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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第2章、調査開始
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皇太子の依頼と夢

「へえ。やっぱりそうだったんだ」

「やっぱりって。気付いてたのかよ」

「当たり前だ。匂いが似てるんだから」


 どうやら俺の予想は当たって、勇奈はあの勇希の妹だったらしい。一歳離れた兄妹けいまいで、会った瞬間互いに喜んでいたそうだ。

 いいね、兄妹の再会って。

 さて、依頼に行くか。今日は俺に何の用なのか、あの方は。

 俺は立ち上がって副団長の部屋から出、待合室で待っているカルナの下に向かった。





「なあ、良いだろ? 行こうぜ?」

「やめろ。人を待ってるんだ」

「そんなやつ放っとけよ。俺たちと遊ぼうぜ」

「だから、ここを離れるわけにはいかないと何度言ったら……わあっ!?」


 目の前の若い男に腕を掴まれ、強引に引っ張られた。


「いいから、ほら、楽しいって」

「っの……!」


 私はもう耐えきれなくなり、腕を掴んだ男の頬を反対の手で叩く。

 男の手が離れて、私は後退した。


「……いってえな。何しやがる!!」


 男が殴りかかってきて、私は目を瞑る。しかし何も飛んでくることはなく、代わりに男のうめき声が聞こえてきた。


「なっ、なんだてめ――……うぉぇ!?」

「くそっ! やろうっ――……うえっ!?」


 目を開けると、目の前には見慣れた背中の青年が立っていた。


「……シノン……!?」

「ふん。実力がないやつほど弱い者虐めをするもんだな。クソが」


 吐き捨てるようにそう言うと、シノンは私を振り返る。


「怪我は?」

「ああ、大丈夫だ。少し絡まれていただけだ」


 シノンは微笑み、良かった、と呟く。

 そう言えばシノンは、副団長さんとなんの話をしてたんだろ。聞いてみたが、内緒だ、と言って教えてくれなかった。


「んじゃ行くか」

「ああ、うん!」


 レラン王国の王都エクサにとある依頼で、私はシノンの付き添いで行くことになった。まあ、こないだの冒険者登録試験で落ちた(?)のもあって、見学みたいな項目になってる。同じようなものだが。


「今日は何の用で?」

「さあね。指名依頼での呼び出しだった。相談したいことがあるとかで」

「……依頼者は誰?」


 私が最後に聞くと、シノンは険しい顔になった。


「……ラトス皇国の、皇太子殿下」





「そなたがシノン殿、かな?」


 話しかけられた方向を向くと、そこには赤髪の若い青年がいた。青く鋭い目を持ち、がっしりとした骨格で大人びな感じだが、まだ十代といったところだった。

 その腕に抱いているのは、シノンにそっくりな子で、私たちと同じレイヴァだった。まだ五から六歳と言ったところだろうか。

 その脇には金髪の青年が立っていた。そちらは赤髪の青年の面影があり、大人しそうな印象を持った。細く整った顎、優しい光を持つ青い目。

 そして、彼らこそが、ここレラン王国から二つ隣の国、ラトス皇国の皇子たちである。

 シノンがさっとひざまずいたのに続いて、私も跪く。すると赤毛の青年が、まてまて、と私たちを立たせる。


「ここは公式の場ではないし、わたしたちはここで目立ってはいけない」

「そうですよ。どうか頼みますから、気にしないでください」


 二人の皇子にここまで言われたら、私たちも従うしかない。


「さて、ここでは癪なので、移動するとしよう。用意させてある」

「わかりました。ありがとうございます」


 そうしてやって来たのは、街の端にある別荘だった。どうやらここは、個人の所有物らしい。

 皇太子が異国に別荘を持つなんて有り得るのか。まあ、ラトスとレランは一応友好国だから、おかしくはないか。

 中は広く、天井が高かった。中央には大きなテーブルが置かれており、椅子もいくつか置かれていた。

 両脇には、壁一面に窓があり、奥には台所らしき場所がある。


「どうぞ、座ってださい……彼らに茶を」


 金髪の青年が、この中で待っていた従者の男にそう命令すると、頭を下げ、すぐに奥の台所らしき所へと向かっていった。

 私たちは、彼らの向かい側に周り、皇子たちが座ったのを確認してから椅子に座る。

 すると、赤髪の青年が口を開いた。


「では、自己紹介といこうか。わたしはラトス皇国皇帝、徨訛こうが泉縁せんえんが息子、ラトス皇国皇太子、徨訛ノこうと申す」

「はい。同じく、わたしはラトス皇国第二皇子、徨訛ノれんと申します。以後、お見知りおきを」

「……はい。同じくわたしはラトス皇国第三皇子、徨訛ノゆうと、申します」

「よろしくお願いします。では改めて、わたしはシノンと申します。今回はわざわざお越しいただいて、申し訳ございません。お呼び出しいただければ、そちらに参りましたのに……」


 シノンは立ち上がって自己紹介をすると、困ったような笑みを浮かべる。


「いやいや、構わない。父上所属の兵士に見張られたくはなかったのでな。今回は悠の話題だから、な」

「ところで、シノン殿。そちらは?」

「あ、はい、申し訳ございません。カルナと申します。以後、お見知りおきを」


 私も立ち上がって、自分の名を口にする。

 まあ座ってくれ、と言われ、失礼致します、と私たちは言い、椅子に座った。


「さて、今回シノン殿に依頼したのは、レイヴァについて詳しいと聞いたからだ。シノン殿と付き添いの貴女、カルナ殿か。単刀直入に言う。双方、妙な夢を見ぬか?」

「妙な夢、と。具体的には、どのような?」

「ふむ、悠」

「は、はい。黒い影が、夢の中に出てきます。その影は私を包むと、締めつけるのです。苦しくて、気がつくと自分の部屋にいて……そして、別の日には、今度は黒い爪がわたしに襲いかかってきました。体を切り裂かれ、夢の中では激しい痛みがあるのに、目覚めるとその痛みは嘘のように消えました。毎晩、この二つの夢のどちらかを見ます。……もう、怖くて、たまらなくて……」


 隣に座っていた紅殿下が、悠殿下の肩を抱く。よく見ると、彼の目元には薄くはあるが隈ができている。

 しかし、黒い爪や影……それって……。


「『黒夢現象』……ですね」

「『黒夢現象』? それは何か? 何かの病か?」

「いえ、病ではありません。むしろ正常です。レイヴァとはすなわち戦闘民族の末裔ですから、昔の記憶が蘇り、夢となることがあるのです。わたしも、小さい頃にはその夢で悩まされていた時期があります。ちょうど、悠殿下と同じくらいの歳に」

「私も、あります」


 そうだ。小さい頃……エジルと旅をし始めて間もない頃、毎晩夢でうなされて、エジルから一時いっときも離れたくなかった時があった。今ではあまり見ないけれど……。


「そう。レイヴァはみんな見るのですよ。ただ、これは予知夢です。レイヴァとは、結局は災いの根源。何かしらあるかもしれませんので、お気をつけください」

「わたしが、災いの根源……?」

「……はい。失礼ながら、レイヴァは魔力がもともと多い種族です。カルナの場合は青目の中では少ない方ですが、それなりに魔法の技術があります。それらの才能が、『レイヴァの見る夢』という形で、予知夢として現れるのですよ。もともと、レイヴァがそういった夢を見ると災いが起こる、と言われていたのが災いの根源と言われる由来なので」



 紅殿下は腕を組み、何かをじっと考えていた。


「しかし、その黒夢現象というのは予知夢だとおっしゃいましたが、結局は何なのですか? 能力ですか? それとも、誰かに操作されているとかは……」

「……そうですね。どちらかと言えば、能力に近いかと。ただ、レイヴァは魔力が多く才能がある代わり、魔力による操作をされやすい体質です。つまりは、魔力の影響を受けやすいのです。だから、必ずしも誰かに操作されていないとは限りませんので、周りに目を光らせておいた方がいいと思います。例えば、悠殿下は第三皇子ですが、皇位継承権はあります。誰かが皇家を乗っ取ろうとすれば、悠殿下を操ることだって可能だということです。殿下の行動にも、敏感になっていてください」


 ついでなので一応伝えておいた。

 そうなのだ。レイヴァとは魔力が多く戦闘の才能があるが、その代わり魔法の影響を受けやすい。だから、ほとんどのレイヴァは隠れて暮らすか、頭巾を被るなど、髪を隠して周りには晒さないようにしている。

 俺の場合は魔力に気づけば自分の魔法で解除できるから平気なのだが、カルナの場合はギルドにいる時でも頭巾を被っているので大丈夫だろう。まあ、俺も目立ちたくない時(いつも)は頭巾を被っているのだが。

 能力で髪の色を変えるのは、どうしても頭巾を外さなくてはならない時だけにしている。なぜなら、髪の色や目の色を変えているだけでも体内で結構体力……ではなく、魔力を使うからである。

 だから、常にそのままでいられるわけではないのだ。

 もう面倒なので、サニーズの人たちには自分が才を持つ子(シャラスト)であることをばらしてしまいたいくらいだ。


「……悠は、今のところ大丈夫なのですか?」

「殿下の行動や受け答えなどに違和感がなければ。わたしには今のところ、特に悪い気配などは感じられませんので、ご安心を」


 二人の皇子様は安堵したようにほっと息をついた。

 それに続き俺が、それに、と微笑みながら切り出した。


「レイヴァが魔法の影響を受けやすいということは、一部の知識人しか知りません。まあ、王家の乗っ取りを考えるような輩がこのことを知っているかどうかはわかりませんが、ほとんど可能性は低いかと」

「……なるほど。シノン殿、今回は本当に助かった。礼を言う。それから、もう一つ相談なのだが……」


 何でしょう? と聞き返すと、なかなか言い出しにくそうに殿下は黙り込んでしまった。そんなに言い出しにくいものなのか?

 すると、紅殿下は従者に視線を向けた。

 従者は頭を下げ、きびきびと奥の扉から廊下へと出ていって閉まった。


「実はな、全王さまよりご命令を受け、そなたに会わせたい者がいる。最近ギルド間で話題になっている、空の使い(クヤイ)だ」


 俺は、はっとした。いや、しかしなぜ紅殿下が彼らのことを?


「なぜ、と思うだろう。わたしはこれでも、ラトス皇国のギルドの団員だ。団長に頼まれて、そなたに彼を会わせるために参った。悠のことは、これがそなたに相談できる最初で最後の機会だと思ったのだ。だから、先にあの話題を出させてもらった」

「なるほど。では、本来の用事は、空の使いとわたしを会わせる、ということだったんですね。わかりました。会ってみましょう」

「む、礼を言う、ありがとう」


 すると扉が開かれ、先ほどの従者に続き、黒髪の少年が入ってきた。帽子をかぶって、耳は隠れている。


「えっと……はじめまして、嶺雅れいあと、申します。よろしくお願いします!」


 そう言って、嶺雅と名乗る少年は頭を下げる。


「私はカルナ。こちらはシノンだ。よろしく頼む、嶺雅」

「は、はいっ!」

「嶺雅、こちらに座れ」

「はい、失礼、します……!」


 カルナが代わりに紹介してくれた。助かった。

 嶺雅は紅殿下の隣に座り、緊張した面持ちでこちらを見つめる。


「えっと、シノンさん、金色の長い髪を持った女性を、ご存知ですか?」

「……長い金色の髪?」

「はい。前髪で、左目が隠れていました」


 はて、俺はそんな女性は……いや、何となく、記憶の中にいるような……いないような。

 …………うん、知らない。


「そう、ですか。でも、殿下には見せろと言われたので、これを……」


 そうして見せられたのは、他の物と同じように彫刻が施されたペンダントだった。

 手には風袋、筋肉質な体には白い羽衣、そして、鬼のような顔面には一本の白い角が生えており、睨みつけるような目は見開かれ、こちらを凝視している。

 風神である。風の魔力源だ。


「これで、そなたがこのペンダントを見るのはいくつ目だ?」

「四つめです。炎、水、雷、そして風です」

「風? これは魔法の属性を表しているのですか?」

「おそらくは。鳳凰、河童、雷神、風神の彫刻と来れば、もしかすると、魔法の属性を表している可能性はあります」


 ふむ、と紅殿下は呟き、机に片肘をついて体を乗り出してきた。


「では、そなたに、今回最後の頼みがある。悠を預かってはくれないだろうか」

「…………はい?」

「急ですまないのだが、悠は、そなたが言った通り、狙われている。それはわたしでもわかるのだ。実際、悠の様子がおかしかった時は何度かあった。現在わたしの味方が調査に乗り出している。しかし、その間に悠に何かあっては遅い。……だからせめて、サニーズの方で保護して欲しいのだ」

「しかし、それでは泉縁陛下が……」

「父上は悠を疎んでおられる。わたしと蓮、そして従者にしか、悠には味方がおらぬ。そこの所は大丈夫だ。だからどうか、頼む」


 紅殿下に頭を下げられた。……ここまで言われたら仕方ない、か。


「わ、わかりました。わかりましたから、どうか頭をお上げください」

「そうか。すまぬ。どうか、我が弟をよろしく頼む」

「わたしからもお願い致します。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いしますっ」


 再び三人は頭を下げ、すぐに上げた。





「と、言うわけで………」

「一般人として扱えと? 一国の皇子様を?」

「そうするしかないだろ。紅殿下にも、蓮殿下にも、ましてや本人にもそう頼まれたんだから」


 俺がそう言うと、団長は腰に手を当ててため息をつく。


「ま、仕方ないね。よろしく、悠くん」

「はい。よろしくお願いします」


 ふむ、これでとりあえずはひと安心かな。団長なら上手くやってくれるだろ。

2018年8月27日、修正しました。

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