廃工場
「なるほど、あ…、窪田君が昨日言っていた物件なのね」
「そうなんだよ、吹雪ちゃん」
安彦と吹雪は、今井の殿様と並んでベンツの後部座席に座っていた。
「しかし、昨日の今日で永信…」
安彦は吹雪の言葉をさえぎって。
「あ、殿様。こちらは山本吹雪さん、という人です。僕のクラスメートなんです!」
吹雪は安彦の態度で状況を察したようで。
「山本吹雪です…」
と、頭を下げた。
「な…、中島流退魔術は名門だけど、それにしても、ずいぶん早く仕事をしたものね」
「当たり前だよ。一日作業が止まるだけで、どれだけの人件費が飛んでいくと思っているのだね。至急でやらせたんだ。
それなのに、祓った途端にこの事故だよ」
「どんな事故があったんですか?」
吹雪ちゃんが聞いた。
「機械を壊すために入れた重機が、何もない場所で横転したのだよ」
確かに、それは普通なことではないようだ。
「そこが、どんな物件なのか、教えていただけますか?」
「おお、そうだな。
あそこは元々、わしの大学の後輩にあたる滝沢君の経営していた工場だったんだ。
元は明治かその位から、何かの工場だったのを滝沢君が食品加工の工場にしてな、会社の業績も右肩上がりに伸びて順風満帆だったのだがね。
目の病気にかかってからか、滝沢君は、今で言うところの鬱とでもいうのか、だんだんと、声が聞こえる、等の妄言も口にするようになって、当時、まだ四十を過ぎたばかりだったのに秩父の自宅で首をつって亡くなったのだよ。
その後、奥さんと娘さんで、良く会社の切り盛りをしていたのだが、東京と秩父の往来で疲れたのか、ある日、高速で事故を起こしてね、奥さんは死亡、娘さんも寝たきりになってしまった。
そこでわしが工場ごと会社を引き取ったのだが、食品加工のノウハウはわが社にはないし、場所柄も良かったので介護老人ホームにしようという話になったんだ。
そこで廃工場を壊す段になって、変なことが多々起こるので、前から付き合いのあった中島流にお願いしたのでが、いつの間にか当主が変わったらしい。前は人柄のいいご婦人だったのだが、あの中島永信という男は好かんな。仕事も、どうも雑でいけない。
それで今日は安彦君を訪ねたのだよ」
「確かに、代替わりして、少し変わったようですね、中島流は」
うんうん、と吹雪ちゃんは頷き。
「しかし、その廃工場、そんなに大変な問題が起こっていたんですか?
お殿様が引き取られるまでは、何事もなく営業していたんですよね?」
「うむ。
わしもそこが気になって、調べてみた。
それによると、滝沢君の両親が亡くなって、お母さんが九十八歳で亡くなってから、滝沢君の目の病も発覚し、幻聴なども起こり、工場の方も不具合あったようだが、細かいことは分からんらしい。
当時の従業員はうちで再雇用しているのだが、口が重く、何も語らんのだ。
ただ、あすこには手を出さない方がいい、と言うばかりでね」
「何か知ってそうですね」
吹雪ちゃんは言った。
「よほど祟るのかもしれんが、わしも土地屋、そういう物件も何度も扱ってきている。
ちゃんと祓えば大丈夫、と思っていたのだがね」
今井の殿様も溜息をついた。
車は山あいを進み、ちょうど美しく夕日が山々を照らしていた。
緑深い、山の中の小さな村、といった場所に出た。
問題の工場は、村のはずれに位置していた。
「いい所ですねぇ」
安彦は車を降りて、伸びをした。
のどかな田舎の夕暮れ時だった。
広い敷地は、ほぼ四角のようで、その角に白木の棒を立て、紙垂がヒラヒラと風に揺らいでいた。
入り口のシャッターを開けると、広い空間で、ベルトコンベアーや大きな機械があり、横に壊した廃材が積まれていて、何もない更地のの上で、パワーシャベルが横転していた。
吹雪ちゃんはカバンから木で出来た円盤を取り出し、回したりしていた。
奥に行ったり、戻ってきたり、慎重に調べている。
やがて、難しい顔をしながら言った。
「この部屋に問題はなさそうです。中島流も良く祓っているわ。
ただ、奥に部屋があるようですね」
殿様は鍵束を取り出し、先導して奥に向かうドアを開けた。
そこは薄暗い廊下で、蛍光灯をつけても何か陰気だ。
左側が広い部屋になっていて、スチール製のロッカーが倒れている様子から、どうも事務室のようだった。
吹雪ちゃんは円盤をいじっていたが、事務室は素通りした。
その奥は、男女のトイレだった。
入ってみると、入り口とは別に、もう一つドアがあった。
開くと短い廊下で、すぐ横に入り口がある。
中はステンレスで作られた棚が並んだ場所だったが、生臭いにおいがした。
「ここは一部屋丸ごとの冷蔵庫だったのだよ」
殿様が説明した。
部屋から先に行くと、両開きのドアがあり、出るとやはりステンレスの、流し台などが幾つもある部屋に出た。
「ここが食肉を加工する作業場だね。その先が、さっきの、重機が横転した機械部屋に出る。
これで全てだよ」
「吹雪ちゃん、前に図面に無い部屋とかに問題がある場合もある、とか言っていたよね?」
安彦は聞くが、吹雪は円盤を回しながら。
「そういう反応は一応ないわね、ざっと見た限り…」
吹雪ちゃんは考え込んでいる。
まずいな…。
安彦も少し焦った。嫌な顔をしていた吹雪ちゃんを無理に誘ったのは安彦なのだ。
少し、ちょっとした成果でもいいから、何かを吹雪に発見させたかった。
そう思った瞬間。
再び、安彦の神様が震えた。
「あっ!」
安彦は叫び、その声に吹雪と殿様が、安彦を見た。
「あんた、それ!」
神様の先端がどこか斜め上を指していた。
「きっと何かあるんだ!」
安彦は叫んだ。
作業場には、シャッターのある機械の部屋とは別に、冷蔵庫の近くに大きな引き戸が作られていた。冷蔵庫に入れる生鮮品の搬入口だろう。
安彦はそこに向かう。
当然ながら鍵がかかっていたが、すぐに殿様が開けてくれた。
「こっちだ!」
安彦は叫びながら、シャッターを正面と考えた場合、裏にあたる方角へ走った。
廃工場の裏は、すぐ森だったが、普通は気づかない、細い道が続いていた。
神様に導かれて、安彦は森の中に入っていく。
道はつづら折りに登っていた。
数分間、夢中で走り続けると、不意に平地が現れた。
雑草に覆われた平地の奥に、社とも言えないような、屋根付きの小屋が建っていた。
夕方の森の中では、小屋の中は暗すぎて、ほとんど見えない。
吹雪と、後ろから追いついてきた殿様が、懐中電灯を同時に着けた。
「うわぁ!」
安彦は、自分でも驚くような声を上げてしまった。
そこには一対の、不気味な木像があり、色あせた布切れが、服のように首からぶら下がっていた。
「こ…、この木像…、首を吊られている…!」
安彦は呻いた。




