最後の夜会
アルベルト・レオハルト十八歳。王太子成人祝賀夜会。
王城の大広間は多くの貴族で賑わっていた。
音楽。談笑。祝福。誰もが次期国王の輝かしい未来を疑っていない。
◇◇◇
残された時間は、もうほとんどなかった。
今日が最後。失敗は許されない。
直にアルベルトも番を知る。
そうなれば、王家は絶対に私を手放さない。
だから、これで終わらせる。
◇◇◇
私は静かに息を吐いた。視線の先にはアルベルトがいる。
令嬢達に囲まれて、完璧な王太子として微笑んでいた。
私は歩き出した。
「お誕生日おめでとうございます、殿下」
アルベルトが振り返る。その顔から笑みが消えた。
「レティシア」
「成人なさいましたね」
「それがどうした」
「安心いたしました」
アルベルトの眉が寄る。
「殿下は本当に努力家ですもの」
「昔からずっと」
「……」
「兄君より優れていると証明するために」
「弟君より優れていると証明するために」
「レティシア」
「誰より努力していらっしゃった」
アルベルトの表情が強張る。
「私は尊敬しておりますわ」
「黙れ」
「ですが」
私は静かに首を傾げた。
「そこまで努力しても」
一歩踏み込む。
「まだ証明し続けなければならないのですね」
空気が凍った。
「何をだ」
声が低い。
「ご自分が王太子に相応しいと」
周囲の談笑が遠くなる。
アルベルトの青い瞳が私を睨んだ。
「違いますか?」
「…..」
「兄君と比べられて」
「黙れ」
「弟君と比べられて」
「黙れと言っている!」
周囲がざわついた。だが私は止まらない。今日が最後だから。
「大変でしたわね」
「誰より努力しても」
「決定的に足りないものがあるから」
アルベルトの顔色が変わった。
「お前に何が分かる」
何かが切れる音がした。
「私が殿下の仮婚約者に選ばれたのは、殿下に必要なものを持っていたから」
「黙れ」
そして。最後の一撃を放つそっと囁く。
「ずっと証明し続けているのでしょう?ご自分が王太子に相応しいと。
王妃の子だからではなく実力で選ばれたのだと」
「黙れぇッ!!」
アルベルトが私の腕を掴む。凄まじい力だった。
私は床へ叩きつけられた。
背中に激痛が走る。息が詰まった。
会場が悲鳴に包まれる。
「お前に!」
アルベルトが叫ぶ。
「お前に何が分かる!」
その顔を見た瞬間、私は理解した。
本当に理性が消えている。
アルベルトが倒れた私へ向けて足を振り上げる。
頭部へ。
「殿下!!」
騎士達が飛び込む。
振り下ろされる直前でアルベルトが押さえ込まれた。
「おやめください!」
会場は騒然としていた。
私は背中の痛みを堪えながらゆっくり立ち上がる。
「番救済制度の適用を申請いたします」
ざわめきが広がる。
番による生命への危険。それは制度適用の条件の一つ。
そして今、この場には大勢の証人がいた。
アルベルトが目を見開く。
「……まさか」
その瞬間。互いの魔力が震えた。番。
ようやくアルベルトも気付いた。
「最初から知っていたのか」
私は微笑んだ。それが答えだった。
そして、一礼する。
「さようなら、殿下」
◇◇◇
春。領地の風は王都より少しだけやわらかい。
私は窓を開け、ゆっくりと息を吐いた。
白いカーテンが風に揺れる。
遠くには麦畑。その向こうには森。見慣れた故郷の景色だった。
番救済制度の適用は認められた。
仮婚約も正式に解消された。
私は王都を離れ、領地へ戻った。
もう王太子妃候補ではない。アルベルトの婚約者でもない。
自由だった。
◇◇◇
「お嬢様」
侍女が部屋へ入ってくる。
「王都から手紙が届いております」
「ありがとう」
受け取って目を通す。社交界の噂話ばかりだった。その中には見慣れた名前もある。
アルベルト・レオハルト。
あの日以来、一度も会っていない。
聞くところによると、失脚は免れたらしい。
当然だろう。感情を爆発させたとはいえ、王太子としての能力まで失われたわけではない。
ただ、代償は小さくなかった。
成人祝賀夜会での失態。番救済制度の適用。
王家への信頼は傷付いた。王太子としての評価も。
今は以前にも増して公務へ打ち込み、名誉挽回に励んでいるらしい。
それも大変そうだ。
私は窓の外へ目を向けた。
アルベルトは番を失った。
そして、高い魔力を持つ伴侶を。
兄や弟との競争はこれからも続く。むしろ以前より厳しくなるかもしれない。
王太子であり続けるためには、今まで以上に努力が必要だろう。
昔の私なら同情していたかもしれない。
けれど今は違う。
私には私の人生がある。
「お嬢様?」
侍女が不思議そうな顔をする。
「何でもないわ」
私は手紙を閉じた。
あの三か月は、もう過去になった。
机の上には領地開発の資料が積まれている。
しばらく領地経営の手伝いをする予定だ。
農地改良計画や学校設立案。忙しい日々だった。
けれど嫌ではない。
ふと窓の外を見る。
街道の向こうを旅人達が歩いていく。
「番、か」
小さく呟く。
本来なら、理想の相手だったのだろう。運命の伴侶。一生に一人だけの存在。
少しだけ残念ではあった。けれど、番でなくてもいい。
私を見てくれる人なら。私自身に興味を持ってくれる人なら。
きっと。その方がずっと素敵だ。
自然と笑みが浮かぶ。
未来はまだ長い。
良い出会いがあるかもしれない。
ないかもしれない。
それでも、今度は自分で選べる。
それだけで十分だった。
私は窓を開く。春風が頬を撫でた。
そして新しい一歩を踏み出す。
誰かの価値としてではなく、私自身として。
レティシア・ヴァルハルトとして。
これにて完結です。
番って便利な設定ですが、運命だから必ず幸せになれるとは限らないよね。番だったとしても選ぶ権利もあるよねって話。




