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最後の乗客は僕だった

作者:南砂 碧海
最新エピソード掲載日:2026/07/12
 娘の五歳の誕生日。残業で遅くなった帰り道、僕は最終バスに乗り込んだ。だが、そのバスはどこかおかしい。停留所に着いてもドアが開くだけで、誰も乗り降りしない。乗客たちは押し黙ったまま前を向き、スマホの時計は同じ時刻を指し続けている。
 隣に座る白髪の男性は、家族の顔を少しずつ思い出せなくなっていると言う。後方の若い女性は、恋人に送ろうとしたメッセージが、送信中のまま止まっていると言う。誰もが「帰りたい場所」を持っているはずなのに、その輪郭だけが、静かに欠けていく。
 前方の運転手に問いただしても、返ってくるのは要領を得ない答えばかり。「ここは、生きている人の終点ですから」――その一言で、僕はようやく、自分の身に何が起きているのかを悟り始める。
 娘のもとへ帰りたい。ただそれだけの願いを抱いたまま、僕はこの終点で何を見るのか。そして、本当に「帰る」ことなど、できるのだろうか。
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