3.ヘレネー夫人の茶会
ある日の週末、侯爵家での学習を終え、帰り支度をしていたサリエラのもとに侯爵夫人がやってきた。
「来週、わたくしの代わりにローズ夫人のお茶会へ参加してもらえないかしら」
彼女の言っているローズ夫人というのは、ローズ・ヘレネーことヘレネー侯爵夫人で、ユシベル侯爵夫人の友人のひとりだ。
「ヘレネー侯爵夫人の茶会に、わたくしがですか?」
「妃殿下のお誘いと重なってしまったの。申し訳ないのだけどお願いできる?」
何の気なしに言っているように見えるが、これはサリエラにとっての試験を意味する。
ふたりはとても親密な友人だ。サリエラが未来の侯爵夫人として恥ずかしくない振る舞いができるか、一挙手一投足を彼女にチェックさせる心づもりなのだろう。
「かしこまりました」
サリエラは将来の侯爵夫人に相応しい笑顔でそう応じ、その返事に満足したのであろうユシベル夫人はにっこりと微笑んだ。
「娘のために仕立てたドレスがあるの。袖を通すことなくお嫁にいってしまったから、貴女に合うように直させるわね。お茶会に着て行ってくれると嬉しいわ」
「ありがとうございます、是非に」
サリエラの身に着けているドレスは貴族令嬢として恥ずかしくないものだと自負しているが、上位貴族には見劣りして見えるのだろう。
後日、カガル邸に届けられたドレスに身を包み、サリエラはヘレネー邸での茶会に参戦した。
午後の早い時間から始まった茶会にはヘレネー侯爵夫人のほかに、数人の彼女の友人たちが招待されていた。
「ユシベル侯爵夫人の名代としてまいりました、サリエラ・カガルでございます。本日はお邪魔させていただきます」
サリエラの参加は事前に聞かされていたのであろう、集まった面々は特に驚くこともなくサリエラを受け入れ、茶会は始まった。
彼女らの興味はサリエラが通う学園にあった。彼女らももちろん学園の卒業生であるのだが、自分たちが通っていた頃との違いが気になるようだった。
「今でも教会から司教様がお見えになっているのかしら?」
ひとりの婦人の質問にサリエラは首を振った。
「それはわたくしが入学する前になくなったと聞いております。
この国も様変わりして、同じ宗教を信仰する方ばかりではありませんから」
「あの恐ろしく退屈な時間がなくなったのね、よかったわ」
ひとりがそう言って笑い、他のご婦人も賛同した。
その明け透けな物言いにサリエラは驚いてしまい、それに気づいた別の婦人が笑った。
「ふふふ。お転婆で驚いた?わたくしたちだって学生の頃があったのよ。
あの頃は寮に入る生徒がほとんどだったから、真夜中のパーティをやったものね」
「それは学園公認なのですか?」
「まさか!淑女が寝間着姿でうろつくなんて大目玉もいいところよ」
「夜中にこっそりと食べるケーキって、どうしてああもおいしいのかしら」
それにヘレネー夫人はおどけて言った。
「きっと、わたくしたちが規則を破ってばかりいたから寮は廃止になってしまったのね」
もちろんこれは冗談だ。単純に老朽化した寮の立て直しを検討したが、そもそも通える範囲の生徒が入寮する必要もないだろう、と廃止されただけである。
生家が遠方で通うことが難しい生徒用の住まいは今でもあるが、それは賃貸のタウンハウスを学園が買い取ったものだ。
元はタウンハウスなのだから各々、独立した住居になっており、いわゆる学生寮のような寝食を共にする場面はない。
交流のためのパーティはあるのかもしれないが、男性も女性も共に生活をしているのだから、淑女が寝間着で参加するような集まりなど開催されるはずもない。
「ある意味、学園や寮は社交の場だったわね」
「そうね、あの頃の仲間がこうして今も集まっているのだもの」
婦人たちの思い出話は尽きることはなく、この集まりが自身の試験なのだと気負っていたサリエラは、思いがけず楽しい時間を過ごすことになったのであった。
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