その14.翠、封印。
※フラグは立ちません。
とある日曜日。
日差しの下、喧噪の中。
「翠さーん、がんばれー!」
僕たちは、翠さんの出場するラクロスの試合観戦に来ていた。
「どっちかってーと翠以外がんばれー」
隣席で恩戸くんがぼそりと呟くのに、僕もついうなずく。
点差付いてないと、翠さん風出すからなぁ。
明らかに翠さん目当ての人たちが何人か、会場の隅の方で、白熱する試合展開そっちのけで、ささやき合いながらカメラを構えている。
まぁ、僕もだけど。
目の前には三脚に固定されたデジタル一眼。レンズは望遠。
熱心に機材を調整する僕に、恩戸くんが不思議そうな目を向けてくる。
「樫月、そんなに翠のファンだったの?」
「いや、手元とか細かいとこ見れば風遣いのコツがわかるかもと思って」
「ならあとで撮ったやつちょーだい。俺も分析する」
「了解。で、そういう恩戸くんは、さっきからなにやってるの」
膝に置いたMacBookを、さっきから熱心に操作している恩戸くん。
その手元をのぞきこむ。
「勝率計算。かなりやっつけだけど」
数式びっちりの気持ち悪い画面を見ながら「うん、楽しいなラクロス」と満足そうにひとりごちる恩戸くん。不気味だ。
「……お前ら、スポーツ観戦好きじゃねーだろ」
背後から呆れ声。
「あっ先輩遅いよ」
手を振る僕らに、スカジャンのポケットに両手を突っ込んでやってきた先輩が、白い目を向ける。
「遅刻してきた人に言われたくないなぁ」
「バカ言え、俺はついさっきまで悪の組織と激しい戦いを繰り広げてきて」
「あーはいはい」
ファインダーをのぞきこみつつ僕が適当に聞き流すと、
「これだから文化部は」
不満そうにブツクサ言いながら、先輩は僕ら二人の間にどっかりと腰を下ろす。
「俺野球部なのにー」
恩戸くんが悲しげに両肩を落としていた。
***
危なげなく順当に勝ち進んで、二回戦の開始前。
パタパタと足音を鳴らし、客席を駆け上がってくるユニフォームがひとつ。
「あ、えーと……」
翠さんの幼なじみの。
「よ、楓子」
先輩が気安く片手を挙げる前で立ち止まって、ぺこりと頭を下げる楓子さん。
「こんにちは」
「どうした? 翠はあっちにいるけど」
「あ、はい。あの、お願いがあるんですけど……」
僕と先輩を交互に見て。
「翠のあれ、阻止できませんか」
びゅうびゅうと翠さんの周囲でだけ吹き荒れている、謎の木枯らしを指さす。意気込み具体化しすぎだよ。
ああ、と先輩が軽く呟いて、確認するように僕を見る。
うなずいて「できると思います」と答える僕に、ぱぁっと顔を輝かせる楓子さん。
「ホントですか?! あの、じゃあ、」
「でも、まさかタダでとは言わないよなぁ?」
「え、え?!」と楓子さん。
「先輩ったら悪代官」と僕。
「止めてやれよ樫月」
呆れ顔の恩戸くんが言う。
「あの、何を……したら?」
戸惑いまくりの楓子さんを前に、いつになく楽しげな顔で腕を組む先輩。
「どーうしよっかなー」
おろおろする楓子さんに、恩戸くんが助け船を出した。
「ならさ、試合終わったらみんなでメシ行こうぜ。翠の世話は任せた」
「え、あ、う、うん」
「連絡先教えとくよ。試合終わったら連絡する」
スマホを取り出す恩戸くんに、
「あ、私のも」
楓子さんもスマホを取り出したところで、ちっと先輩の舌打ち。
「それがリア充の手口か」
「いや、何がよ」
苦笑する恩戸くんを無視して、先輩がマイペースに続ける。
「あ、あそこ行こうぜ、駅ビルの屋上にできた」
「ああ、ビアガーデン?」
「試合の後は、やっぱり冷えたビールをこう、ぐいっといくのが格別だよなー」
「先輩、試合出てないのに」
僕が言うと、はー、と先輩がわざとらしいため息をついた。
「これだから、野球観戦も競馬も知らないお子さまは……」
「み、未成年はだめだよー」おずおずと楓子さんが言う。
「え?」
楓子さんの視線は、まっすぐ、先輩の顔に向けられていて。
座席からすっくと立ち上がる先輩の腕を、僕は慌てて掴む。
「先輩どうどう!」
「え? え? 先輩ってただのあだ名じゃ……?!」
「よーしこいつの身長を5cm俺に移植す」
「人体実験だめ!」
あわてて先輩の進路を阻む僕。
真っ赤な顔をしてめちゃくちゃ謝罪する楓子さん。
その顔を見つつ、僕はぼそりと言った。
「まぁ、こないだ合コンはりきって行って、補導されかけてしょげて帰ってきた人だしねぇ」
「あってめ言うなって」と先輩。
「なっにそれ?!」
げらげら笑いながら恩戸くんが聞く。
青筋を浮かべた先輩が無言で取り出したのはーー免許証、Taspo、通学定期券、保険証、住基カード、マイナンバーカード、パスポート。タバコ一箱、ライターに、加熱式タバコの本体とカートリッジ一箱。あとパチンコ玉を数個。ちらっと見えた戸籍のコピーをクリアファイルから取り出そうとしたところで止めた。
「なんでそんなん全部持ってんの?!」
笑いすぎて目尻の涙をぬぐいながら恩戸くんが聞き、
「こういう奴が! いるからだ!!」
先輩が叫んで楓子さんを指さす。
「指ささない指ささない」と宥める僕。
「いや、ていうかさぁ、」
笑顔を消して挙手した恩戸くんが、先輩をよくよく観察してから、大真面目に答える。
「身長だけのせいじゃ、ないんでない?」
ゆらゆらと左右に揺れながら、先輩が低い声で言う。
「……よーし、お前の肉体に丸ごと憑依してやろう……その肉体に別れを告げろ」
「楓子ー! 選手交代だよー!」
コートの中央から翠さんが呼ぶ声。楓子さんがハッとなって。
「いま行くー! あの、本当にごめんなさい。すみませんけど、あの、よろしくおねがいします!」
去っていく白い背中を見送って。
僕はまぁまぁと先輩を座席に座らせて、先輩の前にこぶしを突き出す。
「じゃーんけーん」
「え、なにじゃんけん? イキナリ」
恩戸くんが聞くのに、先輩がこともなげに答える。
「どっちが働くか。二人がかりだと、変なふうに相互作用するかも知んねぇから」
じゃんけんに勝った先輩が翠さんを指さすと、ああと恩戸くんが納得の声をあげた。
「……あ、だめだ。先輩、ボールお願いします。翠さん、ラケット周辺とボール周辺、別々に動かしてるや」
「ちっ」
僕らの会話に、計算の手を止めた恩戸くんがうらやましそうな顔をする。
そんないいもんでもないよ、と、僕は動き回る翠さんから視線を外さずに呟いた。
「力加減まちがえると、翠さんうっかり窒息させかねないから」
「き、気をつけろよ……」恩戸くんが青ざめながら言う。
ようやく仕掛けに気づいた翠さんが、コート上から僕らのほうを振り向いて、怒鳴る。
「ちょっとーお! 邪魔しないでよー!」
群衆がざわざわとざわめいて僕らに視線を向ける中、
「無視だ無視」
しらばっくれるつもりらしい先輩が口を動かさずに小さく言う。
恩戸くんは無言でサングラスを取り出して、かける。
先輩が眉を寄せた。
「このタイミングでそれ、余計うさんくさくね?」
「どーせ証拠はないんだし」
「まぁな。つーかあいつ、楓子に言えよ楓子に」
「楓子は超ガンコなのー!」
「げ」
そうだった忘れてた地獄耳。
明らかラクロスに興味なさそうな、「リアル魔法少女」目当ての男子たちが僕らをめっちゃ睨んでくる。
「もういっそのこと、能力丸ごと吸い取ったりできねぇの?」
恩戸くんひどい。
しばらくしかめっつらで固まっていた先輩が、「ムリげ」と残念そうに首を振った。
楓子さんに駆け寄った翠さんが、なにか話したあと、いきなりラケットでがつっと楓子さんのアゴを捕らえた。
「えっちょ、あれ反則じゃ」
言いかける僕の言葉を遮って、こっちを見上げて、翠さんの怒鳴り声。
「お前らー! 楓子がどうなってもいいのかー!」
「ええええ……?!」
「いやそもそもチームメイトだろーが!!」先輩が怒鳴り返す。
「ああもーう、分かった! 楓子のスカートめくったげるから!」
一気にざわめく観衆。
捕らわれたままの楓子さんが真っ赤な顔で叫ぶ。
「翠のバカ! やったら殺す!」
「なりふり構えよ翠……」苦笑する恩戸くん。
ちらと時計を見上げた翠さんが、大きく息を吸って、叫ぶ。
「こないだのバスジャック事件! あのゴーグ」
「「わーーー!」」
あわてて立ちあがる僕と先輩。
その瞬間、相手チームのラケットの中にあったボールが飛び出し、宙で鋭角に曲がって、ゴールへと飛んだ。
「あ!」
直後、試合終了のホイッスルが鳴る。
「やったぁ勝ちー!」
呆然とする敵チーム。どよめく観衆。焚かれるフラッシュ。飛び跳ねる翠さん。
「あーあ……」
力なく呟いて、僕は肩を落とした。
身支度の早い観客たちが早くも席を立ってぞろぞろと歩き始める中、MacBookのトップカバーを閉じた恩戸くんが、なぁと先輩を呼んだ。
「このあとどーする、楓子に声かけてみる?」
「約束たがえたしなぁ……」
うなるように言う先輩の顔を、恩戸くんがひょいとのぞきこむ。
「なに、先輩、あーいう子がタイプ?」
「あー、先輩、清純派好きですよね」と僕。
「フリーらしいぜ、楓子」
こないだ翠が言ってた、と恩戸くんが笑う。情報が早い。
「……年下扱いしてくる年下なんて論外だ」
ぶすくれたように先輩が呟いた。




