セミ殺蝉事件
伏線
「もっと言うなら……犯人なんていないんじゃないかな?」
「犯人がいないって事はないだろう。事実彼女は殺され……」
……てないのか? 無傷だった訳だし。
でも暴行された……わけでもないのか? 無傷だし。
じゃあ彼女の死因は何だったのだ?
「元も子もないが『網男』は彼女の幻覚だったんじゃないかなぁ。君も彼女の『特別な食事』の話は聞いたろう?」
「うむ。おかしな匂いのする煙をと……そうか! 大麻か!?」
大麻は『熱を持って有毒になる』。
誰かが『味見』していたのか『味見した残りカス』が転がっていたのか分からないが彼女はそれを吸ってしまった……
「いいね! 君は自己評価が低いからきっと謙遜するだろうが、君はとても成長しているよ」
照れる。
この天才猫に褒められて照れない生物などいるものか。
「……網男は『彼女を網で捕まえようとしたナツキ』なんじゃないかな? セミィ嬢はナツキに育てられた様な物だ。成長まで育てたセミィ嬢をナツキが殺そうとしたとは考えたくない。『秘密の大麻畑でうるさく鳴くセミィ嬢を捕まえようとして外に逃がそうとした』……」
大麻によって彼女にはナツキが恐ろしい『網男』に見えた。
彼女は大麻の森から抜け出し、蝉川の声が聴こえる方へ。
「うーん。それでは結局彼女は誰に殺されたんだ?」
「……事故かな」
「……事故!?」
「……いや。殺蝉?」
「どっちなんだ?」
『遺体を直接確認しないとわからないが』と前置きしてニャームズは語りだした。
「彼女は大麻で『バッドトリップ』。よくない状態になっていた。そして本物の日差しが照りつける真夏の野外へ。……そして日射病になったんじゃないかな?」
「日射病!? 暑さに強い蝉が!? バカな!」
「大麻は熱さに弱い。彼女のいた森は常に平均23~26度の快適な温度をキープしてきたハズだ。そこに住んでいたお嬢様蝉の彼女が人混みとビルまみれの40度近い街に最低の体調で。しかも初めて飛び込んだとなったら……」
「……それならば日射病になってもおかしくないな」
なんてことだ。
『彼女を殺した犯人を捕まえる』事に余生の全てを捧げるつもりの蝉川氏になんと言えば良い?
『殺蝉なんてなかった。犯人なんていなかった』
蝉川は怒るだろうか? それとも悲しむだろうか? もしかしたら『自分が呼び掛けなければ彼女はまだ生きていたのではないか?』と悔いるだろうか?
大きなショックを受けるのは間違いない。
そしてそのショックが彼の寿命を一気に奪うかもしれない事も容易に想像できる。
「僕はこんなに『解決のタイミング』が難しい事件を知らない。ビリド氏と蝉川氏の為に事件解決を秋まで引き延ばしたい気持ちもあるが、今すぐナツキに大麻栽培を辞めさせたいとも思う。ナツキの誕生日の事もあるしね」
ナツキの誕生日? 彼がいつ生まれたかが今回の事件に何の関係があるのだ?
「ハインの事もある。」
ナツキを尊敬する警察犬ハイン……彼が大麻を育てて捕まると知ったら、それは傷つくだろう。
自分を責めるだろうな。
正義を愛する彼の尊敬する飼い主が正義に裁かれる。
これは苦しい。
「ニャームズ。君はすごい猫だよ」
心からそう思った。
蝉川の事、ビリド氏の事。
ハルキとナツキ。
そしてハイン。
『全員がハッピーエンドとはいかない。自分の選択で苦しむ人も動物もいる。さてどうするか?』
彼は一人一人。一匹一匹にとって何がベストかを考えている。
きっといつもそうだったのだろう。
「世界で一番頭のいい猫には常に責任が伴うのさ」
「よければその責任。私も背負うぞ」
「そのつもりで話したのさ」
「おっと。これはやられたね!」
私は大袈裟に驚いたリアクションをするとニャームズは片方の口角だけ上げて笑った。
そして少しだけ真剣なトーンで
「君がいると助かる。君は僕を恐れる事も恨む事もなく今後も友でいてくれるだろうからね。安心して責任や苦しみを分けられるよ。一匹の時はこうはいかなかった。僕をここまで信じる猫にさせる君もまたすごい猫なんだぜ?」
「でへへー」
「さあ。明日は早い。家に帰ろう。ちょっと忙しくなるぜ」
「何をするんだ?」
「僕は東京へ行く。そして君には蝉川氏とビリド氏二匹と鰹が丘観光をしてもらう」
……なんでだ?
「人間は彼女を殺すつもりは無かったが、大麻の煙のせいで彼女は『日射病』になって死んだ。今回の事件は人間による「準」殺蝉事件……そうだな。『セミ殺蝉事件』だ。このセミ殺蝉事件の幕を下ろす準備をしよう」
『セミ殺蝉事件』
か……上手いことを言うな。
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