第34話 蛇も呑まずば破られまい
蛇には目の他に、ピット器官と呼ばれる感覚器官が存在する。
これは獲物の熱を感知できるもので、視界の悪い夜などでも、獲物である小さな恒温動物を的確に見つけるための器官だ。
バジリスクだって、色々なオプションがついちゃいるが、所詮は蛇だ。
ピット器官だって備わっている――――だから、それを利用させてもらった。
「GIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA⁉」
もはや咆哮というより、悲鳴と呼ぶのが相応しい叫びが直下から聞こえる。
唐突な、太陽の光。
それだけでも充分キツいだろうに、そこに加えてポルトによる大量の火球だ。目は急な光によって潰され、触覚に近いと言われるピット器官は大混乱だろう。見ればバジリスクの奴、目を瞑ってぶんぶんと巨大な頭を振っていた。
「よっし成功っ! こうなりゃ後は仕上げだけだ! ハサン、降りるぞ!」
「りょ、了解!」
バジリスクが獲物である俺たちを見失っている、今が唯一の好機だ。
ハサンに指示し、俺の身体は一気に高度を下ろしていく。バジリスクは、空中に漂う火球のどれかが獲物だとでも思ったのだろうか、遮二無二噛みついて、また痛々しい悲鳴を上げていた。
テキトーに噛みついたって、高温の火球を口に含んで火傷するだけだ。
バジリスクの悲鳴が轟く中、俺たちは無事に地上まで帰還した。
身体を目いっぱいまで伸ばしていたのか、バジリスクが地上に残している部分は少ない。ちょうど、俺一人分くらいの長さだ。
その尾っぽの部分に、俺は魔術を発動させる。
「縫い付けろ!『泥濘の棘波』!」
名前を叫んだ途端、より一層、バジリスクの悲鳴が大きくなった。
地面を変化させた鋭い棘が、バジリスクの尾を突き破ったのだ。それも、一本や二本ではない。想像していたより地上に残っていた身体が短かった所為か、このまま尾が千切れてしまうんじゃないかと思うくらいに、バジリスクの尾は針の筵と化していた。
予想以上に、硬い鱗――――だが。
これで、身体は縫い付けた。
いくらか動きに制限はついた筈――――そして、気付いた筈だ。
標的が、地上にいることを。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼」
大口を開け、狙いを定め、バジリスクは俺たちめがけて吶喊してくる。
しかし、目は閉じたままだ。
太陽の光で、目はまだ潰れたままか。ますますもって好都合だ。
「挟め!『巌の合掌』!」
瞬間、巨大な大地の壁がせり上がってきて、バジリスクの巨体を挟み込んだ。
バジリスクは最早、なにが起きているのか分からないだろう。それでもゴリゴリと、分厚い鱗で土壁を削りながら迫ってくる。
そのルートが、俺によって固定された一本道とも知らずに。
左右から一気に圧力をかける。もうバジリスクは、前へ進むことしか許されていない。
上へも、下へももう動けない。
そこに、さらなる追撃を打ち込む!
「行っけぇっ‼『黄泉王の巨腕』っ‼」
背後に出現させた、土製の巨大な拳を。
決められたルートを進むのみになったバジリスクの――――その、大きく開いた口にねじ込んだ。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――⁉」
最早悲鳴も上げられないバジリスクは、しかし、突進の勢いを止めることもできない。
為す術もなく、土でできた拳を、巨腕を、呑み込んでいくしかないのだ。
『巌の合掌』による土壁が、びきっ、とひび割れるほどに、バジリスクの身体が膨らんでいく。呑み込んでいく腕は、バジリスクの身体よりさらに太い。苦しげに見開かれた目は、しかし生気を宿しておらず、てんで明後日の方を向いて涙を流すばかりだった。
だが、悪いがここで手加減はしない。
こんな森、さっさと抜けたいんだ。その為に、バジリスク、お前を倒さなくちゃならない。
食えない狸親爺との約束だが――――突き破らせてもらうぞ。文字通り!
「『泥濘の棘波』応用版――――『冥府女王の夏祭り』っ!」
昨日思いついて、ひたすらイメージトレーニングに励んできた魔術の名前を口にする。
瞬間――――バジリスクの身体の中から、無数の土製の棘が飛び出した!
「ひぃっ⁉」
「きゃあぁっ⁉」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――⁉」
その光景を目撃した、ハサンとポルトの口から悲鳴が上がる。
理屈は簡単だ。
俺は、バジリスクに呑み込ませた『黄泉王の巨腕』から、無数の棘を伸ばしたのだ。
バジリスクのもう一つ厄介な点としては、昨日のエントと同じように、単純な拳などによる攻撃が、効きにくいことが挙げられる。理由は強靭な鱗。さっき『泥濘の棘波』で尾を縫い付けた時も、予想以上に鱗が硬く感じられた。
だが、身体の内側は、そうではあるまい。
予想通り、身体の内部からの攻撃は相当に効いたらしい。
それでもバジリスクは、前進を止めなかった。
毒の液を口から滴らせながら。
俺たちを食い尽くさんと、迫ってきていた。
仮令、内側から生えた棘によって、身体が引き裂かれようとも。
まさに蛇というしかないほど、執念深く――――
「――――……」
が。
緩やかなその前進はやがて止まり――――バジリスクは、その場で息絶えた。
生命活動が停止したその瞬間、バジリスクの身体は爆ぜ、キラキラと輝く魔力となって森へと降り注いでいく。
それは、まるでアメジストの雨を見ているようで。
命を奪ったという罪悪感を吹き飛ばすほどに、美しい景色だった。
バジリスク戦、決着……⁉
次回更新は明日22時頃! お楽しみに!




