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4.帰宅してみれば

茶会を終えたサリエラが屋敷に戻ると、家令が転がり出るようにして彼女を出迎えた。


「おかえりなさいませ」

「ずいぶん慌てているけれど、なにかあったの?」


サリエラの質問に家令はしどろもどろに説明をする。


「それが、その、ユシベル侯爵令息がお見えになっておられまして」

「ライオット様が?」


サリエラは素早く自分のスケジュールを思い出す。


確かに今日は定例の茶会の日だが、サリエラがヘレネー夫人の集まりに出席となった為、中止になったはずだ。


「ライオット様が来訪される予定はなかったはずだけど」


「それは侯爵令息様もおっしゃっておられました、時間ができたから寄っただけだ、と」


事情はともかく、子爵令嬢が侯爵令息を待たせるなどあってはならない無作法だ。


サリエラは家令に確認をする。


「ライオット様はサロンかしら?」


そちらへ足を向けたサリエラを家令が引き留めた。


「いえ、庭園に席を設けました」

「庭園に?」

「はい、ルシア様のご指示で」


その言葉でサリエラの中にすとんと答えが落ちてきた。



つまりライオットはサリエラがいない隙にルシアとの逢瀬を楽しもうとカガル邸を訪れたのだ。


彼はサリエラが帰宅する前にここを去るつもりだったのだろう。

しかし予定より早くサリエラが帰宅してしまった。


秘密裏に終わるはずだった逢瀬は、秘密ではなくなってしまった。


自分はどうするべきなのだろう。

ふたりの密会の場に乗り込んで、なじればいいのか。

いや、それは侯爵夫人として正しくない振る舞いだ。


自分たちは政略結婚に過ぎない、この婚姻に思慕というものは存在しないのだ。


「わたくしはこのまま部屋に入ります」


サリエラの決断に家令はますます困った顔をした。


「それが先触れを頂いた際、メイドがお嬢様の帰宅をお知らせしてしまいまして」


それを聞いたサリエラは思わずため息をついた。



ライオットはルシアに会いに来ているのだから、サリエラなどお呼びではない。

しかし彼に帰宅を知られてしまったのなら、顔を出さないわけにはいかない。


彼はサリエラの婚約者であり、なにより、侯爵令息なのだから。


「挨拶だけしたら部屋に戻ります」


サリエラはしぶしぶ、ふたりのいる庭園へと足を向けた。




よりにもよって、ルシアが選んだ場所はサリエラの好きな花が数多く植えられている一角であった。

ここの花壇だけはサリエラも手をかけていて、ときどきではあるが、水をやったり、雑草を抜いたりしている。


お気に入りの場所を浮気現場にされるなど、サリエラにとっては悪夢としか言いようがない。


「ごきげんよう、ライオット様」

「おかえりなさいませ、お姉様」


ルシアは弾けるような愛らしい笑顔でサリエラを出迎えたが、それとは対照的にライオットは目線の定まらない様子で出迎えた。


「君の留守中に訪問して申し訳ない」


本当はそれが狙いだったのだろうと言いたいサリエラではあったが、

「こちらこそ外出をしておりまして、申し訳ございません」

と謝罪した。


「お姉様がお帰りになるまでお待ちくださいと、わたくしが引き留めたのです」


ルシアはライオットを庇うような発言をしているが、サリエラにはどうでもいいことだった。


「申し訳ございませんが、わたくし、疲れておりますので自室に引き取らせていただきます。ライオット様はごゆっくりどうぞ」


「そんな、お姉様もご一緒に」


ルシアの反論にサリエラは困ったような顔を見せて言った。


「そうしたいのだけれど、このドレスはユシベル侯爵夫人から貸していただいたものだから汚したくないのよ」


サリエラの返事に反応を示したのはライオットだった。


「母上から?」

「はい、ユシベル侯爵令嬢の為に仕立てたものだそうです」

「そうか、姉上の」


そう言ったきりライオットは考え込んでしまい、これ以上、話はないだろうと判断したサリエラは自室へ戻ることにした。


「ルシア、ライオット様をお願いします」


そう言って、自室へと足を向けたサリエラの背中にライオットが声をかける。


「サリエラ、君にドレスを贈らせてもらえないだろうか」


問われたサリエラは少しだけそちらに顔を向け、美しい笑みで言った。


「お心遣いだけ頂戴しますわ」


それにライオットが顔をしかめたのがわかったが、あえて気が付かないふりをして足早に立ち去った。




物を買い与えることで浮気を見逃せと言いたいのだろうが、サリエラはライオットがこの浅はかな考えを持ったことに失望した。


彼は将来のユシベル侯爵としてサリエラ以上に厳しい教育を受けているし、それに応えていると聞いている。


そんな優秀な人物でも恋が絡むとこうも愚かになるものなのか。





部屋に戻ったサリエラはドレスを脱ぎ、化粧を落として湯あみをした。


さっぱりとした気分になった頃にはライオットはもう帰宅したようで、ルシアがピアノを練習している音が聞こえてきた。



それは友人の結婚式のために作曲された曲で、本来はバイオリンと協奏する曲だ。

ライオットはバイオリンを弾ける、つまり彼女と演奏をするのはライオットなのだろう。


ピアノパートだけ奏でられるその曲を聴いていたサリエラは、これから先、どう立ち振る舞っていけばいいのか、静かに考えを巡らせていた。

お読みいただきありがとうございます

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