第33話 バカも卑屈も使いよう
「伏せろっ!」
最初に指示したのは、そんなシンプルなことだった。
俺の指示とほぼ同じタイミングで、バジリスクの目が開く。血のように赤い、毒々しい瞳だ。しかし、ポルトは俺の顔に抱きつき、ノエルは俺の背中に隠れ、ハサンも俺の指示通り目を伏せている。
バジリスクと目を合わせた者は、石化する。
そんなの、RPGじゃ常識だ――――だからこそ、バジリスクは微かに目を細めた。
何故なら、他ならぬ俺が、石化していなかったから。
俺はかかしで、俺の目はただのボタンだ。目を合わせたところで、石化する訳がない。
自分が石になっていないのをアピールするように、俺はわざとらしく、その場でぴょんぴょんと跳ねてみせた。
「はっ、不思議そうだなぁ、バジリスクさんよぉ」
挑発的なそのセリフを理解したのかどうか、バジリスクは怒ったように目を尖らせた。
そう、大変なのはここからだ。
バジリスクの身体が、僅かに、後ろへ下がった。
「っ、ハサン!『風神の蠢動』だ! 早く横へ!」
「えぇっ⁉ は、はいっ!」
ハサンが慌てて俺の腕に飛びつき、魔力を注いでくる。
俺は『風神の蠢動』を発動させると――――一直線に向かってきたバジリスクをギリギリで避けるように、横へ飛んだ。
地面をこすりながら、バジリスクは瞬時に方向転換する。巨大な口を開け、すぐさま俺たちめがけて突進してきた。
そう、これが厄介な点。
蛇は、全身が筋肉でできている。石化する毒の視線より、毒の息より、毒の雫より厄介なのは、巨体にも拘らずしなやかに、そして素早く動くことのできる、蛇としての生態の方だった。
何度も言うように、俺は大地そのものを動かす分、攻撃にタイムラグが生じやすい。
攻撃を一発当てるのも、この素早さ相手じゃキツいだろう。そこでこそ、ハサンの風の魔術という、最強の機動力の出番なのだ!
「う、嘘でしょ⁉ こ、こんな速いなんて――」
「狼狽えんな! この状態なら、お前の方が速いさ!」
二度目の吶喊をすんでのところで躱すと、すぐさま三度目の急襲がやってくる。
バジリスクはとぐろを巻くように俺たちを包囲するつもりだ。いまだ見えない尾を引きずりながら、俺たちの周囲を絡みつくように攻撃してくる。
気が付けば、俺たちが浮かぶすぐ真下には、ミステリーサークルのように蛇の尾が陣を作っていた。
このまま攻撃を避け続けていたんじゃジリ貧だ。
「ハサン! このまま上へ! 真上へ行け!」
「う、上⁉ 冗談でしょう⁉」
「本気だよ! 俺が戦闘中にふざけたことあるか⁉」
「そ、そんなの知らないわよっ! あぁもう、行けばいいんでしょう行けばっ!」
俺の指示通り、ハサンは直上めがけて移動を始める。俺の周囲に、目まぐるしく渦巻くつむじ風も勢いを増していく。
しかし同時に、バジリスクも俺たちめがけて身体を伸ばしてくる。
蛇は全身筋肉で、全身が関節みたいなものだ。曲がる箇所は選ばない。
だから、上へ逃げるのは一種の賭けだった。
上昇の速度は、やはりバジリスクもかなり速い。追いつかれれば、目を合わさずとも俺ら全員が丸呑みにされてしまうだろう。
だが、この賭けは成功させないといけない。
でないと、ポルトの立つ瀬がなくなっちまうからな!
「ハサンっ! 昨日の合わせ技、いけるか⁉ この先の樹が邪魔だ!」
「もうあなたに命は預けてるわ! なんでも、やってやろうじゃないの!」
そういって、俺とハサンは静かに目を閉じ、瞬時の間に集中する。
ハサンの魔力が、俺の中に入ってくるのを感じる。
風の魔力を纏った両腕を、思い切り上へ向けて振り抜いた!
「「『奴隷解放戦閃』っ‼」」
無数の風の刃が空を切る。
行く末を阻む、背の高い樹木の枝ぶりたち。その悉くを、俺とハサンの力を合わせた魔術が切り裂いていった。
そして、現れたのは。
この森に一切光を差し込めていなかった――――太陽の、煌々とした陽光だった。
「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!」
真下から、追いかけてくるバジリスクが叫び声を上げた。
こんな陰気な森に棲んでいたんだ。太陽の光はさぞ堪えただろう。しかし、これで終わりじゃない。
寧ろ、賭けはここからが本番だ!
「ポルト! 昨日見せてくれた、あの火球を作る魔術! 今すぐ発動できるか⁉ できれば大量に!」
「は、はぁっ⁉ な、なにを言ってんのさ⁉ そんなこと――」
「自分の魔力で難しければ、俺の魔力を使え! 俺を通して魔術を発動させる、そんなイメージだ! 俺をかかしと思うな! 剣か杖だと思え!」
「で、でも――」
「エイセンに怒られちまうぞ! いいのか⁉」
「っ! や、やってやんよーっ! あたしは、あたしは最強のピクシーなんだからなぁっ‼」
ポルトは叫び声を上げると、俺の腕へと掴まる場所を変えた。
そこへ、しがみつくようにしながら魔力が注ぎ込まれていく。ポルトの魔力は火傷してしまいそうなくらいに熱く、正に光、太陽を思わせる温度だった。
腕の先から、昨日見たのとは比べ物にならないほどの光が、熱が、一斉に放射される。
大量の火球を生み出す魔術――――俺は咄嗟に、それをこう名付けた。
「「『神体発火現象』っ‼」
その瞬間。
バジリスクの、絶望したような悲鳴が耳を劈いた。
アルレッキーノの秘策、炸裂……⁉
次話更新は1時間後! お楽しみに!




