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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第8章、然濃族
100/138

100、聖族と組織

「その………いい、のか? 俺達は命を狙われてるんだから、シノン達だって狙われるかもしれないのに……」

「はっ。化身やサファイアごとき、俺の敵じゃねえっての」


 アルファの懸念をあっさりと打ち破るシノン。

 そんな彼を見て呆然としていたのはアルファとアリュスフィアの兄妹だけで、カルナとゆうきもシノンに同意するようにうなずいた。


「ほらほら、私たち仲間だって言ったでしょ」

「でも本当に、仲間思いなんですね」


 そう言ってくすくすと笑うゆうき。その様子を見て、シノンも言う。


「ああ、それと、言っとくがな。また迷惑だのなんだのと気にかけて俺達に相談しないとか、やめろよ」

「え?」

「俺達に迷惑がかかるとか言って何もしないまま黙っていて、それで事態が悪化したりでもしたら面倒臭いし」

「あ……ああ、あはは、そう、だな。うん。ありがとう。約束するよ」

「みんな……ありがとう」


 そんな彼らを見て珍しく微笑むシノン。それを見てまたほっとしたのか、2人とも安堵から息を吐き、体から力を抜いた。

 シノンというたくましい存在がいてくれれば、自分たちは助かる。そう思ったが故の反応だった。


 だが、時間がないとばかりにシノンが手を叩いて注目を集める。


「さて、次のサファイアの襲撃についてだ。たぶん、捕虜を助けに来る。その場合は逃がしてもいい……と言うか、すぐに逃がせ。俺があいつらを脅しゃ問題ない」

「え……脅すって……」

「どういうこと?」

「言っただろう。俺は聖族だと……あ、そっか」

「シノンってたまに抜けてるよね……」

「悪かったよ」


 シノンが腕を組んでそっぽを向いて拗ねてしまったので、カルナが引き継いだ。


「聖族はサファイアのような人の作り出した巨大組織に色々な意味で狙われているらしいんだ。他にもルビーやエメラルド、ラピスラズリなんて呼び名があるものもあるんだってさ」

「全部宝石の名前なのか?」


 カルナがアルファの問いにうなずき、更に続ける。


「その宝石の名前は聖族がつけたものなんだって。それで、聖族に関するものを集めて研究してるとか」

「つ、つまり、シノンはその身体自体を狙われている、と?」

「正解。まあ、シノンは顔、割れてないんだよね?」

「ああ」


 カルナに突っ込まれたことにまだ拗ねているのか、彼の返事は少し素っ気なかった。だがカルナは苦笑するだけで、特に何を言うでもなく続ける。


「で、たぶん、シノンが言いたいのは、聖族を数人集めて相手を威嚇すれば、相手も仕方なく引き下がるってことなんだと思う」

『っ!?』

「そ、そんなことが、できるのか? いやしかし、相手には人避けの結界を無効化する魔道具を持っている。それがあれば、いくら脅したってまた……」

「阿呆かお前は。俺の『取り寄せ(ストック)』なり何なりで奪って壊せば良いって話だろうが」


 何でもないというふうに答えるシノン。そしてそれを見て、これが神の眷属かと感心する3人。


「そういう訳だから、捕虜の尋問は必要ない。今もやってるだろうが、あいつらは拷問だの尋問だの、やったところで無駄なんだよ。俺達がやったとしても情報を吐かなかった奴らなんだから」

「……わかった。伝えておくよ」

「よし。じゃあ俺は兄さんか姉さんを呼んでくる」

『えっ……』


 言いながら指を鳴らし立ち上がると、シノンは誰の返事も待たずに転移していった。


「ちゃんと防音結界を解いていったね」

「まあ、結界は解いた方がいいだろうからな。じゃ、俺はさっそく尋問してる奴らのところに行ってくるよ」

「ああ、うん。お願い」

「あ、じゃあ私はお母さんを呼んでくる」

「わかった」

「行ってらっしゃい」


 アルファは立ち上がり、軽く手を振ってから部屋を出ていった。アリュスフィアも同様にソファから降りて、部屋を出ていく。





「さて、とりあえず誰かいればいいんだが……」

「アールー、どしたのー?」

「あ、リン姉。……ちょうど良かったというか、暇?」

「暇だよー。あ、まさか! 私と遊んでくれるとか!?」

「子供じゃないんだから遊ばないよ」

「ふぎゃぁっ!?」


 シノンはいつもの如く弟に飛びかかろうとしていたリンに数十の水弾を食らわせた。


「遊ぶんじゃなくて、手伝ってくれ。あとストッパー役として来て欲しいんだが、エク兄はいるか?」

「いるぞ、ここに。手伝って欲しいんだって?」


 いつの間にかシノンの隣に立っていた黒髪の青年に特に驚くでもなく、シノンは彼を見て安堵の息を吐く。


「ああ、兄さん。頼めるか?」

「いいぞ。このままお前達を行かせたらリンが心配だし、ストッパー役として来て欲しいとか言ってたしな。監視してほしいんだろ」

「……まあ、うん。とりあえず2人くらい連れて行ければいいかなと思ってたところだし」

「ははっ、だいたいの内容は把握してるさ。サファイアだろう?」

「ああ。頼めるか?」

「もちろん」

「私もだよっ!」

「あー……うん」


 相変わらず頬ずりをしてくる姉にうんざりしながら、シノンは集落の外の森に転移するのだった。





「あ、シノン。おかえり」

「ああ、ただい――……」

「君がアルの恋人レイアルっ!?」

「えっ!?」


 何故か扉から中に入ってきたシノンを迎えると、後ろから入ってきた少し小柄な女性にいきなり抱きつかれた。

 シノンと同じように頭巾を深く被っているから顔はよくわからないけれど、シノンのお姉さんだというのはわかった。


 あ、ってことは、私の……義姉さん?


「あ、あの……」

「リン姉! やめろって言ってるだろうが!」

「いだっ!!」

「まったく……ごめんな。えっとー……カルナちゃん?」

「え、あ、はい……」


 シノンが義姉さんの頭を思いっきり殴り、もう1人の背の高い男の人が義姉さんを私から引き剥がした。


「あー……アルと同じすべすべの肌だったのにぃ……」

「やめろ変態!」

「へ、変態……?」

「ああ、ごめん」


 シノンはそう言うと、室内にいて呆然としていたアルファ達に断って私の手を引き、外に出た。

 そして裏に来ると、シノンは頭巾を外す。


「紹介するよ。リン姉さんとエク兄さん。小さいのがリン姉で大きいのがエク兄だよ。で、兄さん、姉さん。こっちはカルナだ」

「あっ、初めまして。カルナです」

「よろしくねー」

「よろしく、恋人レイアルさん」


 義兄さんと義姉さんも頭巾を外して、微笑んだ。


 リン義姉さんは白に近い黄色い髪で、同じ色の目を持っていた。肩くらいまでの長さでふっくらとしていて、顔立ちは整っている。

 細い線を書くような眉は弧を描くような形をしていて、その明るい性格がよくわかる。


 そしてエクお義兄さんは黒髪黒目の青年で、私よりも頭一つ分大きいくらいだった。

 シノンと同じように髪は少し長めで、優しい顔をしている。


 2人ともシノンの面影があって、同じく童顔だった。この3人は並べば色んな人にモテるのではなかろうか。


「あー、もしかしてカルナちゃーん、惚れちゃった?」

「えっ? あ、いや、そんなこと……」


 その様子にエク義兄さんとシノンは苦笑を浮かべた。


「アスカにも同じこと言われたな。俺達は全員が並んだら、誰が一番いいとか訊かれても困るってな。まあ、あいつは俺を選んでくれたが」

恋人レイアルは恋人なんだから当たり前でしょ」

「私はまだ全員に会ったことはないですけど、兄弟姉妹みんな美男美女なんじゃないかと思ってます」


 満面の笑みで私は言う。シノンはちゃんと血の繋がった肉親だって言ってたし、シノンほど顔立ちが整ってるならみんな美男美女なんじゃないかと思っているのは事実だからだ。


「……い、嫌だなぁもう」

「褒め言葉として受け取った方がいいよな、これ」


 リン義姉さんは素直に照れていた。エク義兄さんも褒められて悪い気はしないのか、ちょっと微笑んでそう言った。

 シノンに関しては頬をかいて私と視線を合わせないようにそっぽ向いてるけど、やっぱ素直じゃない。


 これだけでもシノンが言っていた通り、個性豊かなきょうだい達だということははっきりとわかる。


「……ごほん、さて、これから脅しに行くわけだけど?」


 脅しにって。せめて忠告とか警告って言葉を使おうよ。

 そう思っても言葉にするよりも先に、私は疑問に思ったことを尋ねた。


「え? これから?」

「ああ。然濃族の人達にはこれから襲撃があることを伝えていないからな。奴らのところには俺達だけで行ってくる。サファイアの捕虜は逃がしたのか?」

「あ、うん。シノンの指示だって言ったらすぐに逃がしたって。両手は縛ったまま」

「………なるほど。武器は奪ったままなんだよな?」

「もちろん。武器なんか渡して逃がしたら危ないからね」

「ならいい。そういうわけで、アルファには俺達が行って追い払ってくると伝えてくれ」

「わ、わかった」

「じゃあ、行ってくるな」


 シノンはそう言って、彼も含めた3人は森の中に走って行った。





「おい、準備の方はどうだ?」

「ああ調ったぜ。あとは集落に行くだけだが……ったく、今日の夜に作戦決行するってのに、なんで酒なんか飲んでんだよ」

「ひっく……さーせん」


 森の中で合流した100人以上の男達は、呆れからため息を吐く。だがすぐにその表情を引き締め、集落のある方向を向いて武器を構えた。複数の人間の気配を感じ取ったためだ。


 だがそれも杞憂に終わる。森の中から枝を掻き分けて出てきたのは、敵に捕らわれていたはずの同僚達だったからだ。


「おい、お前達、逃げてきたのか?」

「あ、ああ……というか、逃がされた。武器は取られたが、まあ、あとは見ての通りだ」


 先頭にいた男が代表して言う。彼らに話しかけた男にしても、武器を取られたことは当然だとばかりにうなずく。

 何せ、武器を返して逃がしたとすれば自分達に襲いかかってきてもおかしくはないのだ。だったら武器は没収して自分達の利益にし、尚且つ相手の両手を縛って逃がした方が断然いいだろう。


 100人以上の捕虜だった男達の縄を解き、集落の様子を尋ねた。しかし彼らの細かい行動に関しての情報は捕虜だったということもあり得ることができず、大まかな状況しか男達は把握することが出来なかった。


 生き残りは150人程度、その中で怪我をして寝込んでいるものは50人以上で、特につい先ほど魔物の群れが襲ってきて戦闘員たちは消耗しているらしいということなどが主だった。


「とにかく、だ。お前ら武器がないんだろう? すぐに補給してこい。この200人ほどで一斉奇襲をかける」

「やめといた方がいいんじゃないかなー」

『っ!?』


 どこからともなく聞こえた軽い調子の声に、男達がざわめく。

 何せ、彼らは組織の中でも腕利きの精鋭揃いなのだ。それなのにすぐ近くに聞こえた声の主は男達に気配すら感じさせずに近づける者など、この世界では限られていた。


「あはは、やっぱり人間程度の力じゃまだ私()()の気配は読み取れないよねー」


 男達が集まっている森の中の広場。その端にある一際大きな木の上に、その人物はいた。

 声をかけてきたのは1人で、男達はその声でやっとその()()の存在に気づいたのだ。そのため1人しか居ないものなのかと勘違いしていたため、その少女の近くに同じくあと2人も居たことに目を見開くことになった。


 そんなことが出来るのは、限られている者達の中でも限られていた。すなわち。


「聖族の奴らか。いい所で会ったな」

「ん? そうなのかなー? ねえ、どう、兄さん?」

「そうだな。今回は戦いに来たんじゃなくて、忠告……いや、警告しに来た」

「警告だと?」


 代表の男が、木の上に立っている3人の聖族へと聞き返す。彼らは全員頭巾を深く被っており、顔を認識することは出来ない。声もしっかり変声されていて、声紋から人物を特定することも出来ない。


「ああ。意味、わかるな? これ以上然濃族の集落を襲ってみろ、俺達が今度こそあの世に送ってやるぞ? まあ、自殺志願者がいるのなら構わないが」

『……………………………』


 まさか、本格的に聖族が自分達に関わってくるとは思っていなかったのだろう。1人ならともかく、聖族が複数いれば人など何人集まったところでどうにも出来ない。

 それを理解しているからこそ、男達はこの3人が本気でものを言っていることを悟る。


 ここで断るなどという愚かな真似をすれば、ほぼ一瞬で全員が殺されるのは明らかで、サファイアの損害は莫大なものになる。

 もちろん死んでしまう男達にしては関係ないも同然なのだろう。だが、忠誠心の高い男達にすればボスに面目が立たなかったのだ。


 故に。


「…………ちっ。野郎共、撤退だ。聖族が3人も相手となっちゃあ仕方ねえ」

『へい』


 男達にしても聖族3人に人が200人で取り掛かったとしても敵うはずもないと理解しているのか、素直にうなずく。


 再度男が3人の聖族をキッと鋭く睨みつけるが、彼らはそれを涼しい顔で受け流す。それは彼らが聖族という人間よりも圧倒的な力を持っているが故なのだろう。


 男達が森の外に出たのを確認すると、彼らはようやく木の上から地上へと降りる。そして。


「魔法に関してはさすがだな」

「うわ。本当に奪っちゃったんだ」

「バレたら元も子もないだろう。まあ、向こうもこっちがこれの存在に気づいてないなんて思ってないだろうから、むしろ無くなっていても納得していそうだな」

「まあここに聖族の誰かを付けて結界を張らせるか。そうすりゃあ人間も魔道具なんか通じなくなるだろうよ」


 そんな会話をしている間にも、シノンは男達の所持していた魔道具に莫大な魔力を注ぎ込んで使い物にならなくしてしまっていた。

 最終的にはその魔力量に耐えきれなくなり、粉々に破壊された形である。


「まあ少なくとも数ヶ月は、偵察にしろ襲撃にしろ、集落にちょっかいかけるようなことはしないだろうさ。その間に聖族の派遣は終わってんだろうし」


 魔道具を壊した瞬間に言ったシノンの言葉に、エクとリンはうなずいた。


「さて、今回の件はこれでいいのか?」

「ああ。ありがとう、助かったよ」

「いいのいいのー、アルの頼みだったら私、務めの最中でも飛んで――……いだっ!?」

「それだけは勘弁してくれ、()()

「ひいっ! ご、ごめんなさい〜!」


 自分の頭を拳で殴ったエクに、涙目で謝るリン。その様子を苦笑を浮かべながら眺めていたシノンは、やがて2人に軽く手を振りながら言った。


「じゃあ、今回の礼はまた今度にするよ。とりあえず今日は帰ってもいいよ。ありがとう」

「いいよ、礼なんて。それより、リン。いつまでもアルに抱きついてないで行くぞ」

「嫌ー! 私もアルと残るー!」

「何千億と生きてる奴の台詞じゃないだろう、がっ!」

「いたぁーいっ!?」


 再度振り下ろされた拳にリンはとうとう耐えられなくなり、地面に蹲ってのたうちまわる。

 そんなリンの襟首を掴んでシノンに手を振りながら去っていくエクを見届け、彼もまた集落に戻るべく歩き出した。

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