その11.893ごっこしよーぜ!
大学の敷地を出て、少し進んだところにある、ちょっとした脇道。
そこにずらりと並んで停められていたのは、びっかびかの黒塗り高級車。
そしてその車列の前に、黒いスーツ姿の、強面の、見るからに893な方々がずらりと一列に並んで、唖然とする僕らを出迎えた。
「お待ちしておりました」
一礼した一人の男性が、さっと後部座席のドアを開ける。
事態を理解していない僕らをさっさと乗せて、車は走り出す。
そして、数分も経たないうちに着いた先は、でかすぎる日本家屋。
勝手知ったる我が家のように、先陣切ってずかすかと廊下を進んだ先輩が、奥の部屋のふすまをパシンと蹴り開けた。
「おや。突然どうなさいました」
部屋の中に居た茶色いサングラスの大男が、先輩を見て立ち上がる。
先輩は挨拶もなく、いつもどおりの横柄な態度のまま、後方の僕らを親指で示し。
「こいつら社会奉仕したいらしいから、好きに使ってやって、纈纐」
「ええ、ちょ、待、先輩、」
「なんだよ」
めんどくさそうな顔を向けてくる先輩を、僕は慌てて引っ張って、全力の小声で耳打ち。
「先輩こそ、けーさつのご厄介になってるじゃないすか……!」
「はぁ? なってねぇよ。俺は、こいつらの内輪モメ専門だ」
「ええ、」近寄ってきていたスーツの男性が、穏やかな顔で答える。「いつもお世話になっております」
「で、翠。要は事件が起きりゃいいんだろ? ここなら起こし放題だぞ」
「いや……事件起こす方だと困ったことになるんじゃ」
「大丈夫ですよ。我々の諍いは大抵、民事不介入ですから」
「いや……ええと」
そういう問題……なのか? バレなきゃOKなのか?
首を傾げる僕が考えをまとめる前に、近くの扉がバンと開いた。青いスカジャンを羽織った、チンピラっぽい青年が拳銃片手に飛び込んできて――
同時に、先輩が右腕を伸ばして、大きくタテに振る。
近くに置かれていた木製のイスが宙に浮き、
「おうおうドコの――!!!」
がっつん。
威勢よく言いかけたチンピラの頭に直撃。とても良い音がした。
うめきながらその場に崩れ落ちるチンピラ。彼の手から離れた銀色の拳銃が、フローリングを滑ってきて、ちょうど僕の足元で止まる。
精巧なエアガン、じゃあ、ないよなぁ。
「痛……ってぇ!! てめぇこのヤロ、って――なんだお前か、ジャム」
側頭部を押さえて苦渋の表情を浮かべたまま、チンピラは先輩にひょいと片手を挙げた。先輩は冷め切った表情で彼を見下ろす。
「学習しないな。ケンカは相手を見て売れよ」
「やー、でけぇ物音がしたから、てっきりどっかの世間知らずなクソガキが、無謀な殴り込みにでも来たのかと」
……うん、間違ってない。
先輩が指の関節をぽきぽき鳴らしながら、僕のほうを振り返る。
「お前も、学習、しないなぁ」
「だから地の文読まないでってば」
「あのー、ジャムって?」
事態を静観していた恩戸くんが質問で割り込んでくるのに、
「あぁ、こいつね、ココ来ていきなり全員の拳銃詰まらせたから、ジャムって呼ばれてんの」
しゃがみこんだっままのチンピラが、あっけらかんと答えて笑う。
「だって撃たれんのヤだし」と肩をすくめる先輩。
「良かったな、暴発させてたらボンバーって呼ぶとこだったぜ」
チンピラがケラケラ笑う。
……あの、どういうこと。
つまり、先輩、
たった一人でこの屋敷に乗り込んで、怖い人たちに拳銃突きつけられたけど、生きて勝ち抜けた、っていうことが、過去にあったっていうこと?
「何してんですか先輩……」
両肩を落としてボソリと呟く僕に、
「しょーがねーだろ、俺はコンビニ前の、ちょっとした不良たちと遊んでただけだ。そこにいきなりラスボス来やがったんだから」
不満そうに唇を突き出す先輩。
にこやかにうなずく纈纐さん。
「ええ。その場に組長の甥っ子がいなければ、恐らくお会いすることはなかったんですがね」
ちくしょう、もう少しファイト見せろよ組長の甥っ子……。
「『男子中学生一人に絡まれてるから助けて』という涙ながらの文言を聞いたときは組長と顔を見合せましたがね。冗談言うにもプライドはないのかと」
「ええー、筋金入りじゃないすか先輩、中坊の頃からズブズブなんすね」
僕が茶化して言い終わる直前くらいに、がしりと右肩を掴まれた。
「悪かったなァいつまでも若々しくて可愛くって。当時、ぴっちぴちの高3でしたが何かー?!」
ぎりぎりと捻り上げられる、僕の右肩。
「いたたた死ぬ死ぬ、先輩それヤバい」
「安心しろ」
くい、と先輩が指さす先。
纈纐さんが、かっこよく微笑む。
「その後の処理はお任せください」
「わぁープロだぁー」
髪の毛一本すら残らないに違いない。遺骨くらい残して。
「さて、立ち話もなんですので、どうぞ、こちらへ」
案内された黒い革張りのソファに、先輩が当然のような顔をして、どっかりと身を沈める。僕たちも続いて座らせてもらう。
即座に差し出される湯のみ。緑色の揺れる水面から、香ばしい湯気が立ちのぼる。
翠さんの指が、てしてしと、美しい木目の一枚板のテーブルを叩く。
「ねーねー、お茶菓子とかなんかないー?」
「み、翠さん翠さん」慌ててなだめて、「ていうか、すみません、手土産もなく」と僕。
「いえいえ、お構いなく」と向かいの席に腰を下ろした纈纐さん。
僕は周囲を見回して、ふとたずねる。
「あのう、組長? っていうんでしたっけ、一番偉い人は……」
「ええ。本日はご子息と外出されております」
「なんだ? とる気か?」
物怖じしてないらしい恩戸くんが、ニヤリと笑って言って、僕の肩をつつく。
「冗談はTPOを考えて言おうよ……」
「大丈夫」一気にお茶を飲み干した恩戸くんが、背もたれに沈み込むようにして、背後に控える黒服たちを見上げて言う。「こういう組織立った連中ほど、小物のちょっとした一言に、不用意にことを荒立てたりしないもんさ」
ちょっと変な顔をした纈纐さんに、ああ、と先輩が言う。
「ソイツだけは一般人。ちょっと頭が回るだけ。基本サボってっけど」
「おや、そうですか」
爽やかな笑顔のまま、纈纐さんが何事もなかったかのように両腕を下ろす。
恩戸くんがぎこちない動きで僕を見る。
「……なにげに俺、今、けっこう危ない橋渡ってた?」
「みたいだね」
うなずきあう僕らの横。
ソファに深く沈み込んで、指を組んだ先輩がおもむろに言う。
「――よし。とるか、天下」
「ああもう、先輩も」
あははと笑って、僕は先輩の、良い高さにある頭を小突く。
……心なしか据わっているように見える目を僕らに向けて、纈纐さんが小さく聞く。
「ご冗談、ですよね?」
「当たり前。トップ不在の場所を、どーやってとれっての」
あくびをひとつ、そう答えた先輩が、のんびりと足を組み替える。
纈纐さんが困惑顔を浮かべ。
「……さすがに、不死身などということはありませんよね?」
「試してみるか?」
ギラついた目で袖をまくる先輩を、慌てて止める僕。
ぱっと顔を輝かせた翠さんがテーブルに身を乗りだして、「ねぇねぇ」と僕らに言う。
「ここって、出前とれるのかな?」
「やめてやれ、バイトの兄ちゃんが可哀想だ」と青い顔の恩戸くん。
「あはは、首席くんがマジメなことゆってるー」
ふむ、と先輩があごに手を当て。
「……確か、高校んときのダチが一人、今ピザの宅配やってるって言ってたなぁ」
おもむろにスマホを取り出すのを、
「ホントにダチならやめてやれ……」
そっと諌める恩戸くん。
いつの間にか復活したらしいさっきのチンピラの青年が、先輩のつむじを見下ろして言う。
「で、なんだ今日は。ご学友と優雅に社会見学かよジャムくん」
「ちげーよ。で?」
纈纐さんに向けて、催促するように肩を上げてみせる先輩。
ええ、とうなずいてジャケットのポケットからスマホを取り出す纈纐さん。
「ちょうど今から何件か回りますので、同行されますか?」
先輩がうなずこうとしたところで――
「失礼します! 纈纐サン!」
どかどかと大きな足音を鳴らし、強面の男たちが部屋に踏み込んできた。
「先日粗相したガキどもが結託して暴れ始めまして、っと、スンマセン、出るとこっすか」
「ええ」
「はいはーい!」
黒スーツたちの会話を遮って、元気良く挙手したのは――翠さん。
「そんじゃ分担しよーよ。こっちのは私が行くよー。どの部屋?」
あっけらかんと安請け合いする謎の少女に、周囲の全員が一斉に不安そうな目をする。
だけどたぶん、初対面の皆さんと僕らの心配内容は、真逆だろう。
「……恩戸、お前、翠の保護監察官、代理」
先輩がぼそりと言った。
「は?」
「ちょっとー、怒るよ先輩ちゃん!」
まなじりを吊り上げる翠さんを、どうどう、と恩戸くんがなだめ、
「こんなとこに女の子一人で行かせるのは危ないから心配ってこと、だよな先輩?」
「まぁな」
珍しく素直に口裏を合わせて首肯する先輩。僕も何度かうなずく。
僕ら二人では翠さんの暴走を扱える自信がないけど、恩戸くんなら要領良いし口もうまいし頭も回るし、まぁ上手くやってくれるだろう。
「翠、殺すなよ」
「おっけー」
先輩の物騒な忠告にも動揺することなく元気よく答えてぶんぶん腕を回す、どう見てもただの女子大学生を、纈纐さんはじっと見たあと、先輩に尋ねる。
「お任せしても?」
「ま、そこそこ使えると思うぜ。俺ほどじゃねーがな」
自信満々に言い放つ先輩に、「なるほど」と冷静な相槌を打った纈纐さんが翠さんに「よろしく頼みます」と会釈した。
「あ、聞こえた。あっちだね!」
そう言うなり廊下に飛び出して駆け出していく翠さんを、慌てて恩戸くんが追いかける。飛び込んできた男たちもあとを追う。
そのあとに聞こえてきた、驚きを含んだ悲鳴と、物騒な爆音と、命乞いの泣き声は聞こえなかったことにしておく。
……うん、ここでは日常的な物音なんだろう。
間違っても、翠さんが飛び込んで行った部屋じゃない。うん。
***
僕と先輩を乗せた黒塗りの車数台は、いかにもな湾岸沿いの工業地帯の、いかにもな廃屋の前で停まった。
音もなく車から降りた男たちが、ジャケットの下から拳銃を取り出し、黙って目配せしあう。
その男たちを迷いなく追い抜かして、
「ふぁあーあ」
あくびまじりに、ガンガンと音を鳴らしてさび付いた階段を上る先輩。
さすがに全員がぎょっとなった。
「せ、先輩……」
「とっとと片付けて何か食い行こうぜー、腹減った」
普通の音量で言って。
ガン、ガン、と、金属製のステップに盛大に反響する足音。
まずいって。まるで、友人のぼろアパートを訪れた、ただの大学生って感じだ。両手はポケットに突っ込んだまま。
ばぁん、と階段の上で扉が開け放たれる音。
「――誰だ?!」
「俺だよ」
さらっと答えた先輩が跳び、飛び出してきた男を回し蹴りで仕留める。
おお、かっこいい。なんかのアクション映画で観たかも。
一撃で崩れ落ちて動かなくなった男を乱暴に階下に蹴り飛ばして、先輩が僕に向かって手招き。
慌てて返事をして階段を駆け上がる僕の後ろで、ふっと苦笑した纈纐さんが「われわれの出る幕は当分なさそうですね」と呟いて、そっと拳銃を下ろしていた。




