第四十話 「既読がつかない夏」
第四十話です。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、
”手を掴むこと”
をテーマにしていました。
長い間届かなかったものに、
ようやく触れられる瞬間ってありますよね。
詩音の指先が。
蓮の指先に触れた。
その瞬間だった。
ザァァァァァッーー!!
海全体が激しく揺れる。
巨大な顔が悲鳴を上げた。
『返せ!!!』
何百もの声。
怒り。
悲しみ。
孤独。
全部が混じった叫び。
でも。
レンは離さなかった。
強く。
強く。
詩音の手を掴んだ。
「レン!!」
ユウトが叫ぶ。
ナギも駆け寄る。
三人で詩音を引き上げる。
波が荒れる。
黒い手が伸びる。
大量の通知が鳴る。
ブブブブブブブブッ!!
それでも。
少しずつ。
少しずつ。
詩音の身体が海面から現れる。
肩。
胸。
腕。
そして。
最後に。
全身が引き上げられた。
詩音は砂浜へ倒れ込む。
激しく咳き込む。
苦しそうに。
でも。
生きていた。
レンはその場に座り込む。
力が抜ける。
「......バカ」
掠れた声。
詩音が笑う。
「遅すぎ」
レンも笑った。
三年分の時間が。
ようやく動き出した気がした。
その瞬間。
海の中央の巨大な顔が崩れ始める。
ノイズ。
通知。
写真。
動画。
全部砕けていく。
『待って』
巨大な顔が呟く。
初めて。
怒りじゃない声だった。
『一人になる』
レンは海を見る。
巨大な顔。
その中には。
無数の人々がいた。
見つけられた人たち。
忘れられた人たち。
孤独だった。
その時。
水平線の向こうの巨大な影が、
ゆっくり動いた。
空いっぱいの通知。
接続終了
文字が現れる。
巨大な顔が崩れていく。
少しずつ。
静かに。
まるで眠るみたいに。
ミナが海を見つめていた。
レンが振り返る。
ミナは笑っていた。
優しい顔だった。
「終わったね」
レンは頷く。
でも。
どこか嫌な予感がした。
「ミナ」
呼ぶ。
ミナは振り返る。
三年前と同じ笑顔。
そして。
少しだけ困ったように言った。
「私ね」
風が吹く。
夏の匂い。
波の音。
「最初から戻るつもりなかったんだ」
レンの呼吸が止まる。
ミナの身体が、
少しずつ透け始める。
ユウトが顔を上げる。
ナギが涙を浮かべる。
詩音も立ち上がる。
でも。
誰も止められない。
ミナは笑った。
「だって」
空を見る。
夜明けが近づいている。
「もうちゃんと、
既読ついたから」
レンは言葉を失う。
三年前。
届かなかった言葉。
伝えられなかった想い。
残されたままの夏。
全部。
今。
届いた。
ミナの姿が、
朝焼けの中へ溶けていく。
最後に。
小さく手を振る。
そして。
消えた。
静かな朝だった。
通知音は鳴らない。
ノイズもない。
ただ。
波の音だけが聞こえていた。
レンのスマホが震える。
最後に通知。
送り主。
朝倉ミナ
内容。
『既読 4』
レン。
ユウト。
ナギ。
詩音。
四人。
そして。
通知は静かに消えた。
ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございました。
『既読がつなかない夏』は、
「届かなかったものが届くまでの物語」
として書いていました。
ホラーやミステリーの形を取りながらも、
最後は青春小説として終わらせたかった作品です。
ミナの最後の『既読 4』は、
四人にちゃんと想いが届いたという意味を込めています。
長い夏にお付き合いいただき、
ありがとうございました。完。




