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第一話 思い出

「レオ、アンナ、仲よく、達者にやるんだぞ?」

「パパ……、うん、分かってる。」

「パパ、ゆっくり休んでね。」

 ファルカシュ・ジグモンド、その愛称を「オルフェ」ないし「ウォルフ」と呼ばれた時代もあった「紫髭の狼」というコードネームを持った英雄、七十を超えるオルフェは、眠りにつこうとしていた。

 息子であるレオと、娘のアンナに見送られようとしている、妻のミオンは先に逝ってしまった、だからこの二人に見送られる、それがオルフェの願いだった。

 英雄として、数多の世界を駆け巡ってきた、英雄として、数多の命を奪ってきた、英雄として、数多の命と世界を救ってきた。

 沢山の思い出、と言うのには少々生々しいが、その中でもオルフェの記憶によく残っているのは「ウォルフ」と呼ばれていた世界、ディセントと言う「竜神の作りし年輪の世界」と言う、オルフェからしたら元来は管轄外の世界の中心、その裏側の「指南役」として活動した事を、オルフェはよく覚えていた、そもそもがハイパーサイメシアだったオルフェからしたら、忘れるという事はなかったのだが、その中でも一番印象的だった世界と言うのが「聖獣の守護者」達によって守られた世界、風眞蓮と言う少年の死をもって、安寧を手に入れた世界群、その世界群の守護者たる「ディン・アストレフ」と言う竜神王、その関係値が、今でも鮮明に覚えている程度には鮮明な記憶として残っていた。

「……。竜神王サン、来たのかね?」

「そうだな、ウォルフさんの終わりに付き合うのはちょっと気が悪かったけど、俺は守護者達の最期には立ち会うって決めてたからな。」

「ディンさん、パパを見送りに来たの?」

「そうだよ、アンナ。ウォルフさんにはお世話になったからな。もうアンナは子供がいるんだったか?娘さんを産んだって言う話はきいた覚えがあるけど、来てないのか?」

「うん、ルーナはじいじが死んじゃう所を見たくない、って言ってね。だから、その想いを尊重してあげたいと思って。」

 ディン・アストレフ、元来はこの世界、年輪の世界の外側に対するアクセス権を持っていなかったディンは、オルフェを「使役」している神と交渉をした末に、この世界に降り立つ権利を得た、元来立ち入る事が許されなかったはずの世界にオルフェを送ってきたのだから、逆にディンがこの世界に降り立つ権利もあるはずだ、そう交渉をしたのだとか、そんな話をオルフェは聞いていた。

「hahaha、お前さんらしいな、リリエルちゃん達は元気かね?もう五年か十年程度は会っていないと認識しているがね、あの子らの成長を見守る、と言うのもなかなかオツな余生の過ごし方だったんだがね。」

「リリエルさんは故郷に戻った、セレンは跡継ぎを育成中、外園さんは大学教授、後はそれぞれがそれぞれに継いだり何だったりだよ。」

「そうか、そいつは素晴らしい。……。ふむ、命の終わりってのは、もう少しみっともないと思っていたんだがね、随分と穏やかなもんだ、俺は戦場で散っていく命だとばかり、そんな事を考えていたがね、人殺しの傭兵としては、随分と穏やかな死に様じゃないかね?竜神王サン。」

「それをいったら、守護者達だって人殺しだろう?それに、生物を殺めるって言う意味合いでは、人間だろうと何だろうと、肉食生物である以上は避けられない事柄なんだから、別に気にする事もないと思うけどな。」

 ディンがオルフェと話がしたい、と言って、アンナとレオを病室の外に出して、オルフェではなく「ウォルフ」として話をする、オルフェも「ウォルフ」として、ディンと話をしていた。

 紫髭の狼、と言うコードネームだったり、ファルカシュ・ジグモンドと言う本名だったり、オルフェと言う愛称だったり、色々と名前を持っていたウォルフだったが、ウォルフとして活動をしたのはディセントだけだ、ディセントとセスティアにおいて、オルフェはその名をウォルフとつけていた、そう名乗っていたからなのだが、それは英雄としてではなく、守護者を育てる役割として活動するに当たって、と言う事だったのだろう。

「これでバーボンの一杯でも飲めたら、またオツなんだがね。死にかけの老骨が酒なんぞ飲んだら、看護師の姉ちゃん方に怒られるな。」

「良いんじゃないか?終わりの時くらい、好きに過ごしたって。」

 ディンはそう言うと、セスティアの「アメリカ」という国において人気なバーボンを転移で取り出して、グラスに注いでウォルフに渡す。

 ベッドを起こして背もたれに寄りかかっていたウォルフは、少しだけ笑ってそれを受け取った。

「お前さんは変わらんな、竜神王サン。お前さんはいつだってまっすぐで、何時だって守るべき者を見失わずにいて、あの子らにとっては、良い指標だっただろうな。俺とは違う、俺は英雄と言いながら、その実をタダの人殺しの傭兵だ、その傭兵の散り様を見届けようだなんて、守護者としてあって良いのかね?」

「……。どんな命だったとしても、俺にとっては等しく守るべき者だ。人殺しだから守らなくていい、人殺しだから見捨てていい、そんな事はないんだよ、ウォルフさん。」

「hahaha、お前さんはそういう男だったな。」

 バーボンを傾けて、病室では元来禁止されている煙草に火を点けて、ウォルフは「オルフェ」としての生涯「ウォルフ」としての人生、父としての人生、英雄としての人生、それらを統合して、納得のいく人生だったか、それとも志半ばで終わってしまう人生だったのか、それを己の中で評価する。

「修平君に、最後に一言告げておきたい言葉があるが、それは許されるべきかね?」

「良いんじゃないか?修平君ももういいお父さんだ、ウォルフさんの気持ちって言うのも、分かってくれると思うぞ?」

 修平君、懐かしい名前だ、ウォルフにとっては教鞭をとった相手、英雄ではなく守護者として生きた青年、今現在においては父として、そして家伝の技術である「河伯流」と言う体術の継承を行っている青年、と言うのには少々歳を取りすぎているのだろうが、ウォルフからしたら「敵対者となり得ない教え子」と言うのは珍しかった、だから最期の言葉は彼に告げたい、そう思ってスマホを手に取る。

 ウォルフの鍛え上げられた肉体美、黒い肌に血管が浮いている程度には鍛えられていた体も、病床にふしてからはやせ細ってしまった、コロコロと表情が変わる事が特徴的だった顔も、皺だらけになってしまって久しい、蓄えた髭は白髪になっていて、手入れを欠かさなかったジェリーカールヘアも、整えなくなって久しい、ぼさぼさの髪の毛になってしまって。

 それでも、最期の言葉を告げたい、最後に一言話をしたい、そう願った相手に、電話を掛ける。

「……。もしもし?ウォルフさん?」

「やぁ、修平君。」

「お体、良くなりましたか?入院した、ってディンさんは言ってましたけど……。」

「Umm、そうさな。ここで終わり、のようだ。俺の命運はここで尽きる、ただ、戦場で死んでドックタグだけを持ち帰られると思っていた人生だった、そうならなかった未来があるとは、俺は思えんかったな。修平君、息子君は元気かね?」

「……。はい、良平は元気にしてますよ、河伯流を継ぐんだ、って一生懸命にやってます。」

「そうか、そいつは良かった。良平君はお前さんに似て男前だからな、お前さんの様な立派な父を持てて、幸せだろう。さて、修平君。そろそろお別れの時間だ、俺がそちらに行く事も、君がこちらに来る事もない、呆気のない幕切れかもしれないがね、しかし、俺達は朋友だ、共に戦う戦士だった者として、君の道行きに幸あらん事を、俺の神サマにでも祈っておくかね。」

「……。さようならです、ウォルフさん。きっと、いつかまた会えるって信じてますよ。」

「あぁ、サヨウナラだ、修平君。」

 笑う、電話を切って、微笑む。

 グラスをサイドボードにおいて、煙草の火の始末をディンに任せて、静かにこと切れる。

 その最後の瞬間、思い出す事は沢山あった。

 これは、ファルカシュ・ジグモンドが英雄たる所以、英雄として、傭兵として、ジグモンド家の歴史に終わりと告げた、ジグモンド家最期のガンナーとしての、そんな物語だ。

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