ナツヤと蝉川
フジンの『おもてなし』を受け、体もすっかり綺麗にされ、満腹になったビルド氏を加えて、いよいよ依頼の話となった。
東京からやって来た蝉の依頼。
ニャームズでなくとも気になる。
「蝉が人間に殺されました。是非犯人を捕まえて欲しい」
ニャームズは真面目な表情を崩さなかったが、私は『キャットフードだと思って食べたものがおからだった』……そんな何とも言えない顔をしてしまった。
まず『人間が虫を殺す』なんてのはなんの珍しい話ではない。
我々猫だって快楽で虫を殺す事だってあるし、今、足を上げたら肉球に潰れたアリが張り付いているかもしれない。
それに『人間を捕まえる』?
うーん。人間のルールで動物を捕まえることは出来るだろうが、逆は無理だ。
これは動物として生きる上で受け入れなくてはいけない理不尽だ。
動物を捕まえるのはドーサツに任せられるだろうが、人間を捕まえるのはドーサツではなくて警察の仕事だから……
「あ」
急に『警察犬ハイン』の事を思い出した。
そうだ。彼も東京の雲丹伊倉にいたはずだ。
……元気にしてるかなぁ。
「……殺蝉事件か。『蝉を殺した人間が捕まる』……なんて法律を人間が作っているとは思わないなぁ」
「僕も同意件だ」
「……」
ニャームズも事件には興味を持っている様に見えたが、まさか『人間を捕まえてほしい』と来るとは思っていなかったのか、顎に肉球を当ててなにやら考えている。
『彼を救いたいが救う方法はあるのか?』
そんな顔をしていた。
「あの娘はいつも言っていました。『彼は最高の猫探偵よ』と……私も今あなたを目の前にして彼女と同じことを思っています。最高の猫探偵ニャーロック・ニャームズさん! この事件を解決出来るのはあなたしかいない!」
「蝉川さん。一つ質問が。『彼女』とは誰です?」
そうなのだ。その辺の整理が私にもまだ出来ていなかった。
ニャームズを蝉川に進めた『彼女』。
東京にいる熱狂的ニャームズファンなのだろうか?
「……感情的になって話す順番を間違えましたね。彼女とは私の恋の相手であり、事件の被害者でもある蝉です」
「蝉!?」
東京にいるニャームズを知っている蝉……まさか!?
「……セミィ嬢か!」
「ああ。あなた方はセミィ嬢と呼んでいたのですよね? 彼女の本名は『ナツヤ・スミー』と言います」
「……おお」
そうかセミィ嬢も成虫になれたのか。
蝉が成虫になれる可能性は低いと聞いていたが彼女は成し遂げたのか。
本名も見た目も分からない友達が東京で立派にやっていたと聞いて私は嬉しくなってしまった。
……が、『事件の被害者でもある蝉』って事は彼女はつまり……そうかぁ。
そうかとしか言いようがない。
「……セミィ嬢が。そうですか。亡くなりましたか……」
「ナツヤさんはニャームズさんの事をよく……そうだ。呼び方はセミィさんで統一しましょうか?」
そうしてくれるとありがたい。
私たちにとってセミィ嬢はセミィ嬢なのだから。
ナツヤではピンとこない。
「ナツキとも名前が似ているし、それがいいでしょう」
「ナツキ!? おお! ニャームズさん! 何故あなたはその名前を!?」
……ナツキ? ハインの飼い主だったかな。
2020年の夏の事を思い出した。
警察犬のハイン。飼い主のナツキ。ウッドランドに住んでいたハルキとその父親オクト。
ペケの樹。
そして……『ミ・ミミニー・ミミーヌ』。
「彼が登場人物として出てこないなんてありえないからな。なぁニャトソン?」
「うん」
セミィ嬢はペケの樹の盆栽の下に眠っていた。
そしてナツキはそのペケの樹の盆栽を持って東京へ引っ越した。
セミィ嬢が東京で成虫になったということは『ペケの樹の下から出てきたセミィ嬢とナツキが遭遇している可能性は極めて高い』……あってる?
やはり頭を使うのはニャームズの仕事だな。
ふーむ。ナツキはハルキから貰ったペケの樹を大切にしてくれていたのだな。
ハルキと私たちの目に狂いはなかった。
「……ナツキ。彼は今回の殺蝉事件の容疑者なのですが……彼を信じたい気持ちもあります」
ナツキが容疑者!? あの優しそうな少年が殺蝉を犯すような人間だとは思えぬのだが。
「……ふむふむ『ナツキ容疑者』か。それとも『少年A』かな? では自分のペースでお話ください。蝉川さん」
「聞いてくれるのですね!?」
「ええ」
ニャームズの目が爛々としている。
彼の好奇心が刺激されている証拠だ。
私は彼が『本気』になっているのを感じた。
あの目は彼が謎にときめき、悩める動物たちを救う『兆し』の目だ。
いくら彼でも『人間を捕まえる』なんてできるわけがないだろうが『この天才キャットが蝉川をどう救うのか?』
私は彼の語り部としてそれを見届けるとしよう。




