荒れ寺
結界が張られると、双葉さんの容体も安定した。
とりあえず安心、との医師の言葉が得られると、殿様と安彦たちは東京に帰った。
翌日、登校すると吹雪はもう席についていた。
安彦が吹雪を目で追うと、珍しく吹雪が視線を合わせた。
そして、そのまま吹雪は出ていく。
ついて来い、と言っているようだった。
少し迷ったが、安彦は吹雪の後を追った。
しばらくは後ろをついていくが、吹雪が学校を出ようとするので、慌てて追いついた。
「吹雪ちゃん、いったいどこへ?」
「いいから、ちょっとついて来なさい」
「だって、先生に怒られちゃうよ」
「赤服が何をしたって、怒る先生なんていないわよ」
言って吹雪ちゃんは、学校の外の横道に入っていく。
しばらく歩くと、足を止め。
「あの子供が見えるわね」
道の奥で、グレーのスカートの子供が一人で、ケンケンパーと飛び跳ねていた。
「うん、見えるよ? なんで?」
「あんた、補色って知ってる?」
「ほしょく? なにそれ?」
「簡単に言うと、絵の具で混ぜると灰色になる色の組み合わせ…、つまり…、あの子のどこかが灰色に見えていないか、って聞きたいのよ」
安彦は意味の分からないまま、スカートが灰色だと答えた。
「ふーん」
吹雪は鼻で返事をし、言った。
「ちょっと、あの子をこっちに呼んでみなさい。
笑顔で、優しく、ね」
首を傾げたまま、安彦は少女に声をかけた。
少女は満面の笑顔を浮かべ、走り寄ってきた。
一生懸命手を振っている。
「ほら、手を振ってるわよ」
安彦も手を振った。
少女は嬉しそうに走り寄り、安彦から数メートル、と言うところで…。
バン! と飛び散った。
手足がちぎれ、首が虚空に飛んでいた。
安彦は固まった。
「えっ、いったい、どういう…」
「色ヌケって言って、あんまりはっきり見える人の場合、本物と霊の違いが分からないのよ。
でも、必ず霊は色ヌケしているの。
つまり、赤いスカートが、あんたには灰色に見えていた…」
「れ…霊!」
「つまりは、あんたは霊感ゼロなんかじゃなくて、見えすぎてて分からなかったのよ。これからは色ヌケに気を付けることね」
唖然となって、安彦は聞いた。
「か…、彼女は、どうなったの?」
「あの子は行くべきところに行ったのよ。あんたは良いことをしてあげたってわけ。おそらく何年か、ファション的には何十年か迷っていたみたいだから、本当に良いことをしたのよ」
「でも、なんか破裂して…」
「そう見えるかもしれないけど、霊体がバラバラに分解されているだけよ。
まぁ、驚くのも無理はないけど、本題はこれからなのよ」
「ほんだい?」
安彦の手が震えていた。
まさか、あの少女が霊だったとして、しかし、なんで俺が、良いことをしたことになる?
「あなたが非常に高度な霊能者だったとしても、よ。
それだけで近づいてくる霊を無条件で例外なく成仏させてしまう、なんて、おそらく仏陀やキリストでも無理かもしれないのよ」
「え、いったい、どういう…」
「よく守護霊とかいうでしょ」
「あ…、ああ、聞いたことあるよ強い侍の霊とか…」
「あれって、昔の一漫画家の創作なのよ。残念ながら、そんなファンタジーは無いの。
おそらく西洋の守護精霊からヒントを得たのね」
「え…、でも…、じゃあ、俺は?」
「それなのよ…、ちょっと思い当たるんだけど、まぁ仮説をいくらこねくり回していても始まらないので、実証したいので付いてきて」
吹雪ちゃんは安彦を先導して、小さな寺に入っていった。
安彦は、今まで知らなかった事実にビビッていた。
「吹雪ちゃん、色ヌケした人が、いっぱいいるんだけど…」
「そーなのよ、本来、まともな寺に霊なんていないのよ。
ちゃんと成仏させられる人がいるのが寺なのだから。
でも、ただお経を暗記して、尤もらしいことがいえる人、と成仏させられる人は違うっていう、本当に典型的な例がこの寺なのよ」
「じゃあ、お坊さんの力不足だとこうなっちゃうの?」
「いやぁ、例え、何も見えない、分からない、にせよ、お寺というシステムそのものが、成仏させるシステムなのよ。まぁ、普通、こうはならないわよね。よほど酷い人なんでしょうね」
「ひどい人…」
「人格評価は退魔師の仕事じゃないから、どうしたらこうなるのか、とかは分からないわよ。それより実証に来ているのよ。この奥がお墓よ。
ここは誰が入ったって、なにも言わないから、入って入って」
まるで自分の家のようなことを言いながら、吹雪は垣根を抜けて、少々荒れた感じの墓地に入っていった。
お墓はみな古く、雑草もあちこち生えており、手入れはほとんどされていなかった。
ほら、こっちこっち、と吹雪ちゃんは墓地の中央に進む。
五月と言うのに凄い数のやぶ蚊が飛び交っていた。
安彦は墓地の中央に立たされた。
隣りで、吹雪ちゃんはお経を唱えだす。
すると…。
墓地の内外から、無数の霊が集まり始めた。
用心深く、遠くから伺うような霊もいたが、色ヌケした赤いスカートの少女のように、喜色満面の笑顔を浮かべ走り寄ってくる霊もいる。
「吹雪ちゃん、なんか集まってくるよ」
「別に心配いらないでしょう? ちゃんと護られる、と思うから、安心していなさい、…たぶん、ね」
「えっ、ちょっと、たぶんって、なに!」
霊たちは全周囲から安彦に迫っていた。
そして、安彦に近づくと…。
バチン、と弾けた。
無数の爆発が、安彦の周りで巻き起こる。
しかも…。
安彦が霊を成仏させたのを見た、遠巻きに見ていた霊たちは、驚き、喜び、安彦に向かいだした。
霊にとって垣根などの物理的障害は問題にならなさそうなのは、なんとなく理解できたが、霊同士は重なり合えるものではないらしい。
安彦の周囲には大渋滞が生まれてしまった。
先を行く霊の頭に手をかけ、上に乗って進む霊もある。
上空から安彦めがけて落ちてくる霊もあった。
それでも安彦に近づいた霊はみな、爆ぜていくのだが、やがて、渋滞の上にも渋滞が生まれ、空中も霊で埋め尽くされ、もうこれ以上、集まれないような状況になった瞬間。
突然、周囲のすべての霊が、一瞬で弾け飛んだ。
「うわぁぁぁ!」
安彦は叫んでいた。
巨大な、赤いドレスを着た女のミイラが、安彦の目の前に仁王立ちしていた。




