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◆終わり良ければな話


■御伽・ファクシミリアン・有栖の場合


 御伽家の朝は早い。

 執事の多野中が早朝4時に起床し、既に働いている厨房の方々に労いの声をかけながら中央ホールへ向かう。

 そこには既にメイドが集合しており、この家の主が起きる前に簡単な掃除、朝食の準備、生け花等の管理などなどをこなしていく。

 これが毎日の光景であるが、有栖はたまに早く目が覚めた時にその仕事を手伝う事がある。


「お嬢様。いつも言っておりますがこのような雑務は私達がやりますからもう少しゆっくりとお休みになられては如何ですかな?」

「爺。早く起きてしまったのに何もしないほうが気持ち悪いですわ」


 多野中はやれやれと顔を横に振りながら諦めたように言う。

「勿論無理にお止めする事はしませんが…しかしこちらも新入りの教育もありますのであまり対応はできませぬよ?」

「対応ってなんですの?わたくしがいつもミスをしているような言い方はやめて下さいまし」

「先週は花瓶を二個。それとご主人様の大事にしている油絵に雑巾がけ…」

 有栖はその言葉を無視して作業に入った。

「わたくしがそんなにいつもいつもミスをしているわけ無いですわ。先週はたまたまですのたまたま。それより、誰か新人を雇ったんですの?」


 そんな話は聞いていない。が、多野中は「お嬢様も知っている人ですよ」と言う。有栖は誰か心当たりがないか考えてみるものの浮かぶのは彼くらいである。

 さすがにそれは無いな。と首を振って頭からその顔を追い出す。


「おいじーさん次は何すりゃいーんだよ」

「これジャック。お嬢様の前でそんな口の聞き方をするのは辞めなさい。あくまでも今はここの執事見習いなんですぞ?」


 有栖はその聞き覚えのある声と、ジャックと言う名前に顔を引きつらせた。

「…た、多野中っ!新入りってまさか…」

 そう、行き場を失ったジャック・バウエル。通称ジャバウォックを多野中が拾ってきたのだ。

「へいへい。おいお譲ちゃん。いつかこんな爺さんよりも役に立つようになるから宜しくな」


「あ、あはははは…」


 有栖には苦笑いしかできない。

「爺、わたくしやっぱり部屋で休んでますわ」

「それがよろしいかと」

 多野中はまだ本調子では無いらしく、新入りへの教育係として本腰を入れるようだ。

 自分に何かがあった時の代わりを今から育成しておこうという事なんだろうが、有栖にとって多野中の代わりなどいない。


「なんだか前途多難ですわ…」


 自室に入り後ろ手にドアをしめて呟く。

 そのままフラフラとベッドに近づき、ぼふっと倒れこんだ。

「今日は乙姫さん学校にくるかしら…」

 あれから一週間ほど乙姫は学校を休んでいたが、それ以外の皆はすぐに学校復帰している。

 休んでいる原因は主に最後に皆で殴ってしまった事であろう。


「わ、わたくしは…軽くしか叩いてないのですから早く帰ってきて下さいまし」

 ふいに枕を抱きしめてそんな事を呟いてしまった事が恥ずかしくなりごろごろとベッドを転げまわる。


 結局のところ彼女は自分の感情、気持ちがよく解っていなかった。彼の事をどう思っているのか。そしてそれに答えを出さなければいけないのかどうか。

 でもその答えが解ってしまうときっと自分は挙動不審になっていつもの自分ではいられなくなってしまう。そんな予感もあった。

 だから


「まだ、このままでいいんですわ」


 御伽・ファクシミリアン・有栖は学校へ登校するまでの残り数時間、ベッドで転がりながら呻き続けるのであった。

 

 

 



 

■織姫咲耶の場合


「んー?なんだあいつまだ休んでんのか?」

 今日も教室に入ると一人空席があるのが目に入ってくる。

 まずそこを確認してしまう事に特別な意味は無い。筈だ。

 強いて言うならば教師としては最低限気にかけるべき事だからである。

 何故か白雪は普通に登校してきているので恐らく咲耶と舞華の…そして皆からの最後のアレが思いのほかダメージを与えてしまったのだろう。

 アレはあいつが悪い。

 咲耶はそう思う。そもそもあんな事を言うのは十年遅いのだ。

 今の年齢では彼の魅力は八十パーセント減である。

 残り二十パーセント程度は残っているのを認めざるを得ないが、二十パーセント程度で心動くほど子供ではないのだ。という事にしておく。


 お互いの人生はあの時すれ違い、別の道を歩み始めたのだ。

 その先でもし交差する事があったとしても、それはお互いの道の通過点である。

 同じ道に合流する事はない。

 それに彼女は相変わらず小さい男の子が大好きだった。

 どちらを取るかと言われたら迷うまでもないのであった。

 

「しかしあいつが居ないと学校も暇だなおい」


 休み時間に屋上でサンドウィッチをほお張りながらそんな事を思う。

 この学校で彼と再会してからというもの、咲耶の日常は本人が思っていたよりも充実していたのだ。

 少なくともそんな日々があと数年間は続くわけで、彼女にとってはお互いの道が交差するその数年間を大事に、馬鹿みたいに楽しめればそれでいーかと思う。


 余計な事を考えると暴れたくなるから考えない。自らの保身の為にそれは必要な行為だった。


「弟子に任せて隠居隠居。どこかにあたしを愛してくれる歳をとらない男の子はいねーかなー」







■舞華権座衛門の場合


 舞華権座衛門はいまひとつすっきりしない日々を送っていた。

 自分の力の使い方を覚え、その使いどころがあり、出来る限りの事はした。

 だがそれで彼を守りきる事は出来なかった。

 結局の所彼が自分を犠牲にして皆を追い出してしまった。

 そして彼と、白雪の二人だけで解決してしまったのだ。


「ほれお前も食えよ」

「ありがとなんだよ師匠」

「師匠ゆーな」

 一人屋上にあがるとそこには咲耶が先にいて、サンドウィッチをむしゃむしゃ食べていた。

 それを一切れもらって同じくほお張る。

 咲耶は何も言ってこない。

 彼女は権座衛門が何を考えているのか、なんとなく把握しているし、何を思っているのかわかっているから余計な事は言わないのだ。

 こういう時つきあいの長い相手というのは有り難くもあり、やりづらいものでもある。

 

 小さい口で一口一口サンドウィッチに噛み付きながら考える。自分の生きる意味は彼であり、彼が困っている時にこそ力になって全てを解決できるようになりたい。


 その為に強くなったつもりでいたが、まだまだだった。

 祖父の手記を読んで契約をしていない天使の末路を知った。白雪の話でも解るように契約して相手からエネルギーを吸い上げて力を行使するのが天使や悪魔といった存在である。


 なら自分の力は何から生成されているのか。

 恐らく自分の寿命を削っているのだろう。

 権座衛門はそこまで、仮定ではあるが理解していた。だが、いざという時は迷わず使うつもりで居るし、もっと強くなる為にその命を削らなければいけないのであればいくらでも削るつもりでいる。


 おそらく彼はそれを良しとはしないだろう。

 でも関係ないのだ。

 守られる側の意見など聞いてやらない。

 自分がただ自分の為に彼を守りたいと思う。

 だからこれは自分が自分で決めて実行すると決めた自分勝手な決意である。

 

 権座衛門は守られる側が、守る側を気遣って自ら死地に飛び込む話が好きではない。

 守る側からしたら何を余計な事を、と言いたくなる瞬間である。

 でももしも彼が同じ事をするのなら。それも彼が決めた事であり彼の決意であるなら。

 どんな状況であろうと、彼がなんと言おうと、何をしたとしても

 それがどんなに自分にとって不利な状況を生んでいたとしても

 

 笑って覆して助けきる。

 

 そういう存在になりたい。

 その為に命を削る事も死ぬことも怖くない。

 

 だって彼の為に生きているのだから彼の生の為に死ぬのは本望である。


 こんな重たい話を本人にしたら涙目で説教をしてくるだろう。だから言わない。

 ただの友人として、力になりたいんだ。

 そういう事にしておくのが一番なのだ。

 

 舞華権座衛門は、星月乙姫を愛しているのだから。

 

 ちらりと横の教師兼師匠に目をやると、咲耶は「なんだよ。こっちみんな」と無愛想に顔を逸らす。

 付き合いの長い相手の考える事は解る。

 結局はこの教師も自分と考えている事、思っている事、感じている事は同じなのだ。

 だから、あの時つい、のけものにされた事への八つ当たりをしてしまったのだ。

 

「悔しいね」

「うるせーよばか」


 涙目の教師に背を向けながら、権座衛門は大粒の涙を零した。

 

 


 

 

■人魚泡海の場合


「先輩ッ!あそこに仕掛けたアレのアレを回収してきたでありますッ!」

「声が大きいのよ馬鹿っ!」

 いばらの後頭部に思い切り回し蹴りを入れる。

 三回転ほど宙を舞い、地面を二回転がってからしゅたっと勢い良くいばらが立ち上がる。

「ありがとう御座いますっ!」


 いばらはその後日本美少女連合に所属し、泡海の側近として活動を繰り広げている。

 そもそも泡海のしている行動は連合の規則からは外れたものなのだが、それはそれ、いばらは泡海と一緒に居られればそれでいいし、泡海は自分の欲望には従順だった。

 学内の少女達は勿論の事、北に可愛い子あれば迅速に駆けつけ、東に美少女有りと聞けばカメラ片手に忍び寄る。

 そういう生活を繰り広げていた。


 要はいばらが増えただけで以前と変わらない日々である。

 例のカードも取り戻して彼女を縛り付ける物は何も無くなった。

 ただし、ポリシーとしてむやみやたらと生徒に手を出したりはしないのだ。

 噂というのはどこから広まるか解らない物であるし、そうなってしまった場合自分と、さらにその相手が被害を受ける事になる。

 悲しい美少女をこの世に生んではいけない。

 だからこそ彼女は、規則は破っても自分のポリシーは曲げない。

 

 人魚泡海は星月乙姫に感謝している。

 勿論こんな面倒な事になったのも彼と出会ってしまった事による部分が大きいのだが、結果的に追い詰められていた自分の現状を打破できたのも、あの厄介な組織から抜けることが出来たのも彼のおかげであると言わざるをえない。


 不本意ながらその点については感謝しているし、まぁそんな事よりも舞華との繋がりを作ってくれた事、そしてアルタと知り合えた事などその他もろもろの方が泡海にとっては喜ばしい出来事であった。

 今となっては従順な手足も出来たしこれ以上無い結果と言えよう。


 ちなみに彼に約束したデータの一部であるが、ランダムで適当に抜粋してくれてやった。

 どの画像を渡したかは確認もしていない。

 それを知ってしまうと惜しくなるからだ。


 泡海は独占欲が強い。自分のコレクションを他人に分け与えるなど、ましてそれが男になどと到底考えられない。

 今回礼として仕方なく一部を進呈したわけだが、一体どの子のどんな画像があの男の手に渡ってしまったのか。それは考えるだけでも虫唾が走るが、忘れた方がいいのだろう。

 それよりも大事なのはこれからである。


 彼にはまだまだ働いてもらわなければいけないのだから。

 

「一時的な偽の恋人役も悪くはなかったわね」

「先輩?今何か言ったでありますか?」

「別に」


 だって、その方が舞華ともアルタとも接近しやすかったのだから。

 そういう意味では、あくまでもそういう意味ではであるが


「別れるべきではなかったかもしれないわね」


 その呟きを、いばらがきっちり聞き取って真っ青な顔になった事を泡海は知らない。

 そしてその後いばらが乙姫を激しく憎悪しつけ狙う事になるのだが、それはまた別の話。

 

 



 

 

■彦星アルタの場合


「ふぅ~今日もいいステージだったわね」

 アルタはその後もアイドル活動を続けていた。

 無論、今まで通りの方法で。

「アルちゃん、もう普通に歌っていくんじゃないんですかぁ~?」

「何言ってるのよ。この前ので大分消費しちゃったんだから。私貯蓄や予備が無いと落ち着かないタイプなの」


 アルタは金銭面に困らない家に住んでいるが、家政婦にいつも言っている事がある。

 消耗品の備蓄は切らさないでほしい。

 アルタが家政婦に対して願う唯一の事である。

 一見どうでもいい事のように思えるが、アルタにとっては重要な事だった。

 以前、母が再婚するまでは苦しい暮らしをしていた事もあり、必要な物が必要な時に用意できないというのは非常に辛いのを理解している。

それに、いざという時が来た時に役に立てないのが許せないからである。

 

 とは言え乙姫に比べればまだ余裕もあるので何かあればすぐに助けになれるように更なる備蓄をしておきたいというのが一番の理由だ。

 消耗品の備蓄を切らさないのは強いて言えば昔からの癖であり、そういう性分なのだ。

 

「私が普通に歌って得られるエネルギーとは比べ物にならないしこっちの方が効率いいのよ」

「それはわかりますけどぉ~。天使としてはやっぱりなんていうかぁ」

「そうね、あくまで、天使だものね」

「なんだか違う意味に聞こえますぅ…」


 アルタは思う、やはり天使だろうが悪魔だろうが本質は同じものなのだ。

 だからネムが天使だろうが悪魔だろうがどっちでもいいし、悪魔であり、天使であるのだと、そう思う事にした。

 

 アルタにとって今回の一件は本当に自分の人生を揺るがすほどの大事件だった。

 まず自分の着替えを覗かれた事。次にライブ中に胸を揉みしだかれた事。まぁそれ自体は大量のパッドが防いでくれていたので触られたうちに入るのかどうかは微妙だがその行為と事実だけは消える事がない。そしてその相手が自分と同じように憑かれている奴だった事。アイツが馬鹿を通り越したお人よしだった事。アイツが自分のアイデンティティを破壊しかねない存在だった事。アイツが頼ってくれなかった事。アイツが頼ってくれた事。アイツが、アイツが…星月乙姫が。

「…ルちゃん。アルちゃん。聞いてますぅ?」

「ひょわっ!?え、な…何?」


 突然話しかけられて(本当は突然でもなんでもないのだが)アルタは慌てて頭の中からアイツを追い出した。


「…もう。聞いてなかったんですかぁ?どうせまたあの事考えてたんでしょ~?」

「うるさいわね!だ、誰があんな奴の事」

 アルタのその様子を見てネムがにたりと笑う。

「あれれぇ~?私はてっきり養子になる為の手続きとかそういうのを考えてるものとばかり…まさかそっちの事とはぁ~♪」

「…ぶつわよ」

「暴力反対ですぅ~」

 

 しかし、実際問題どうしたものか。

 今の家に未練など何も無いのは事実であり、収入面なら自分だけでどうとでもなる。

 親達もあれだけ裕福ならば金銭的な意味で私を手放したくないなんて事もないだろう。

 そして何より本気であの家の住人になりたいと思っている自分がいる。

 ただ、アイドル活動を辞める気にはまだなれない。

 本当はいつ辞めたっていいと思っていたのに。


 あの時、私の本当の歌声で感動してくれた人がいた。

 応援してくれた人達がいた。

 それが、胸を締め付ける。

 

 今も天使の力を使って無理矢理幸福にさせているような状態だが、それに罪悪感を感じる程度には、あの経験がアルタに響いていた。

 

「そういえば男の人っていうのは妹っていう存在自体に憧れがあったりするらしいですよぉ♪だから妹になって急接近!っていうのも…ってちょっとアルちゃん、ぶたないでっ」


 アルタの悩みは多い。いろいろ複雑な感情が渦巻いている事が問題である。

 そもそも本当に妹になってしまったら自分は妹以外にはなれないのではないか。妹以上には決してなれないような気がする。

 そんな考えが浮かんでアルタは自分に驚愕した。


「まさか…私がそんな筈。いやいやないない」


 それ以上になりたいとかそんなわけある筈が…

「それにそれに、妹として接近して意識させておいてゆくゆくは結婚っていうのもアリだと思いますよぉ~」


 アルタは自分で気付かないうちにひどい顔をしていた。


「え、ちょっとアルちゃん怖い…それどんな感情なのぉ…」

「馬鹿なの?妹になって結婚ってアホなの?妹になったら妹でしょ?」

「いえいえ。義理の妹と実際結婚っていうケースはあるらしいですよぉ~♪」


 養子縁組なので再婚相手の連れ子とかでは無いから義理の妹という表現が正しいのかはイマイチ解らない。が、つまりは同じことだろう。


「…マジか」

「実際そういう話はあるみたいですねぇ~♪やっぱり一緒に住むっていう距離感の近さと妹っていう属性が…ってなんでぶつんですかぁ~」

 ネムの頭を叩きながらアルタは軽く放心したような状態で、思う。

 いや、思った事をつい呟いてしまう。

 

「そうか、そういうのもあるのか」

 

 

 


■星月乙姫の場合


「まったくお主がいないと暇でしゃーないのじゃ。なんならぱぱっと治してやってもよいのじゃぞ?」

 白雪が俺が寝ている病室まで来てそんな事を言う。

 結果を言うと、あの時殴られた影響、特にハニーと咲耶ちゃんので俺は骨が数本いってしまっていた。

 その場で意識を失った俺はここに担ぎこまれた訳だが…以前途中で逃げ出した事もあって厳重に注意されてしまいどうしたものかと数日大人しくベッドに横たわっているわけである。

「治してもらえるならありがたいけどよ、結局それも俺の負債になるんだろ…?だとすると悩んじまうよな…」

「それはそうじゃ。だがまぁそこまで心配するほどでもないぞ?一応捕らえられていた間もお主との契約は切れていなかった故にな、エネルギー自体はこちらにも流れてきておったわ。何かと心乱されるような事があったとみえるのう」

 ど、どれの事だろう。

 アルタが家に泊まるとか言い出した事か?それともその夜の事か?いやいや白雪を助けるために潜入作戦をするとなったからだろう。そうであれ。


「まぁどっちにしてもあと一週間くらいで退院自体はできるっぽいから少し休む事にするよ。なんかいろいろあって疲れちまった」


 あれから毎日のように皆がお見舞いに来てくれる。そういうのもなんだか悪くないというか、嬉しい。

 元気になったらまたいろいろ騒ぎが起きて大変な日々が続いていくのだろうから、今くらいはゆっくり休ませてほしいのだ。

 

 ちなみにあの施設にいた人間は御伽家が全て追い出し、完全に埋め立ててしまったらしい。

 その地上の土地が御伽家の物になった以上どうするも御伽家の自由なのだろう。

 そして地上の方はというと、何やら用途はわからないが建設を始めるとの事である。

 娯楽施設なのか商業施設なのか…どちらにせよわざわざあんな所を買い取らせてしまった以上何か使い道がないと申し訳がないところだったのでよかったと思う。


 そして、有栖が見舞いに来た時に聞いたのだがあのプロの風呂掃除の人は御伽家の執事見習いとして雇う事になったのだそうだ。

 さぞかし風呂が綺麗になる事だろう。

 

 咲耶ちゃんも担任として、という名目で見舞いに来てくれた。個人的には別の理由で来てもらいたかったものだが。

 ただ、咲耶ちゃんは俺の骨を砕いた事など何も気にしていないようだったのでそれはもう少し気にしていただきたい。

 逆に言えばおかげでこうやってのんびり出来ていると言えなくもないが、身動き取れないのはやっぱり楽しさ激減である。

 まぁしおらしくなってる咲耶ちゃんなど見たくはないのでいつもの通り口が悪くて明るい我らが教師でいてくれるのは有り難い。

 

 ハニーは咲耶ちゃんと違い、見舞いに来るなり謝りっぱなしだった。

 俺がもういいから、と言っても涙目でごめんね。の繰り返し。こっちが悪いような気になってくる。

 俺が何かしただろうか?と。

 俺の事だから気付かないうちにハニーに対して失礼な事や嫌がる事をしていた可能性もあるのでなんとも言えないが、純粋にハニーが俺の事を心配してくれているんだというのが解って嬉しい。


 これからもずっといい相棒でいてくれよ。なんて声をかけたら物凄い力でむぎゅっとされてまた骨が折れるかと思った。


 ハニーはハニーらしくいつもの可愛い幼馴染に戻っていただきたいものだ。

 


 そして泡海だが…礼のデータの一部を別のSDカードに入れて持ってきてくれた。

 半分冗談だと思っていたので逆に受け取る際ぎこちなくなってしまった。

 それはともかく、俺は彼女に別れを切り出されてしまう。

 勿論さよならという意味ではなく、仮の恋人を解消しようという意味だ。

 まぁお互いこれ以上無意味に恋人ぶる意味は無い。もともと泡海はあの支部長に命令されて俺に近づいた訳だし。

 たださ、なんていうか別にどうでもいい事だったのに実際私達別れましょなんて言われると意外と傷つく。

 もっと付き合っていたかったとかその先の関係になりたかったとかそういうんじゃないんだ。そういうんじゃないんだよ。だけどさ、なんか俺フラれたみたいになってんじゃん。

 それがつらい。


 そして泡海が帰ってからわくわくそわそわのデータ確認の時間。

 俺の期待通りというか有栖の画像から始まったわけだ。狂喜乱舞しそうになったね。あの続きが見たいと思っていたまさにそこの画像が俺の手元にきたわけよ。

 でだ、有栖にお詫びをしながら数枚画像を見ていくとどうだ。

 有栖はほんの2枚程度しかなく、その先はただ遠めに誰かが写っているだけだったり、誰もいないロッカーの写真だったりする。

 完全に騙された。

 しばらく人を信じられなくなりそうだったよ。


 でも、どうせこんなオチだろうとは思ってたけど…それでも。それでもどこかで期待してたんだよぉぉぉぉぉ!!


 その晩俺の病室の枕はいつもより湿った匂いがした。

 

 そして彦星アルタ。問題はこいつだ。

 こいつだけは見舞いになかなか来ないなぁ~。まぁアイドルだし仕方ないか、むしろもう俺なんかとは関わる気なんて無いのかも…なんて思っていたのだが…。


「私アンタの妹になる計画、諦めてないから」


 俺の病室を開け、目が合うとそれだけ言い放ち帰っていった。

 

 …はぁぁぁぁぁ?

 あれはどういう解釈をすればいいやつなんだかわからん。

 あの女が妹になるって言ったらほんとにそう出来るだろう。その気になればどうにでもできるだけの力がある。

 もしもだが、本当にアルタが自分の妹になったらどうだろう?

 毎日の生活に白雪と、アルタと…多分ネムさんもついてくるよな。

 

 なんだそれ最高かよ。

 

 いや、良く考えるとトラブルの種が増えるだけのような気もする。

 ネムさんはきっと俺にからかいと言う名の嫌がらせをしてくるだろう。これは白雪が倍になったと同意だ。

 そしてアルタという妹が出来た場合きっとあの女は俺を罵倒する日々を繰り返す。

 それをご褒美として享受できるほど出来た大人ではない。

 

 だがメリットもある。

 なにせ家にアイドルがやってくるのだ。俺の妹として。

 そのシチュエーションという意味では最高ではある。

 可愛いし。素直じゃないけどまぁ、いい子だし?

 デメリットとメリットを秤にかけた場合どちらに傾くのだろう。

 

 いや、無駄だ。

 俺がどう思っていようと、仮に反対しようともあいつがやると決めたらどうせやる。

 それに母親が大歓迎してしまう。

 だから俺が考える意味など無い。

 どうなるか解らない以上、その時になってから考えるしかないのだ。

 

 そもそも、今後起きるかもしれないあれやこれよりも今考えなければいけない事がある。


「のう、ここでずっと寝ているのも退屈じゃろう?ここは一つ女医を…」

「やめろっつの。俺は動けないんだから!」


 今は白雪だけで手一杯である。


「なんじゃ。看護婦の方がよかったかのう?」

 そう言うと、ポンっという音と共に白雪がナース姿になる。

 

 …そういうのもあるのか

 

「お、なんじゃ?やっぱりナースが好きなのじゃな」

「べ、別に…そういう訳じゃ…」

 とは言うものの、肌も髪も真っ白なこの悪魔には真っ白のナース服がよく似合っていた。変な意味ではなく、変な意味ではなくだ。

「ほうほう。そんな状態でもわらわ相手に欲情できるのなら心配は無用じゃな」

「そんなんじゃねーって言ってるだろ!」

「こらこら、他の患者さんの迷惑になるから大声出しちゃめっ、ダゾ☆」


 誰だてめー。可愛いから腹立つ。


「ひゃっひゃっひゃ。面白いのう。少しからかうだけでお主からエネルギーが流れてくるわい」

 こりゃ退屈しなくてすみそうじゃ、などと言いながら白雪が元の姿に戻る。

 別にもう少しナース服でいたってよかったんだからねっ!

 

 そんな感じで俺の入院生活は続く。

 平和なのも残り数日。嫌なカウントダウンだが、実際それを楽しみにしている自分もいるわけで。

 

 まぁ何はともあれ、終わり良ければ全て良しってやつだ。


なんだかんだ言って白雪がいて、みんなとドタバタやってるのが俺の日常になってしまっていた。

それに、そんな日常がいかに素晴らしい物なのかというのを思い知らされてしまった。

なら俺は今後もこの日常を続けていこう。


何か問題が起きるようならこの日常を守れるようにがんばろう。


いろいろ面倒な事もあるしやっかいな事も山積みになるのだろうが結局なるようにしかならないのだ。


「なるようにしかなんねーならそれを楽しまなきゃもったいねーよな」

 

 




 

■星月白雪の場合


 正直なところ、白雪は自分に対して疑問だらけだった。

 乙姫と契約してこの世に再臨し、乙姫をからかいながら面白おかしく日々を過ごしていくのが心地よかった。


 勿論それは異論など無い。


 ただ、どうして自分があんな事をしてしまったのかがどうにも解せない。

 封印された腕輪の中でもぼんやりとした意識でずっと考えていた。

 何故自分はあの時、自分の存在すら危険に晒して力を使ってしまったのだろう。


 彼の願いなど無視すればよかっただけである。叶えれば乙姫が死ぬ。叶えなければ大勢が死んで乙姫たちは生き残る。

 だったら無理に叶える必要などなかったのだ。


 なのに、あの時の乙姫の願いに応じてしまった。彼を殺さないように自分を犠牲にして。


 意味が解らない。


 宿主を守るのは解る。宿主が死んでは本末転倒であり、契約が切れれば自分の存在が消えていく。

 だから願いを叶えるわけにはいかなかった。

 だけど、宿主の願いだからこそ叶えてやりたかった。

 だから自分を犠牲にした。


 解らない。


 自分が消えたら、宿主が死ぬよりも本末転倒と言うやつである。

 白雪は考えた。悩んで、沢山考えた。

 

 だからきっと、自分を犠牲にしてでも宿主の、いや、乙姫の願いを叶えてやりたかった理由が存在する筈だ。

 そう、それが理由なのだ。

 きっと宿主だからじゃなく、乙姫の願いだから叶えてやりたくなったのだろう。


 だからそこには悪魔としての契約など関係なかったのだ。


 ただ力を使えるから、乙姫の願いだから、叶えてやりたかったのだろう。

 

 そこまで彼に思い入れをする理由などあっただろうか?

 まだそんなに長い間一緒にいたわけでもない。

 確かに彼から流れてくるエネルギーは美味である。

 だがそれだけの理由でそこまで気にする事だろうか。

 彼は面白い奴であるし、いい奴だと思う。それは間違いない。

 …いや、だからか?

 

 以前自分が呼び出された時には人の都合で呼び出され、人の都合で封印された。

 あの時はまだ何も解らない悪魔だったからそれも仕方ないと思っていたが今思い出せば腹立たしいにも程がある。


 …人間とは汚いものであり、汚く自分の都合で願いを叶えたがる物だ。


 なのに初めて自分を呼び出した人間は、思ったのと違ったと白雪を封印した。

 あいつが言う思ったのと違ったというのはきっと…

 

「わらわと契約すればどんな願いでも叶えてやる。それが世界征服でも嫌いな奴を呪い殺す事でもだ」

「うーん。そういう物騒なのしか出来ないのか?」

 この男はいったい何を言っているのか。悪魔を呼び出す事に私欲を満たす以外の理由があるのか?

 名も無き悪魔は不思議に思う。


「出来ない訳じゃないがやりたくないのう。わらわにとっての楽しみは人が人を憎み合い殺したいと思うような感情よ。その汚い欲望をぶつけてみればいいじゃろう?何がしたい?」

「俺は天使を呼んだつもりだったんだが…」

「天使も悪魔も本質は同じじゃ。ただ宿主からエネルギーを吸い上げ願いを叶える。お主は自分を犠牲にしてでも叶えたい望みはないのか?勿論死なぬ程度の望みを叶えれば一生楽しく暮らせるぞ?」

「…そういうのじゃないんだよなぁ…俺は幸せになりたいけど、幸せにしたい人がいるから天使に縋ったんだ。確かにどうしても叶えたい願いではあるのだけれど君に頼むのは違う気がする。申し訳ないがお帰り願おう」


 …は?


 名も無き悪魔の頭の中ははてなマークだらけになった。

 目の前の人間が何を言っているのかさっぱり理解できない。

「勝手に呼んでおいてそりゃないであろ?なんならわらわ自らお主の喜ぶ事をしてやってもいいのじゃぞ?お主が嫌だというのであれば誰か他の宿主を探すまでじゃがのう」

「悪魔の誘惑とはね。そういう言葉は確かに悪魔らしい。人を誘惑して悪に貶めるサキュバスめ…自ら呼び出してしまった責任を取って俺が封印してやる。許せ!」

 

 そうか。

 白雪は気付く。

 あの時悪魔を呼び出し、封印した人間にどことなく似ているのだ。乙姫という人間は。

 勿論あの人間ほど人格者ではないし自らの欲望にもそれなりに正直だ。

 が、いざと言う時に他人を優先してしまうそれは、いつかのあの男と重なるところがある。


 だからなのかもしれない。

 自分を長い間封印し閉じ込めたあの男は許せないが、嫌いではなかった。


 自分にとってまったく理解できない感情で動く人間。


 興味があったし、どういう行動原理なのか、思考回路がどうなっているのか知りたかった。

 それを、時を越えていま乙姫が教えてくれているのだ。

 あの手の人間はこの世に沢山いるのか?

 いや、多分そうじゃない筈である。

 自分にとって貴重なサンプルであり、宿主である乙姫を守りたかったのだろうか。

 それでも少々理由が弱い気がする。

 自分の生存が一番であろう筈なのに。

 

 そして再度封印が解かれる。

 無理矢理、どこの誰かもわからぬ男の手によって。

 しかも白雪の意思とは無関係に命令を下せる妙な道具を使う下衆で下種な奴。

 そして事もあろうにその男が命じたのは、目の前にいる者の排除。

 その他二人は正直どうでもいいとさえ思えたが、乙姫だけはそうはいかない。

 

 その時気付いてしまったのだ。

 乙姫と過ごした時間は短い。だが自分にとっては今までの時間で一番楽しかったひと時なのだと。

 そして、今後もそれを続けたい。失いたくない。

 

 そんな悪魔らしからぬ事を考えてしまったのだ。

 こんなもの最早悪魔と呼べるのかどうか解らない。

 だが、自分勝手な理由で自分の為に行動し自分勝手に自分の望む未来を渇望し生きる存在ならむしろ悪魔と言って差し支えないのではないか。


 そう結論付けた。

 

 だから白雪は乙姫と共にある事を選んだ。

 

 正直いうと最初の負債など、腕輪に封印されている間にほぼ完済している。

 更に言えば契約が一度切れた時点で乙姫側には背負う物など消えていた。

 白雪がただマイナスとして抱えるだけだったのだ。


 だが、その時もう一人契約者が居たわけで、それもひっくるめて全部そのゲス野郎に肩代わりさせてやった。


 悪いとは思わない。


 自分の思い通りの世界を作り、その対価を支払った上に少しだけ上乗せしてやっただけである。

 

 それが悪魔アンラマユの決めた事。

 悪魔が悪魔らしく行動した結果宿主が干からびたのである。


 善ではなく悪を選択した結果がこれなら本望である。

 

 そして、悪魔アンラマユはすぐに名前を失った。


 名無しの悪魔をすぐに拾ってくれたのが乙姫で、悪魔は再び心地よい名前で呼ばれる事になる。


 星月白雪。


 その名前が気に入った。

 二度と手放したくはない。

 

 だからこの先も人生を謳歌しよう。

 乙姫と、その他もろもろの付属品共と一緒に楽しい日々を送ろう。

 自分が自分の為にやりたい事をやる。

 それが悪魔ってものじゃろうよ。

 

「じゃからこれからも沢山わらわを満たしておくれ。期待しておるからのう?」


「お断りだっつーの。まったく…その度に俺が酷い目に合うじゃねーか。腹が減ったら俺が料理作ってやるからそれで我慢しろっつの」


 白雪が言ったのはいつもの乙姫からのエネルギーという意味での食事だけではない。いろんな楽しい事をして素敵な日々を過ごして『満ち足りた』生き方をしたいという事。

 

 楽しみで、幸せで満たされたい。

 

 それが白雪の望みだった。

 

「…まぁ、それはそれで面白そうじゃのう」


 乙姫はその言葉に目を丸くする。

「冗談だったんだが…まぁそのうち何か作ってやるよ。てかさ、そもそも悪魔って普通の食事するのか?」


「あたりまえじゃろ?」

 

 自然と白雪の顔に笑みが浮かぶ。



「…悪魔でも、腹は減るのじゃ」

 

 

 

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