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その12.コンビニで肉まんを揚げてって言うめんどくさい客

オマケ。蛇足話。

僕の目の前で、黒塗りの長〜いリムジンのドアが、滑らかに開く。のぞきこむと、


「お帰りー」


一番後ろの広い座席にふんぞりかえり、堂々くつろぐ翠さんが言う。その隣の恩戸くんが、僕に手を振る。


返事をしようとして、ぎょっと固まる僕。


翠さんの前に、お茶と、高く積まれたお饅頭の山。すぐそこの和菓子屋さんのだ。

それに隠れて見えなかったのだけど--翠さんのすぐ横の床に、広い背中をぐっと丸め、床に肩膝を付いてへこへこと頭を下げご機嫌をとっている、屈強そうな黒スーツが、二人。


「……」


一体、何したの翠さん。


聞くのも怖くて口をつぐんで、ふかふかの絨毯の上を恐る恐る歩いて、床に伏した二人をよけて進んで、僕は恩戸くんの隣に座った。


「聞いてよ樫月。将来はぜひ弁護士か税理士になってここの専属になってくれってスカウトされちった」


目の前のローテーブルにずらりと並べられた名刺を指さして、げらげら笑う恩戸くん。


「……一体、何したの恩戸くん」


「ん、その前髪どしたの後輩くん」


「ん? ああ」


翠さんに言われて、僕は自分の前髪に触れる。ごわごわした妙な手触り。


「焦げた、のかなぁ。先輩が調子乗ってカメハメ波とか昇龍拳とかぶちかますから」


恩戸くんが変な顔をする。


「おまえらこそ何やってんの」


ごもっとも。


「でも見たかった。なにその懐かしいセレクト」


「あ、うん、僕もやってみたいんだよね。こんど試してみようよ」


固い握手を交わす僕と恩戸くん。それを白けた目で見ながら、


「男子よく分かんなーい」


新たなお饅頭の包装をぺりぺりと剥がす翠さん。

ドアが開いて纈纐さんが入ってくる。


「おかえりなさい」と恩戸くんと翠さん。


そのまま閉まったドアに「あれ?」と僕が聞く。


「あのう、先輩は?」


「別件があるそうで」


「別件?」


纈纐さんは肩をすくめて、


「肉まん買いたいからそちらのコンビニで集合、と」


指さした先、少し進んで停まった車窓から見えたのは、大手チェーンのコンビニが一店舗。

そこに、先輩の後ろ姿が一瞬だけ見えてすぐに隠される--


「あっ」


僕は立ち上がって、車から下りる。


「後輩くん過保護ー」と後ろで翠さんが笑う。


ド派手な大型バイクに囲まれている先輩に、声をかけて駆け寄る。

腕組みした先輩と、バイクの兄ちゃんたちが一斉に振り向く。


お互いケンカ腰っぽくない、その場の雰囲気に「あれ?」と首を傾げて、僕は聞く。


「お知り合いですか、先輩」


「まぁな」彼らをちらと見てから、こともなげに答える先輩。「小バエだ」


「そんな、本人たちの目の前で」


どこかで聞いたセリフだ。

……ああ、昨日先輩が読んでたネット小説。割烹着のおばあちゃんが、しゃもじでドラゴン倒すやつ。


先輩の失礼な物言いにも、先輩の手がぺしぺしと車体をさわるのにも、彼らはもの言いたげな顔をするだけで、何も言わない。


「問題ない、話はついてる」と先輩。


「どうやって」


思わずツッコんだ僕のうしろから、


「さっすが、先輩ちゃんモテる~」


お饅頭をもぐもぐしつつ、翠さんが顔をだす。


「男にモテてもなぁー」


「先輩ちゃん、こいうのタイプ?」


「B系? パンク系? っつうの? ピアス開いてる系女子は嫌いじゃない」


二人が微妙にすれ違った会話をしていると、がー、とコンビニの自動ドアが開いて、


「げ」


学ランを着崩しまくった赤い髪の少年が、先輩の顔を見てぎょっとなった。


「よう」


ひょいっと片手を挙げて応じる先輩に、


「……コンビニ……変えたのに……」


とても悲しそうな顔で、ぽつりと呟く少年。


あえて流したのか聞こえなかったのか(たぶん前者)、先輩が「久しぶりに会ったなー」なんて陽気に言って駆け寄っていく。


「さっき話したろ、組長の甥っ子」


「ああ。こんにちは」


先輩の肩越しに学ランくんと目が合った。途端に険のある視線を向けられる。


「何すかソイツ」


「後輩」


先輩の簡潔明瞭な説明。


「どうもー」


にこやかに声をかけたのにギロリと睨まれた。同じクラスに居たとしても互いに絶対話さないタイプだ、仕方ない。


爪先立ちして少年の肩に腕を回し、ニヤリと笑う先輩。


「人質、確保ー」


とたんに、青い顔でガタガタと震えだす少年。

真顔のままの先輩がぱっと手を放すなり、やってきた纈纐さんの背後にさっと回り込む少年。


何か言いたげな纈纐さんから視線を外し、「さぁて肉まん」とわざとらしく言った先輩が体の向きを変え、コンビニ入り口の自動ドアをがーと開ける。


「……で、なにしたの先輩」


僕が後ろから聞くのに、


「さぁて肉まん」


と白々しく先輩が呟く。


不良たちを店内にぞろぞろ引き連れてきた先輩と僕に、大人しそうなバイト店員が、レジから嫌そうな目を向けてくる。そこにまっすぐに向かった先輩が、小銭を取り出しつつ言う。


「肉まん一つ」


「はい」


「を、それで揚げて」


指さしたのは、レジ奥にあるフライヤー。


「は?」固まる店員。


「いや、先輩、ちょ」


あわてふためく僕に、上機嫌で先輩が言う。


「どのコンビニでもだいたい美味いけど、ここのが一番なんだよなー、揚げ肉まん」


「前にもやったんですね先輩」


それも、一店舗どころの話ではなく。


困惑して周囲に目線をさまよわせたバイトが、フライヤー前の書き付けを見つけて「ああ、はい」とトングをつかんで肉まんの保温機を開ける。


『肉まんを揚げろと言う客には素直に応じること!』


値段まで書いてある。


ああ。


じゅわわわ、と美味しそうに揚がっていく肉まん。わくわくしながらそれを待つ先輩。


おおよその事態を理解した僕は、黙って眉を下げて。


「…………あのう、それもう一個」


「お前も食うんかーい」


唐突なツッコミにぎょっとなって振り向けば、恩戸くんのニヤニヤ顔があった。

僕を押しのけるようにして、店員さんを呼ぶ。


「すんませーん、それ、あと2個追加で!」


「お前も食うんかーい」


「だってどう見ても美味そうだし。あ、普段はこんなことしねぇよ?」


「当たり前だよ」


先輩だけだよ。

だっすん。先輩に右足を踏まれた。タイルの欠片が飛ぶ。


「痛いなぁ」


床材にめりこんだ右足を引っこ抜く僕を見て、恩戸くんが羨ましそうな顔をする。


「なぁ、バリアとかできねぇの」


「その手があったか!」


ちょうどレジ横に置かれていたエナジードリンクを掴んで、支払いを済ませてから、仰々しく差し出す。


「恩戸くん、バリアをさずける」


「おっ、いいの、俺がもらっちゃって」


嬉々として受け取り、プルタブを開ける恩戸くん。


「これ飲めばいーの?」


「いや? 飲まなくても、もう効いてる」


「なんだそれ」


くっくっと楽しげな笑みをこぼす恩戸くんが、それを一気に飲み干した。


「よーし。防げよ?」


楽しげな声が後ろから聞こえた。

ごうっ、と轟音を立てて僕らの足元から立ち上る、冷風。


僕と恩戸くんが振り向けば、とんでもなく凶暴な顔をした先輩が、ほかほかと湯気を立てる揚げ肉まんを咥えたまま、左足を大きく踏み出していた。

そのスニーカーの爪先から、白い床にぺきぺきと広がってゆく薄い氷の膜。突然の超常現象を前にして、どよめく不良たち。


自分の分の揚げ肉まんを受け取りながら、僕はゆっくりと眉を下げた。


「それはスーツと革靴でやろうよ先輩。できれば霧の日とかに……」


「ハズレー」


先輩の右腕が、突然、真っ赤な火柱に包まれた。

ほぼ同時に、一瞬にして、鋭くデカい氷の塊で覆われる左腕。

コンビニ店員があわてふためいて、店長を大声で呼びながらバックヤードに消えていった。

周囲の空気が寒暖差に渦を巻く。棚に並んだパッケージがガサガサと音を立てる。


「ああ、そっちか。さっきより歴史が進んでるね」


そういえば今週分読んでなかったと思い至って、本売り場に向かう僕。その背後から、「とやかく言うとゴム人間にすんぞ」と先輩。


「泳げないのはイヤだなぁ」


というやりとりのあと、一拍置いてから二人して恩戸くんのほうを見る。

あつあつの揚げ肉まんを美味しそうにかじりながら、苦笑混じりの回答が返ってきた。


「俺でもそのネタは分かる」


舌打ちを鳴らす先輩。


「すっかりリア充の読み物になっちまって……」


それより、と肩で天井を示す恩戸くん。視線の先には、天井に取り付けられた小さな装置。


「火災報知器、鳴りそうだから出ようぜ」


「おう」


「ねぇ、人目はいいの、先輩」


ラックからマンガ雑誌を手に取りつつ僕が聞くと、黙って外を指さす先輩。

路肩に停められた黒塗りの長いリムジンと、その脇に待機する仏頂面の黒服たちが見えた。


「あそこで野次馬できる市民がいるなら遠慮するけどな」


ほんとだ、通行人どころか車もぜんぜん通らない。

僕がうなずいている間に、さっさと自動ドアを出ていく先輩。


「よーし、恩戸、もっと右、そうそこ。防げよー」


言われるがまま立ち位置をずらした恩戸くんの、ちょうど真後ろ(・・・・・・・)で、タバコの箱を落とした甥っ子くんが、情けない悲鳴をあげて地面にへたりこむ。

鋭い目をした纈纐さんが駆け寄ってきて、何か言おうとするのを、遮るように手を振って、


「なーんてな、冗談だ。ぼちぼちバイトの時間だし」


先輩がそう、つまらなそうにぼやくなり、両腕にまとう炎と氷を、一瞬で消した。

不良たちが目をしばたたかせ、目をこすり、お互いに顔を見合わせている。


ああほんとだ、と時計を確認してから、「絶対、勝ーつ」と僕。


「あっ今日は私も参戦できる! チャリ通!」と翠さん。


「浮くのナシだからね?」「浮くのナシだぞ?」


先輩と僕がハモるのに、


「なんでー?!」


翠さんが地団駄を踏んで甲高い声で叫ぶ。


「……バイト? 浮く?」


疑問符を浮かべる纈纐さんが、問いかけるように隣の黒服に目線を向ける。

彼も困惑顔で首を振る。


なんとも言えない顔をする纈纐さんの、その右肩にのしかかるようにして、恩戸くんが笑う。


「詮索は、しないんっすよね?」

オマケのオマケ。

僕「そういえば、さっき先輩がボコボコにしてきた人たちは、あのあとどうなるんですか?」

先輩「何なすりつけてんだ、お前も加担したろーが」(がすっ)

纈纐「おそらくは、海を渡ることになるかと思います」

僕「えー、マフィアとかそういうあれですか? あはは……」

先輩「おい纈纐、あんときのカジノのツケ」

纈纐「ああ、失念していました。失礼しました。日本円でよろしいですか?」

僕(怖いからこれ以上ツッコむのやめとこう)



オマケのオマケ、その2。

「ていうか、いいのか、他人の手は借りずに俺に勝つんじゃなかったのか」

先輩が聞くのに、へらっと笑う恩戸くん。

「防御はいーじゃん、当たると痛ぇし」

「ルールゆるいなー」と僕。



作業BGM:tacica、防弾少年団


※「割烹着のおばあちゃんが、しゃもじでドラゴン倒すネット小説」:こちらです。

「学園異能力バトルに乱入してきたうちのばあちゃんが最強だった件。」(https://ncode.syosetu.com/n6371dp/)

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