14話 コーチング
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
玄関先で、舞ちゃんが頭を深く下げている。
「嫁入り前かよ……」
「な!? 海人さん、また変なこと言って!
まったく、初めはクールな人だと思ってたのに……」
変なこと言ってんのはどっちだよ。
「今は、どうなんだ?」
「うっ……優しくて……その、クールです」
「まさかの、褒め殺し」
俺は、笑いながら舞ちゃんを部屋に招き入れる。
§
ボロアパートのエアコンを新調してもらい、
俺の部屋も快適になった。
最近、知ったんだけど、ここのアパート、会社持ちの物件だったらしい。
そう言えば、契約が切れた後、
金の無い俺に浅場さんがこの物件を紹介してくれたっけ。
チームを辞めたってのに……
俺は、ずっと前から彼に助けられていたんだ。
「海人さーん、おーい!」
舞ちゃんが、俺の顔の前で手を振る。
「っと、わるい。少し、考えごとをしてた」
「海人さんも、予定があるのにごめんね……
私に付き合わせて」
数日前――舞ちゃんから、
NFのコーチングの依頼があった。
「私、レイちゃんの隣で戦えるぐらい――強くなりたいんです!」
彼女の強い眼差しに、思わず承諾してしまった。
オンラインでのコーチングでもよかったのだが、
NFはVRに移行してから、
VRゴーグルとコントローラーの動かし方――
上半身の使い方が重要になる。
VR・FPSは、まったくの別物に進化したといっても過言ではない。
「海人さん、
このトレーニングモードってやつでいいの?」
「そうそう」
舞ちゃんにはVRのイヤホンだけ外してもらい、
俺の声が直接聞こえるようにして、コーチングを開始する。
「NFは、エイム以上に、情報が大事なんだ」
「……情報?」
舞ちゃんとゲーム画面のアバターが首をかしげる。
「スキルの使用状況。敵の人数、ダメージ報告。
相手が強ければ強いほど、この報告を増やさなければいけない」
「……なるほど」
彼女に実際にCPUと撃ち合いをしてもらう。
「舞ちゃん。角を出る時、頭だけ覗かせて、すぐに引っ込めると、待ち構えてた敵から倒されるリスクを減らせるよ」
「はい!」
次第に慣れてきたのか、彼女は頭を下げて、ベットラインを外したりと細かい動きも次第に身についていった。
§
どれだけ時間が経っただろう。
気づけば、外は真っ暗だ。
「舞ちゃん。今日はこれぐらいにしよっか」
「遅くまで、すみません!
今日はありがとうございました」
ぐぅ~
――目の前の小柄な女性が、腹の虫を鳴らす。
「す、すみません。朝から何も食べてなかったから……」
彼女は頬を赤らめ、お腹を抑える。
「それなら、一緒にご飯食べよっか」
「えっ、いいんですか!」
「ああ、楓が作ってくれたオムライスがあるんだよ」
「楓って呼んでるんですね。
それに、ご飯まで作ってもらって……」
さっきまで明るかった彼女の声が、なぜか落ちる。
「あ、うん。舞ちゃんだけ名前呼びで羨ましいって言われたから……俺、料理できないからさ、ときどき楓がご飯を作ってくれるんだよ」
立ち上がり、冷蔵庫を開けようとした時――
「ま、待ってください!」
舞ちゃんが冷蔵庫の扉を必死に抑える。
「わ、私が作りますから……海人さんは、座っててください!」
「いや、お腹空いているでしょ?
作り置きを食べた方が早いよ」
「ダメです!
コーチングのお礼も兼ねて作らせてください!」
――圧がすごい。
別に、断る理由もないしな。
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
「はい!」
彼女は跳ねるように、
自分の部屋に食材をとりに行った。
§
キッチンで、舞ちゃんは、小さな体をぴょこぴょこ動かしながら、必死に料理をしている。
……彼女は、いつも真剣なんだ。
遊ぶ時も、配信するときも――そんな一生懸命な姿に、俺も勇気づけられたのかな。
しばらくすると、端が少し焦げたオムライスが出てきた。
チキンライスを卵で包むのは難しかったようで、
チキンライスの卵乗せになっている。
「ご、こめんね……
自分から作るって言っておいて」
俺はスプーンですくい、大きく頬張る。
……ジャリ……ジャリ。
「ご、ごめんなさい……」
舞ちゃんもそれに気づいたのか、食べる手が止まり、目元を擦りだした。
少し、嗚咽を漏らしながら、彼女は肩を揺らしていた。
お世辞にも、美味しいとは言えない。
でも、俺のために一生懸命作ってくれた。
それが、何よりの調味料だ。
何も言わずに、オムライスを平らげた。
「ふぅ〜、食べ応えがあった!」
「ふっ……海人さんらしい感想ですね」
彼女は泣き腫らした目で、笑っていた。
「食べないなら、俺が食べるぞ?」
「ダメです。私だってお腹空いているんです!」
舞ちゃんには感謝している。
色のなかった部屋に、いつの間にか誰かの温度が残るようになっていた。
彼女には、返しても返しきれない恩がある。
殻が砕ける音が響き――二人だけの時間が過ぎていった。




