64話 夜明け
NF杯で優勝してから、俺はあまりNFをプレイしなくなった。
充に勝利したから?
それと、飽きたのか?
自分でも理由はわからなかった。
§
「皆さん!
今日はムラサキと一緒にNF配信をしま〜す!」
俺のチャンネル登録者数が30万人を突破した。
ムラサキも占い企画がよく当たると話題になり、既に40万人登録者数が伸びている。
「悪霊のみんなぁ、こんばんわ〜。
今日もみんなを昇天……じゃなかった、成仏させま〜す!」
二人配信なんて珍しい。
深夜3時だもんな
この時間にいる俺らって社不かもな
俺は朝から仕事だけど
それは、寝ろよ
モード︰フリーダム
全員敵の混戦モード。
10人で戦い、30キル先制したら勝利だ。
久々に投げナイフを構える。
「おっ、さっそく敵!」
――ナイフを投げるが――虚空をかすめる。
「レイちゃん、隙あり!」
俺はとっさに頭を下げる。
――頭上を弾丸がかすめた。
「あっ、避けられた!」
ムラサキは、ハンドガンでヘッドショットを狙うスタイル――来るのさえわかれば、一発ぐらいならかわせる。
俺は振り向きざまに投げナイフを放つ。
しかし、ナイフは再び逸れ、ムラサキのヘッドショットが、俺の頭を撃ち抜いた。
「少し、腕が鈍ったか?」
結果――ムラサキが30キルで1位に輝き、
俺は――6キルで最下位。
その後も二時間ほどムラサキと遊んだが、
思うように投げナイフを当てることはできなかった。
レイちゃん、本当にレジェンド?
なんか、弱くなったよね
最近、サボってたからじゃない?
FPSは調子の良し悪しがあるからこういう日もあるよ
別に投げナイフなんて、本来当てるのムズいんだから、外すのが普通でしょ。
「……うるさいな」 思わず、小さく漏れた。
§
配信終了後、既に日が昇りかけていた。
――離れの扉がノックされる。
「海人く〜ん。入っていい?」
楓の声が扉の向こうで響く。
「いいよ」
「朝ごはん、食べに連れて行って!」
「承知いたしました。お嬢様!」
§
朝日が伸びる街並みを――車を30分ほど走らせた。楓と二人なんて久しぶりだ。
「丸山ラーメンでいい?」
「朝からラーメンなんて……罪だねえ」
「それは、YESってことでいいんだよな?」
「海人くんと一緒なら、どこでも楽しいよ!」
「うっ、なんてダメージの高いセリフ……」
「海人くんは、こういうことを普段、いろんな女の子に言っているのよ?」
「それは……俺って、かなり悪い男じゃないか」
楓は、肯定する代わりに軽く微笑んでいた。
§
インターチェンジ付近に、年季の入った波トタンの家に目立つ赤い看板が立てられていた。
広い駐車場には大型トラックが何台か停まっていた。
「お腹空いた〜」
パーカー姿のまま楓が大きく背伸びをしている。
「味噌とんこつってここでしか、食べれないからなあ」
二人で食券を買い、カウンター席に並んで座る。
「ねえねえ、海人くん……最近、何か悩んでない?」
「なんでそれを……」
たぶん今の俺は、目標を見失っている。
別にNFで世界を再び獲ろうとか、霧雨レイとして、大成功したいなんて……ない。
ただ、立ち上がれればそれでよかった。
でも、立ち上がった後はどうすればいい?
「漠然と……何かが足りない気がするんだ」
「それは、今いる女の子だけじゃ物足りないと?」
「おい……俺は真面目に悩んでいるんだ」
「はいはい。分かっているわよ、要は目標がないんでしょ? 刺激が足りないってことよね」
「うっ……」
自分の悩みを簡単に言語化されると、
それはそれでなんかイヤだ。
「人生って、そんなに難しいもんでもないよ。
海人くんって、どういう時が幸せ?」
「幸せかあ……ルミナスイリアのみんなは、家族だと思っている。みんなと毎日、遊んで、配信して……本当に幸せだよ……でも……」
昔の俺がときどき顔を覗かせる。
炎上で燃えて――消え去ったはずの俺が――その未練が燻っている気もする。
不思議なもので、なのに、NFに向き合えなくなっている。
「海人くん……ルミナスイリアでアストラを打ち負かしましょう!
それで、過去の海人くんと決別するの……」
「……確かに……NF杯は臨時メンバーだったし、充に一度勝っただけで、アストラに勝てたとは言いがたい。
相手はプロだ。本来はもっと恐ろしく、もっとシビアだ」
「とりあえず、これが目標ね!
私をアストラに勝たせて、世界大会に連れて行ってね♡」
「そんな、甲子園的なノリで言われても……」
VTuberチームが世界大会?
さすがに非現実的すぎるだろ。
プロは日々、エイムを磨き、連携やマップ理解――対戦相手の研究を研鑽している。
でも……もし、それに勝てたなら……。
胸の内に少しだけ熱が灯る。
「あっ、きたっ!」
俺と楓の前に味噌とんこつラーメンが並べられる。
甘い味噌に濃厚なとんこつのスープ。
湯気とともに、香りが食欲をそそる。
§
一通り食べたあと、車を走らせ――帰路につく。
早朝の町は少しずつ、動きだしていた。
「なあ、楓って将来の目標ってあるのか?」
「ふふっ、ようやく、私に興味を持った?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ちょっ! そこで否定するのはヒドくない?」
「ははは、冗談だよ。差し支えなければ、教えてくれ」
「う〜ん……私はね……お嫁さんかな!
きゃっ、言っちゃった」
「ふ〜ん、そんな奇特な人が現れるといいな」
「ちょっと、失礼ね!」
楓が運転中の俺の横腹を殴る。
「お、おいっ、危ないってば」
「海人くんと一緒なら……私、死んでもいい」
「イヤだ……死ぬなら一人で死んでくれ!」
「あっ、ひど〜い!
私だけ先に死んだら、毎日枕元に立ってやる!」
「ああ、そうしてくれ。
また、俺が迷ったら導いてほしい」
「都合のいい女扱いして」
楓が不貞腐れて窓の外を眺める。
「楓……いつもありがとう」
「ふんっ、私は他のみんなみたいに、チョロい女じゃないからね!」
「今度、誕生日だろ?
楓の欲しいもの一緒に買いに行こうよ」
楓が目を輝かせて、こっちを向く。
「えっ!? ホント!
ってか、海人くん……私の誕生日、覚えてたんだ!」
「ああ、家族だからな!」
「嬉しい〜!
それなら、私、避暑地に別荘が欲しいの!」
「べ、別荘? さすがに誕プレの範囲を数段越えていないか?」
まったく、楓には敵わないな。
二人の笑い声が車内に響いていた。




