2.ルシアとライオット
そのあとは、参加する予定のなかったルシアを含め、三人でお茶を楽しんだのだが、正直、サリエラはそのときのことをあまりよく覚えていない。
いや、記憶に残したくないから無意識に忘れようとしたのかもしれない。
それでも一番思い出したくないことだけはしっかりと脳裏に刻まれている。
お茶の間、ライオットは終始、ルシアに甘い視線を注ぎ、それに応えるようにルシアもまた、染まった目元でちらりちらりと彼にほのかな熱を送っていた。
サリエラにとっての地獄のような茶会は終わり、サリエラとルシアはライオットが来た時のようにふたり並んで彼を見送った。
「また来ます」
ライオットはルシアにそう言い、サリエラには会釈をして帰っていった。
ライオットの乗り込んだ馬車が出発すると同時、サリエラは踵を返しメイドにサロンを片付けておくように命じて自室へと戻った。
よせばいいのに、つい、窓の外を見てしまい、馬車の中からライオットが手を振っているのが見えた。その相手が誰なのか、確かめなくてもわかる。
その人物は屋敷の入り口に立ち、彼女特有の花がほころぶような誰もが見惚れる愛らしい笑顔で、手を振り返しているのだろう。
そんなことがあってもサリエラとライオットの婚約は変わらなかった。
当然といえば当然だ。この婚約は家同士の取り決めであり、ライオットの恋心ひとつでくつがえるものではない。
サリエラは今まで通り侯爵家で学習をし、月に一度、カガル家で茶会を催した。
変わったことといえば、その茶会にルシアが参加するようになったことだろうか。
口数の少ないサリエラはライオットと静かに茶の席を共にするだけだったのだが、それにルシアが加わった途端、そこは華やかな社交の場になった。
ライオットは、サリエラが見たこともないくらい饒舌に語り、ルシアはそれに最適な相槌を打ち、ときには自らの意見を述べている。
いつだったか、茶会の最中に来客があり、子爵夫妻が不在だった為、サリエラがその対応をしたことがあった。
「申し訳ございません、少し席を外させていただきます」
サリエラの言葉にライオットは、
「かまわない」
と造作なく言い、ルシアも、
「ライオット様はわたくしにお任せください」
と笑顔でサリエラを送り出した。
来客を見送りサロンへと戻ったサリエラが見たのは、テーブルの上で手をつなぎ、うっとりと見つめあっているふたりの姿だった。
サリエラは気づかれないようにサロンを出て、そのまま自室へと向かった。
途中で会ったメイドに、体調がよくないから部屋で休むと言い、それをライオットとルシアに伝えるように言った。
「ですが、ライオット様はお嬢様に会いに来られているのでは?」
困惑するメイドにサリエラは努めてふんわりと微笑んで、
「ごめんなさい、体調がよくないの」
と言い、そのまま自室へと籠った。
それからたっぷり二時間が経った頃、馬車が走り去る音でサリエラはライオットの帰宅を知った。
彼は体調不良の婚約者に声をかけることもなく帰っていったのだった。
その夜、晩餐の席で来客の要件を報告したサリエラにカガル子爵は言った。
「他になにか問題はなかったかい?」
その問いにルシアのグラスを持つ手がピクリと動いたのがわかった。
ライオットは明らかにルシアに恋をしている。
サリエラとライオットは婚約をしているのだから、彼が他の女性と、それも婚約者の妹と親密になるなど問題でしかない。
しかし、彼らはいずれ義理の兄妹になる。不適切な男女の距離も義兄妹という関係を持ち出されたら適切になるのかもしれない。
「いいえ、特には」
そう考えたサリエラは笑顔を添えて返事をし、子爵はそれに頷いた。
ルシアがどんな顔をしていたか、サリエラはあえて見ないようにした。
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