せる事はあっても小さく見せる事はない。
僅か一ヶ月の間に何が起きたのかジャックには想像もつかなかった。単にシルバースライムを狩らせてレベルアップさせただけだなんて知る由もないジャックは差し向かいで話す少年の底知れなさに恐怖を覚えた。
護衛というのは表向きの理由でしかないだろう。もしもジャックが裏切るような真似をすれば彼女はかつての経歴そのままに即座に命を奪ってくる。
喉を鳴らす。しかし、それが何だというのか。裏切れば死ぬ。無能でも死ぬ。そんなのは裏社会なら当たり前の事である。生き馬の目を抜くような生活を二〇年も続けてきたのだ。
これぐらいのリスクが何だというのか。命を賭けるに値する大仕事だ。
やってやる。
売り抜いてやる。
奴隷商人ジャックは不敵に笑うのだった。




