空の使いとストーカー
「ん……」
「あ、気がつき、ました?」
ん? ここは、どこだ? …………誰?
目を開けた先にいた見覚えのない黒髪の少女は、こちらを見て微笑んでいる。小さな顔に、小さな体。優しい瞳は透き通った海のような翡翠色。
彼女から漂ってきた匂いを感じて、俺は飛び起き、短剣を腰の鞘から抜いた。
「動くな!」
「は、はいっ!」
少女は怯えているのか、両手を胸の前で組んで、こちらを驚いたようなまなざしで見つめている。
間違いない。こいつは空の使いだ。でも、なんでここに? カルナが連れてきたのか?
「おい、カルナは、どこだ」
「かっ、カルナさん、は、今、朝ごはんを取りに……」
少女が言いかけた時、扉が開かれる音がした。
「勇奈ー、朝ごはん持ってきた、ぞ……」
カルナだった。盆を持ってこちらを見つめているのを、俺は横目で見ていた。短剣は構えたままなのだが、それを見てカルナが非常に驚いているのがわかった。
「何やってんだシノン!?」
盆を置いて短剣を取り上げられそうになったが、軽く躱してやると、彼女は目の前に倒れた。
短剣を鞘に収めて、俺はカルナを一瞥した。
「何って。お前、こいつをどこから連れてきた?」
「んもう! 森の中で会ったんだよ。行く宛もないって言うし、どうやら、お前を探してたみたいだし」
やっぱりか。勇希や海月も、俺を探してたみたいだしな。
そう言えば、カルナにはまだ空の使いのことは話してなかったな。
今のうちに話しておくべきか。
そこで俺は、今回の旅の目的である、空の使いのことについて話した。目の前にいるこの少女(勇奈というらしい)もその一人であること、俺が出会った二人の空の使いは、銀色のペンダント、魔力源を所持していたこと。
すべて聞き終わるまで、二人は黙って聞いていた。勇奈は黙っていたが、他にもいるのかと言わんばかりに驚きの表情を見せていた。
ふむ、この反応や服装から見て、彼女はまだ保護されてないんだな。リリーズに預けてもいいが、この子の匂いはあの勇希に似ている。名前も似ているし、顔に面影がないとも言えない。もしかすると血縁か何かかもしれない。
と、いうわけで、リリーズのギルド本部にはあとで連絡するとして、この子はサニーズで保護することにする。
別にどこで保護しなきゃいけないなんて決まりはないだろうし。
「なるほどなあ。どうりで黒髪の獣人なんて、違和感極まりないと思ったよ。あ、ごめんね、失礼かもしれないけれど」
「いえ、大丈夫です。ただ、他にも私のように空から降ってきた人がいるんだなって、ちょっとだけ安心しました」
ふむ、なんだか安心しちゃったな、この子。
「あ、そうだ。シノンさん、私もこれを持ってるんですけれど、一応、見てくれますか?」
きたな。どれどれ。
勇奈が見せてきたそれには、『雷神』の彫刻が彫られていた。
後ろには小さな太鼓がついた輪、雷太鼓があり、筋肉質な体に黒い羽衣を纏っている。鬼のような顔には角が生え、鋭い目つきは、こちらをじっと睨みつけるようにして見開かれている。
雷の魔力源だな。これで三つめ、か。
勇奈は保護されていないということは、七人目か。あとの四人には今のところ会うつもりはないけど……どうしよう。
まあ、それは置いといて、一回ギルドに戻った方がいいな。
それをカルナに話したら、快く賛成してくれた。
すると今度は、勇奈の新しい服を買いたいと言い出すのだった。
「はあ? ……まあいいけど、だったら俺は街でもぶらついてるよ」
「いーや、お前も来い!」
「………はあ?」
「お前の話を聞く限り、黒髪の獣人なんていないんだろ? なら、目立つこと極まりないぞ。なんたって、レイヴァである私もいるのだから!」
いや、胸を張って言われてもな。勇奈の方は香水かぶって帽子被って外套でも着てればそんなにばれないと思うんだが。カルナの方だって、幻覚魔法で見た目を変えてやることだってできるし。
それを提案したら、女の子を二人きりで街に放つ気か! と怒られた。
なんだかこの二年で、カルナの性格がだいぶ変わった気がするんだが……まあいいか。仕方がない。
俺はカルナの姿を《変装》で変えると同時に、その魔法で俺の容姿も変えると見せかけて才を持つ子の能力で髪の色を変えた。ついでに目の色も。
カルナは、青色のかった黒髪で、目の色は緑色にしておいた。髪の色は言うまでもなく、青色の目は魔力量の問題でちょっと駄目だからな。
俺はいつもの焦げ茶で、目の色は緑色にしておいた。俺の目は結構人の目を引くらしいってロウが言ってたからな。何故かはわからんが。
仕方がないので、彼女らに付き合ってやることにする。
……長い。今までこうしてカルナと買い物に行くなんてことなかったから舐めてた。
どうりでいつも買い物に出たカルナの帰りが遅いと思った。特に気にしてなかったけど、こういう事だったか。
もう十軒以上回ってるというのに、なかなか見つからないらしく、一つの店に入っては三十分以上待たされる。
「シノン、待たせた」
「はあ。次はどこに行くんだ?」
「いや、もういい。終わった」
ん? 終わった?
顔を上げてみるとそこには、カルナと新しい服を着た勇奈がいた。
黒をベースにした上着に、紫色のスカート、そして、黒く長い靴下。その細い足には黒い革靴を履いている。上着の下は襟付きの白いシャツに、赤いネクタイをしていた。
どっかの制服にも見えるな、これ。
「結構質素な組み合わせだな」
「なんだよその感想は。私はすごく似合うと思うんだが」
「別に似合ってないとは言ってない」
勇奈は、クスクス、と笑った。
「本当に、お二人は仲がよろしいんですね。なんか、そういう人が常にそばにいてくれるっていうのが、羨ましいです」
『?』
勇奈は寂しそうな笑みを浮かべながら、俺たちにそう言った。
よく分からないけど、まあいい。
「さて、昼飯でも食いに行くか。早めに行きたいから、今日の夕方には出るぞ」
「わかった」
「はい!」
ロウは二日前に帰ってしまったので、今回は乗合船に乗ることになる。
さて、昼食はどこで食べることにしようか。
『気をつけろ。見られているぞ』
…………? なんだ、今の声は……誰かに、すれ違いざまに言われた気がしたけど、振り返っても誰もいないし……なんだったんだ?
「おい、シノン? 大丈夫か?」
「え……あ、うん。大丈夫」
昼食は、俺は軽いもので済ませることにした。公園の長椅子に三人で並んで座り、サンドイッチを頬張った。
ふむ、美味い。
「美味しいな、これ」
「はい。クセになりますね」
確かにちょっと癖になる味だな。なんというか、調味料が普通のと違うんだな。リリーズ王国限定だし。
「そう言えばシノン、眩しい光とともに竜が急に消えたっていう噂が立ってるんだけど、大丈夫か?」
「放っておけ。どうせ人間が勝手に話をでっち上げるんだろうし。俺には関係ない」
正直もうどうでもいい。はっきり言って、あの時はちょっとカッとなってたし。目の前で大切な人が傷つけられて黙ってる俺じゃない。だから、塵も残らないくらいバラバラにしてやりたかったんだ。
面倒なことにならなきゃ俺は気にしない。本意でないのに変なことに巻き込まれても困るし。
「さて、と。行くか」
「そうだね。勇奈、行こう」
「はい!」
二人も立ち上がり、俺達は港へと向かった。
やっぱり転移魔法で来た方が良かったか……。
今、平原のど真ん中で数人の盗賊に襲われている最中である。ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる男たちに囲まれて、ジロジロと気持ちの悪い視線が送られてくる。
数にして、約十五人。魔法でも使ってさっさと脱出したいが、カルナや勇奈がいるこの状況で広範囲の攻撃は難しい。
「ふへへ、高く売れそうな奴らじゃねえか」
「ひひひ、金目の物も貰っとくか」
下品な奴らだ。気持ち悪い。……となれば、あれしかない、か……。
「光聖族魔法、対象、『盗賊』、範囲、『盗賊のいる場所』、効果、『光槍』」
上空に魔法陣が盗賊の人数分現れ、そこから小さな光の矢が、落ちてきた。それには全員が命中し、その場に倒れていった。
その際に、血を見ることに慣れていない勇奈の視界をカルナが塞いでいた。
「よし、片付いた」
「えっと……ええ?」
「さすがだな。こうも一瞬で片付くなんて。二年前とはだいぶレベルが違うね」
「できれば使いたくなかったんだよ。まあでも、この二年で修行した成果ってとこだな」
俺たちは歩きながら、そんな会話をしていた。少し歩いたところで勇奈の目を解放してやると、勇奈も困惑していたが、いくらか落ち着いていた。
たしかにこの二年で、うまく使いこなせていなかった強術はだいぶ上達した。これはおそらく、記憶を失う前の俺が使っていたものなんだろう。
しかし、これの存在を知った時、呪文や詠唱は覚えていても、感覚がよく分からなかったというか、とにかくうまく制御ができなかった。
それをこの二年で、独学でこの魔法を使いこなした。
ちょっと恐ろしいんだよな、この魔法。
「シノンー! カルナー! おかえりー!」
「おかえり、二人とも。連絡は聞いてるよ」
「ありがとう。この子がそうだよ」
おお、と言って、団長は勇奈をじーっと見つめる。近い近い。
「まあ、仲間に会ってみたいでしょ? 上に君と同じ空の使いがいるから、会ってみる?」
「……! はい!」
勇奈は笑顔でうなずき、団長は彼女を奥へと連れていった。
「お疲れ、二人とも。報告は聞いてる。大変だったな、竜の件」
「いやあ、まあ、うん。ちょっと大変だった。色々と」
「竜相手にちょっとって……」
副団長は苦笑し、今度は真剣な眼差しで俺に耳を貸すように手で合図した。
「……また被害が増えたみたいだ。この近くで、今度は赤龍が現れた。ランクは、成竜の王族階級だった」
「……は? 王族階級?」
「最近になってまた増えてきてるよ。倒すのにAランク冒険者三人以上のパーティがいなきゃいけない。人手が足りないよ。本格的に下のランクの団員を鍛えなきゃいけなくなった。で、昨日ロウさんを招集した。二日後にここに来るよ」
「え、本当?」
カルナが俺の肩をつつき、振り返ると、何やら不安そうな顔をして俺を見ていたので首を傾げると、カルナはそれを見ると同時に答えた。
「……さっきから、妙な視線を感じるんだが……」
「ああ……」
入り口の辺りに、誰かがいるのか。ギルドにいる時にだけ現れるそいつはいったい……。
俺は入り口にいる影の所へと歩いて行き、そいつの肩を叩く。
「おい」
「ひいっ!?」
「お前、誰」
「なっ、な、なな、なっ!?」
言葉になってない。気配を消してたつもりかこいつは。
「なっ、なんで、わかった!?」
「うぇっ……」
俺はもう嫌になって、副団長に助けを求める視線を送る。副団長はため息をついて、呆れ顔でこちらに歩いてきた。カルナも不安らしく、彼についてきた。
「おいファラン、いい加減にしないか。ストーカー行為は」
「ふっ、副団長!? なっ、こっ、これはっ、ですな!」
「シノンからカルナを横取りしようったってそうは行かんぞ。あなたのレベルじゃ、シノンに勝てるわけがない」
「そっ、それは、聞き捨てなりませんな! わたしがこんなガキに負けるはずなど……!」
「なら、やるか? ああ!? 気配も完全に断てないお前が、俺より優れてるって!?」
「まてまて、落ち着け、シノン!」
カッとなってつい言葉を放ってしまったが、カルナに止められた。でもカルナを横取りとか許せん。
「副団長さん、私を横取りって……?」
「ああ、この人は、君みたいな可愛い女の子を見ると、落としたくなる性格でな……」
「はあっ!?」
カルナは可愛い子と言われて恥ずかしかったのか、赤面して俺の胸に顔をうずめた。ちょっと! 何やってんの!?
「ああっ!? お前! ずるいぞ!?」
「……ああ!?」
「ひいっ!」
碌にカルナとの付き合いもないくせに妙なこと言うな、この男。それにあんた、もう中年だろうが。どう見たっておじさんだ。
「な、なあ、カルナちゃん? 一緒に飲みに行こうや。奢ったるから。ああ、それとも、お洒落なカフェにでも……」
「冗談じゃないですよ!! 行きません! 絶対イヤ!」
うわぁ。これ完全にナンパってやつじゃんか。変態だ。こんな奴にカルナを会わせたくなかったな……。
それにしてもこんなにもカルナが相手に拒絶反応を起こすのは稀だ。こりゃまずい。本能で理解した俺は彼女を守るようにして、その場から一歩引いた。
「おいこら、ファラン。やめろ。それだからあんたはいつまで経っても独身なんだ。阿呆か」
「あ、阿呆ですと!? ならば、このガキと戦わせてください! いつの時代でも、強い者がモテる。世の常識というやつでしょう! 言っとくが、ガキ、わたしはCランクを持ってる。さて、勝てるかな……? クックックッ………」
うえぇ……気持ちわるい……副団長はやれやれ、と言うように肩を竦めて、首を横に振る。
……Cランクって、ベテランじゃないか。そんな中にこんな性格の男がいるんだな。冒険者の数が多すぎるから、そういうのも出てくるんだな。
「副団長、観客を集めてくれませんかな。こいつに恥をかかせたいのでね……今すぐ始めましょう! わたしの気が済みません!」
副団長は俺を見て、何とかしろと目で訴えてきた。俺はため息をつき、男を睨みつけた。
「面倒なんで今この場でやっちまおうか」
俺はカルナを副団長のいる方向に行かせて、おっさんの鳩尾を殴った。おっさんは呻き、涎を垂らしながらこちらに向かって倒れてきたので、俺はおっさんをそのまま倒れさせた。
うえ、汚ったね。
ああ、良かった。涎は付かなかった。
「カルナ、これからは、こういうヤツらには気をつけろよ」
「あ、ああ。わかってる。私はシノン一筋だから……あっ……」
俺が彼女の肩を掴みながらそう言うと、こくこくとうなずき、そして顔を赤くさせながら、カルナも答えてくれた。
「へぇ。熱いねぇ、二人とも?」
「何がだよ」
俺が鋭い目つきで副団長を睨みつけると、悪かった悪かった、と両手を前に出した。
「シノン、痛い」
「あ、悪い」
いつの間にか肩を強く握ってしまっていたようで、俺はカルナに謝って彼女の肩を放す。
さて、面倒なのは片付いたし、今度からこのじいさんが絡んでくることはないだろ。ああ、せいせいした。
2018年8月27日、修正しました。




