国王と妃
ギルド七つ星より北西にしばらく行った所の小さな町アラクダ。ここは、王都と違って活気があった。
質素な雰囲気があるのは王都と変わらず、賑やかな雰囲気はあった。
小さいながらも人々がしっかりと生活できているのは、ここにこの国の王、ジュミネス国王がいるからである。
カルナが、自分から家族に会いたいと言い出したのだ。
まあ、俺も用事があるのでついでと言っては難だが、そんなところである。
ここは一時的な王都の代わりになっている。これはハルから聞いた情報だった。
まあ、国王の居場所なら探索でわかってたんだけど。
カルナ以外の王族は、同じ場所で匿われているらしい。ハルにその場所を教えてもらい、そこに連絡も取ってもらった。
まあ、カルナの顔を見せれば一発だろうけど、いきなり訪れることで目立つわけにはいかないし、念のため、な。
やがて俺たちがやって来たのは、海の近くの、目立たない小屋だった。その小屋は小さな森の中にあった。
付近は石の塀で囲まれ、表に門があるだけだった。
門番の人に確認を取らせ、中に案内された。その時カルナの顔を見て兵士が半泣きしかていたのは言うまでもないだろう。
最初は二人とも頭巾を外せと言われたが、目立つわけにはいかないと、頭巾を少しだけ外して髪を見せると、門番の兵士は納得してくれた。カルナがどれだけ信頼されているかがわかるな。
目立たない小屋とはいえ、周りには人がそれなりにいた。どうやら、王族に食糧や日用品などの提供をしているらしい。
カルナは、国を取り戻すことを国民がまだ諦めてはいないのだということを知ってひそかに喜んでいた。
大好きだった王都の人々があんなに活気を失っていたのだから、それは当然だった。
中に案内されると、奥の部屋で待機させられた。背後の窓からは、美しい海の景色が見える。そろそろ春が終わる頃だが、ここは北の国だ。外は冷えるので、暖炉には火が焚かれていた。だから結構暖かい。
ふかふかのソファに座ってしばらく待たされると、扉が開いた。その先には従者がおり、さっさと中に入ると、脇に退いた。
更に後ろには、白髪交じりの黒髪で、四十代くらいの男がいた。優しそうな人柄で、カルナと同じ綺麗な青い目を持っている。そしてその後ろにも、同じくらいの年齢の女性が立っていた。黒髪で、腰まである長い髪を一つに束ねていた。目の色は榛色だ。
双方、カルナの面影がある。
地味な服を着ており、飾り物などはいっさい身につけていなかった。
この二人が国王と王妃か。二人が中に入ってくると、先に入ってきた従者が扉をそっと閉めた。
俺とカルナは立ち上がり、頭を下げる。
「……お二方、どうか頭巾を」
「すみません」
俺は従者にそう謝り、カルナにうなずきかける。そっと頭巾を外し、目の前の二人と向き合った。
二人とも同時に目を見開き、口をぱくっと開ける。
相当驚いたのだろう。しばらく沈黙が続き、やがて、妃の方が彼女の名を呼ぶ。
「ルミナ……ルミナ、なの……?」
「まさか……そんな……」
「お久しぶりです。父上、母上」
脇にいた従者も驚いており、ここにいる者――俺を除く――全員が涙を流し、感動の再会を経た。
『ルミナっ!!』
カルナとその両親の三人は、固く抱擁した。
従者の男も、白いハンカチで自らの涙を拭っている。
「よく……よく、無事で……」
「ああ。無事で何よりだ、ルミナ」
抱擁を解き、カルナは手の甲で涙を拭った。
「はい。ご心配をおかけして、申し訳ございません……」
「良いのだ。無事だったなら、それで。……ところで、エジルは?」
「無事です。現在は事情により、別々で行動をしております。彼には、黙ってここに参りました」
国王と妃は顔を見合わせた。が、すぐに微笑み、そうであるか、と呟く。
そして、俺の方に向き直り、二人同時に頭を下げた。
「……娘を守ってくれたこと、誠に感謝する。今はまともなものがないので、褒美は与えられぬ。すまない」
「ほ、褒美なんて、とんでもございません。どうか、お気になさらず。当然のことをしたまででございますから」
カルナはくすくすと笑った。このっ。
珍しく慌てている俺を見て、面白がっているのだろう。
褒美なんてとんでもない話だよ。そんなの貰ったら絶対浮かれるって。ダメダメ。絶対、駄目。
「無駄でございます、父上。この人は、何を言っても褒美は受け取らないでしょう」
「そう、であるか……?」
カルナは俺の元に歩み寄り、くるっと向きを変えた。そして嬉しそうな笑みを浮かべると、弾む声で告げる。
「紹介致します。我が恋人、シノンです」
「……はじめまして」
「こっ……!」
「こ、恋人、とな……!?」
カルナのやつ、さらっと言うなぁ。まったく。
ハルの時はちょっと遠慮がちだったのに。まあ、自分の父親と母親の前だしな。しかも一国の王と妃だもんな。
「ルミナ、恋人とは、どういうことかね?」
「そのままの通りです。……陛下、私は改めて、この者と婚約をしたいと考えております。この者でなければ、私は婚姻を挙げるつもりはありません」
国王としての父の名を呼んだその瞬間に引き締まったカルナを見て、また、二人は顔を見合わせる。
そりゃそうだよな。俺は下賤の庶民。カルナは一国の王女。身分の差がありすぎる。
実際カルナの両親はそれ以上に差があるが、この二人が納得しても周りの貴族は俺たちの結婚は許さないだろう。
しかし、結婚とかずいぶんと進んだな、と自分でも思う。けど、俺もカルナじゃなきゃ結婚する気はない。他では考えられないと思う。
しばらくカルナの両親が二人で考えたあと、うなずき合い、言った。
「……良いだろう。ルミナには一度、無理矢理婚約をさせてしまい、辛い思いをさせたからな。それに、婚約相手は自由に決めたいだろう。私とキリカも、同じ境遇であるからして」
「……! ありがとうございますっ!」
カルナは満面の笑みで、さっと頭を下げた。俺も、一緒に頭を下げる。
「ふむふむ。シノン、と言ったか。娘を幸せにしてやっておくれ」
「もちろんです。お約束しましょう」
「ただ……すぐには婚姻の式を挙げられぬのだ。すまないな……」
「いや、お気になさらず。大丈夫です。今すぐに結婚をしようなんて考えてはおりませんので」
「……父上、兄上は……?」
このままではちょっとまずいと判断したのか、カルナが割り込んで尋ねる。すると、そうだった、と言って、陛下は手を合わせた。
「すまない。今は街へ出ておる。直に戻ってくるだろう」
「そ、そうですか……」
ちょっとがっかりした、と言うようにしょんぼりするカルナ。笑ったり泣いたり、別にいいんだけど、そのうち年を重ねてシワが多くなるんじゃないか? ……などということは口に出来るはずもなく。
ま、別にカルナはカルナだから良いけどさ。
「では、改めて自己紹介をさせてもらおう。私はダンジル王国国王、ジュミネス=エイグル=フォン=ダンジル。こちらは妃のキリカ=シュネール=フォン=ダンジルだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします。改めて、シノンと申します。……陛下、長くなりましたが、本題に入らせていただきます。今回は、ラトス皇国より、言伝をお持ちいたしてございます」
「む、言伝とな?」
「はい。その前に、立ったままで話すのもどうかと思うので、一旦、座りましょう」
ふむ、と国王は呟き、俺たちはソファに座る。俺の隣にカルナが座り、国王と妃は向かい側である。
俺は収納魔法から巻物を取り出し、開いた。
「では。『我、ラトス皇国皇帝、徨訛ノ泉縁は、隣国ダンジル王国との同盟を結びたいと考えている。ご返答されたし。』とのことで、ご返事はご自分でお願いを申し上げたいのですが……」
「ほほう……良いだろう! 一将軍の独断で王都が統治されておるのなら、ラトス皇国と同盟を結べば」
「なるほど! 追い払うことが可能というわけですね?」
妃が手を合わせてそう言う。良かった。あっさり決まったな。
「もともと、皇帝はダンジル王国との同盟を考えていらっしゃったようです。しかし、今回この国に居座り始めたガラム将軍は、それに断固反対したそうです。それが、約三年前の話です。それで、今度は自分でこの国を……ということですね」
「そうか……」
陛下は顎を撫でながら唸っているが、それを見ながら俺は更に続けた。
「それと、ラトス皇国で得た情報によれば、二大国島のザン王国とロクシム王国が同盟を結んでこのダンジル王国を攻め落とし、この国の領土を山分けしようと目論んでいるようです」
「なっ……!」
「三年前より、その計画は実行に移されようとしていたそうです。表向きでは、ラトス皇国がこの国を攻めた、ということになっているので、二国も簡単には手を出せなかったようです」
そんな俺の説明を聞いて、なるほど……とカルナが呟く。
「ラトス皇国には超天才魔術師がいるから、国が攻めたとなっていては、簡単には攻められない……ということか」
「そう。しかし、それが本当は国ではなくラトス皇国の一将軍だとわかるのも時間の問題です。ラトス皇国としては、この問題を解決しなければ目的を達することができないとしています」
「目的……?」
「世界平和です。ラトス皇国は、もともと戦争の多い帝国でしたが、百年ほど前から皇国として名を改め、今では世界中から戦争をなくそうと活動しているのです。まず初めに、西側の統一を目指しておられるそうで」
ほうほう、と、国王は呟いた。ふむ、納得してくれたようで何よりだ。
カルナと目が合い、微笑みかける。
「……まあ、ロクシム王国の方は、おそらく、すぐに戦争どころではなくなるかと思われますが」
「む? と、言うと?」
「絶対王政を取っていますからね。まあ、それだけならばいいとしても、戦争を民に強制させてはならないという全王法規の定まりがあるにも拘わらず、国王は国民の意見を聞きません。ザン王国の国民は、ほとんどが戦争に賛成なようですが、ロクシム王国はと言うと、ほとんどが戦争に反対らしく……」
「全王さまの裁きが下るということか……」
この世界には、国際関係において不平等が生じないように、世界の最高法規として全王法規というものが定められている。
それは守るべきものであり、破った者は全王より裁きが下る。リリーズ王国という国に雇われたプロの監視役が、各国に潜入し、見張っているというのを噂で聞いたことがある。
この全王法規は世界中で、法律を決める際に基準にされるものである。この全王法規に反する法律、命令、規則などの意見は実行されない。
もし実行に移したならば、『全王法規の番人』と呼ばれる組織が動き、全王に代わって裁きを下すのだ。
各国に潜入している監視役も、『全王法規の番人』の一員だ。
「まあ、今回の場合は、ロクシム王国は戦争を実行に移してはいないので、全王さまも何もなさらないと思いますよ」
「そうであろうな。まあ、今の我々には何も出来ぬし、ラトス皇国の皇帝に任せてみよう。ではジム、ラトス皇国に返答をしようではないか」
「は、かしこまりました」
国王は穏やかにそう言う。ジムと呼ばれた従者の男は頭を下げると、部屋から出ていった。
「シノン、ルミナ。今回は訪ねてくれたこと、感謝する。……ルミナは再び、その者と参るのだな?」
「……はい。私には、やるべきことがありますから」
「そうであるか。わたしも止めはせぬ。頑張りたまえ」
「はい!」
「ルミナ、私たちが応援しておりますから、頑張りなさい」
カルナは頭を下げ再び、ありがとうございます、と言った。その際の笑顔は輝かんばかりのもので、心の底から嬉しさを感じているようだった。
「ふむ、せっかく来たのだ。町を回ってみるといい。もしかしたら、ルクスに会えるやも知れぬぞ」
「え、本当ですか?」
「なら、行くか? 俺は構わないけど」
「行く!」
カルナは満面の笑みでそう言った。ふむ、俺もカルナのお兄さんに会ってみたいし、観光がてら行ってみるか。
立ち上がって一度礼をすると、俺たちは部屋から出ていった。
町の人たちは優しかった。俺たちが旅人だと察すると、色々な物を分け与えてくれた。まあ、金には困っていなかったし、この国は今は大変な状況なのですべて丁寧に断ったが。
人の厚意を無碍にするのもどうかとは思うが、それでもこの国の現状を知りながら無遠慮に貴重な物を貰うわけにはいかない。
頭巾を被って顔を隠していたので、カルナに気づく者はいなかった。今目立つわけにはいかないので。
やはり警備は厳重で、その辺にはたくさんの警備兵がいた。しかし、カルナの兄であるルクス王子はどこにもいなかった。
もう帰ってしまったのだろうか?
まあ、とりあえず今夜はあの屋敷に泊まらせてもらうことになったから、どっちにしても会えることは会えるだろうが。
「シノン、あれ……」
「ん?」
カルナに指さされた方向を向くと、人集りが見えた。何やら騒いでいるな……。
悲鳴が聞こえる。あ、まさか。
と思った瞬間、そこへやって来たのは、白いローブを着込んだ一人の青年だった。頭巾を被り、身体全体をそれで包んでいた。
「やめないか! 何をしている!」
「ああん!? 関係の無い奴が入ってくるんじゃ……どえぇっ!?」
「……連れていけ」
『はっ!』
後ろに控えていた兵士たちが、その青年の声で一斉に動き出した。そして、中から体の大きい男達を引っ張り出してきて、そのまま連れていってしまった。
どうやら中では喧嘩が起こっていたらしい。人集りは、その青年に拍手と歓声を浴びせた。
彼は中から、怪我をしたらしき子供を連れてきた。まだ十三とかその辺の男の子だった。そうなら俺より一つ歳下じゃないか。
その場に残っていた兵士たちにその子を手当させ、青年は再び、何人かの兵士を引き連れて、今度はこちらへ向かってくる。
横を通り過ぎようとした時、カルナが呟いた。
「兄さん……?」
「えっ?」
青年は立ち止まり、驚いて俺の方を向いた。俺もその青年を見上げた。身長は、俺よりも頭一つ分高かった。
……瞬間、青年がいきなり俺に普通ならものすごい速さで手を伸ばしてきたので、それを、左手で手首を掴んで止めた。
青年は驚いたような表情になって力を緩めたので、俺も放してやる。
しばらく睨み合いが続いた。後ろのカルナを気にしている様子もあるが……もしかしてこの人……




