↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

最後の夜会

アルベルト・レオハルト十八歳。王太子成人祝賀夜会。

王城の大広間は多くの貴族で賑わっていた。

音楽。談笑。祝福。誰もが次期国王の輝かしい未来を疑っていない。


◇◇◇


残された時間は、もうほとんどなかった。

今日が最後。失敗は許されない。

直にアルベルトも番を知る。

そうなれば、王家は絶対に私を手放さない。

だから、これで終わらせる。


◇◇◇


私は静かに息を吐いた。視線の先にはアルベルトがいる。

令嬢達に囲まれて、完璧な王太子として微笑んでいた。


私は歩き出した。

「お誕生日おめでとうございます、殿下」

アルベルトが振り返る。その顔から笑みが消えた。

「レティシア」

「成人なさいましたね」

「それがどうした」

「安心いたしました」

アルベルトの眉が寄る。

「殿下は本当に努力家ですもの」

「昔からずっと」

「……」

「兄君より優れていると証明するために」

「弟君より優れていると証明するために」

「レティシア」

「誰より努力していらっしゃった」

アルベルトの表情が強張る。

「私は尊敬しておりますわ」

「黙れ」

「ですが」

私は静かに首を傾げた。

「そこまで努力しても」

一歩踏み込む。

「まだ証明し続けなければならないのですね」

空気が凍った。

「何をだ」

声が低い。

「ご自分が王太子に相応しいと」

周囲の談笑が遠くなる。

アルベルトの青い瞳が私を睨んだ。

「違いますか?」

「…..」

「兄君と比べられて」

「黙れ」

「弟君と比べられて」

「黙れと言っている!」

周囲がざわついた。だが私は止まらない。今日が最後だから。

「大変でしたわね」

「誰より努力しても」

「決定的に足りないものがあるから」

アルベルトの顔色が変わった。

「お前に何が分かる」

何かが切れる音がした。

「私が殿下の仮婚約者に選ばれたのは、殿下に必要なものを持っていたから」

「黙れ」

そして。最後の一撃を放つそっと囁く。


「ずっと証明し続けているのでしょう?ご自分が王太子に相応しいと。

王妃の子だからではなく実力で選ばれたのだと」


「黙れぇッ!!」

アルベルトが私の腕を掴む。凄まじい力だった。

私は床へ叩きつけられた。

背中に激痛が走る。息が詰まった。

会場が悲鳴に包まれる。

「お前に!」

アルベルトが叫ぶ。

「お前に何が分かる!」

その顔を見た瞬間、私は理解した。

本当に理性が消えている。

アルベルトが倒れた私へ向けて足を振り上げる。

頭部へ。


「殿下!!」

騎士達が飛び込む。

振り下ろされる直前でアルベルトが押さえ込まれた。

「おやめください!」

会場は騒然としていた。


私は背中の痛みを堪えながらゆっくり立ち上がる。


「番救済制度の適用を申請いたします」


ざわめきが広がる。

番による生命への危険。それは制度適用の条件の一つ。

そして今、この場には大勢の証人がいた。

アルベルトが目を見開く。

「……まさか」

その瞬間。互いの魔力が震えた。番。

ようやくアルベルトも気付いた。


「最初から知っていたのか」


私は微笑んだ。それが答えだった。

そして、一礼する。


「さようなら、殿下」


◇◇◇


春。領地の風は王都より少しだけやわらかい。

私は窓を開け、ゆっくりと息を吐いた。

白いカーテンが風に揺れる。

遠くには麦畑。その向こうには森。見慣れた故郷の景色だった。


番救済制度の適用は認められた。

仮婚約も正式に解消された。

私は王都を離れ、領地へ戻った。


もう王太子妃候補ではない。アルベルトの婚約者でもない。

自由だった。


◇◇◇


「お嬢様」

侍女が部屋へ入ってくる。

「王都から手紙が届いております」

「ありがとう」

受け取って目を通す。社交界の噂話ばかりだった。その中には見慣れた名前もある。


アルベルト・レオハルト。


あの日以来、一度も会っていない。

聞くところによると、失脚は免れたらしい。

当然だろう。感情を爆発させたとはいえ、王太子としての能力まで失われたわけではない。

ただ、代償は小さくなかった。

成人祝賀夜会での失態。番救済制度の適用。

王家への信頼は傷付いた。王太子としての評価も。

今は以前にも増して公務へ打ち込み、名誉挽回に励んでいるらしい。

それも大変そうだ。

私は窓の外へ目を向けた。

アルベルトは番を失った。

そして、高い魔力を持つ伴侶を。

兄や弟との競争はこれからも続く。むしろ以前より厳しくなるかもしれない。

王太子であり続けるためには、今まで以上に努力が必要だろう。


昔の私なら同情していたかもしれない。

けれど今は違う。

私には私の人生がある。

「お嬢様?」

侍女が不思議そうな顔をする。

「何でもないわ」

私は手紙を閉じた。

あの三か月は、もう過去になった。


机の上には領地開発の資料が積まれている。

しばらく領地経営の手伝いをする予定だ。

農地改良計画や学校設立案。忙しい日々だった。

けれど嫌ではない。


ふと窓の外を見る。

街道の向こうを旅人達が歩いていく。

「番、か」

小さく呟く。

本来なら、理想の相手だったのだろう。運命の伴侶。一生に一人だけの存在。

少しだけ残念ではあった。けれど、番でなくてもいい。


私を見てくれる人なら。私自身に興味を持ってくれる人なら。

きっと。その方がずっと素敵だ。

自然と笑みが浮かぶ。

未来はまだ長い。

良い出会いがあるかもしれない。

ないかもしれない。

それでも、今度は自分で選べる。

それだけで十分だった。


私は窓を開く。春風が頬を撫でた。

そして新しい一歩を踏み出す。

誰かの価値としてではなく、私自身として。


レティシア・ヴァルハルトとして。


これにて完結です。

番って便利な設定ですが、運命だから必ず幸せになれるとは限らないよね。番だったとしても選ぶ権利もあるよねって話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。