13話 夏だ!プールだ!
7月中旬――大量の蝉しぐれを浴びながら、エアコンの効かない部屋で、うだるような暑さに耐えていた。
――あつい――あつい――
「あつーい!」
「泉さーん! プール行きませんかー?」
隣の壁から加藤さんの声が響く。
壁が薄すぎて、最近は壁越しで会話することもざらだ。
――って、プール!?
それは加藤舞さん……いや、犬柴アカリの水着姿を拝めるということか!
「ぜひ、行かせていただきます!」
即答だ。
悪いな犬柴アカリのリスナーよ。
お前らには一生拝めない光景を
――俺が、代わりに見てくるぜ。
一時間後、インターホンが鳴る。
扉を開けると、麦わら帽子に薄い水色のワンピースを着た、加藤さんが立っていた。
――尊い。
「泉さん……行きましょうか……」
彼女は麦わら帽子を深くかぶり、表情を隠す。
二人で一階に降りたところで……一階の住人が出てきた。
「あれ〜奇遇ですね〜。
お二人もプールですかぁ?」
「私たち、プールに行くなんて言ってませんよ」
加藤さんがきっぱり言い切る。
「えっ!? 行かないの?」
「ちょっと、泉さん。バラさないでくださいよ!」
「楓もプールに行きたいなぁ〜」
伊藤さんは指を咥えて俺を見る。
「せっかくだから、三人で行きましょうよ」
加藤さんを見るが、表情に影が落ちる。
「えっ……」
加藤さんは知らないとはいえ、
俺たち三人は、ルミナスイリアに所属する仲間だ。
一人だけのけ者にするのも気が引ける。
――そんなの、建前だ。
本当は神宮寺ムラサキの水着も見たい。
これに尽きる。
「泉さんなんて知らない!」
加藤さんは、声を荒げ、歩いて行ってしまった。
「待ってくれ、加藤さん!」
先に進む加藤さんに、
置いていかれないよう市民プールに向かった。
田舎特有のだだっ広いプール。
入場料100円という破格の金額だ。
夏休み前だから、人も少ないな。
「お待たせしました……」
振り向くと加藤さんが立っていた。
白を基調とした、小さなフリル付きのセパレート。
胸元は幾重にも重なるレースがあしらわれていて、華奢な身体つきをふんわりと包み込んでいる。
汗に濡れた黒髪のショートボブが頬に張り付き、恥ずかしそうに髪を耳に掛けている。
「加藤さん……ありがとうございます!」
「ちょ……なんで、お礼を言うんですか!」
加藤さんは恥ずかしそうに控えめな胸を隠す。
「みんな〜おまたせぇ〜」
気の抜けた声で、伊藤さんが遅れて登場した。
淡い藤色のビキニ。
胸元と肩に柔らかなフリルがあしらわれ、可憐さと大人びた艶っぽさが絶妙に同居している。
「あんたが、一番だ!」
思わず叫ぶ。
「泉さん。ヒドいです!
女性に順位をつけるなんて!」
加藤さんがそっぽを向き、声を荒げる。
「ホントですよ〜泉さ〜ん。
そんなこと言ったら、二番……じゃなかった、舞ちゃんがかわいそうですよ〜」
「おい! 今、なんて言った?」
加藤さんがどすの利いた声で、伊藤さんを睨む。
「きゃ〜泉さん。こわ〜い」
伊藤さんが俺の腕に絡みつく。
うっ……。
ふくよかな何かが腕に当たる。
「泉さんから離れてください!」
加藤さんが慌てて間に入る。
「舞ちゃんも、泉さんの腕に抱きついたらいいじゃない。反対の腕も空いているし〜。
あ〜でも、舞ちゃんが抱きついても、胸が当たらないかぁ〜」
「この野郎!」
「きゃ〜」
伊藤さんは、加藤さんから逃げるようにプールに飛び込んだ。
俺、そっちのけで二人ではしゃいでいる。
ま、こういうのもたまにはいいか。
俺……そのうちガチ恋勢に刺されないかな。
あいつと、最後に会った日も、
こんな蝉の声が鳴いていたっけ。
……充。
過去に思いを馳せていると、視界がぐらつく。
プールではしゃぐ、二人の声が遠くなる。
§
冷たい……目覚めると、
加藤さんの冷えた手が俺の首に添えられていた。
後頭部に、彼女の柔らかい太ももの感触が伝わってくる。
「泉さん……大丈夫ですか?
軽い熱中症みたいです。プールに入らないからですよ」
そうか……俺、気を失ってたのか。
「あれ……伊藤さんは?」
「やっぱり……楓ちゃんがいいんですね。
今、飲み物を買いに行ってくれてます……」
「加藤さん……そんなつもりで言ったわけじゃ……」
「ううん、いいんです。私なんて……」
彼女は顔を上げたまま、俺を見ようとはしなかった。
俺の首に添えていた、加藤さんの手を握る。
彼女の手は小さく……指先まで冷えていた。
「えっ……!」
「加藤さん……いや、舞ちゃん。
俺……君のおかげで、またNFに向き合うことができた。
……君のおかげで、前を向くことができたんだ」
「そんな、大袈裟ですよ」
「だから……だから……」
だから……なんだ?
俺は何を言おうとしている。
途中から自分でも分からなくなってしまった。
「おやおやぁ〜なにやらラブコメの波動を感じますねぇ〜」
伊藤さんが両手にペットボトルを持って、戻ってきた。
「そ、そんなんじゃないですよ!」
加藤さんが、慌てて両手を振る。
「伊藤さん、ありがとう。
せっかく遊びに来たのに、ごめん」
「いいんですよぉ〜、舞ちゃんもジュースをどうぞ」
伊藤さんは、加藤さんにペットボトルを手渡す。
「あれ? 泉さんの分は?」
加藤さんが首をかしげる。
「泉さんは起き上がれないでしょ、だから、楓が口移しで飲ませてあげます」
「ぜひ、頼む!」
即答だ。
あっ……
後頭部越しに、加藤さんが震えているのが伝わる。
「もう、知りません!」
加藤さんは更衣室に向かっていった。
§
夕日を背に俺たち三人は自宅アパートへ向かう。
「加藤さん、ごめん。まだ、怒っているの?」
加藤さんは先頭を歩き、さっきから何も喋らない。
彼女は両手を後ろに組み、ワンピースを揺らしながら、振り返った。
「泉さん。私のこと舞って呼んでください。
それで、チャラにしてあげますよ」
彼女は哀愁を漂わせながら、微笑んでいた。
「そんなんでいいの?
舞ちゃん、俺のことも海人って呼んでよ」
なんだかむず痒い。
「海人さ〜ん」
耳元で伊藤さんが囁く。
「あっ!?
また、あんたは!」
跳ねる声とともに、三つの影が揺れていた。




