魔王の実力
今まで分かりづらかった魔王の実力をとくとご覧あれ!
アルテガの仇討ちってわけで、俺を倒そういや、殺そうってか·····。
眼前には、今からでも斬りかからんと剣を構えるクレアと、余裕の笑みを浮かべ、手袋をはめ直しているロン。
久しぶりだ。この感覚は、俺に喧嘩を売る奴なんて、俺が魔王として生きていた時でさえ、そうそうなかったぞ。
辺りの草木をなびかせる夜風が俺の前髪をさわる。互いに放つ殺気に場は硬直し、クレアの表情は緊張しているようにも見える。
「お前らだけで戦力が充分だと思っているのか?」
「そうでしょう? 私の先祖に殺された魔王様?」
俺の問いに間髪入れずに即答するロン。
――君はさ、先程から口にしている俺を殺したっていうの? それ、俺誰からも殺されてないんだけど
とでも言おうとしたが、戦いの前に興ざめしてしまうだろう。
開きかけた口を閉じ、目の前に立つ、俺を殺さんと殺気をぶつけてくる挑戦者に俺の力を見せようではないか
「「ッ!」」
俺の放った圧に余裕が無くなったのかロンまでもに緊張が走ったように、頬を強ばらせる。
「偉大なる火よ、今此処に――」
「遅せぇよ」
ロンの詠唱中に、俺は無詠唱で手始めにファイヤーボールを放つ。
もちろん、それがロンに当たることはなかったが
「ふん、馬鹿め誘っ――グァ!」
避けた所には設置魔法――<火罠>を無詠唱で設置そして爆破
「そこ! ――えっ!?」
俺が魔法を放った後を見計らい、クレアのアルテガ剣術が炸裂するが、俺の纏う魔力障壁にクレアの剣は弾かれる。そこを見逃す俺でもない
「アルテガ剣術<連続技・四連弾>か·····隙が多すぎだ」
無詠唱で火系統上級魔法<紅蓮爆破>を発動。
色鮮やかな紅の炎がクレアに直撃し、当たった瞬間に爆破が起こる。
「きゃあ!」
「勇者の鎧か」
彼女の防具――青と金そして赤でカラーリングされている鎧は、勇者の鎧。別名精霊宝具と言われ、その強度は最上級魔法にさえ耐えうると言われる。
「堕ちたとしても、その装備は持っているのか」
「あ、当たり前っすよ。家宝なんっすよね」
見ると、ダメージはあるがクレアには上級魔法如きは意味を成さない様だ。
「会話に花を咲かせる暇があるのですか?」
おっと忘れていた。さすがモブの子孫だ。
目線をロンの方にへと転じると、地に魔法陣を描き終えたところだったようだ。というか――
「――ッ! あの魔法陣は最上級魔法じゃねぇか!」
「さすがに気づきますよね。ですが、もう遅いですよ」
後ずさろうとした俺の足は言うことを聞かず、硬直しているように固まっている。見ると、俺の足には鎖のようなものが巻かれている。
「ほう、さすがに無詠唱は使えるのか」
「もちろんですよ」
これは闇系統中級魔法<束縛>だ。鎖が足元の魔法陣から出現し、俺の足に絡まっているのだ。
「そして、これでフィニッシュです。水系統最上級魔法<水流五月雨>」
その一言が言い終わると同時に、頭上に描かれた魔法陣と同じものが広がる。
水色で描かれたそれは、水流が勢いよく流れるように出現し、乱れた水が弾丸の如く俺にへと放たれる。
「見事だ」
俺の周りに着弾した土が舞い上がる。
そんな光景を見て、安堵の息を漏らす二人。だが、甘い。平和ボケでもしているのか?
「えっ!」
土煙の中、現れた俺になんで生きているのか分からないっと言ったように困惑する二人。
そんな二人にこの俺が直々にアドバイスしてやろう。
「お前らに問題が二つ程ある。まず、俺に最上級を当てるところまでは良かった。見事に騙され、俺は<水流五月雨>を喰らった。だが、ここで気づくべきだ。クレアの剣術を防いだ魔力障壁が魔法にも同意義の効果をもたらすかもしれないと」
この俺が剣術だけを防ぐ魔力障壁を纏うわけが無いだろう。それを考えておくべきだった。
依然、驚愕している二人に、俺は手で二と示し、会話を続ける。
「次に二つ目。最上級が決まったからと言って安心するな、心臓を貫いたぐらいで安心するな、相手の消滅を確認するまでやり通せ。殺す気で来いよ? 俺らは遊んでるんじゃないんだ。子供の遊戯か? これは」
俺が生きていた時代は、別名魔法発展期とまで言われ、魔法が栄えていた。
正直、今ぐらいの魔法陣ぐらいなら塗り替えが可能だ。直ぐに俺の魔法に変換し、ロンにへと打ち返す事が出来た。
では、何故それをしなかったかと言えば、ひとえにつまんなかったからである。俺を殺すと言っていた二人にここまで拍子抜けするとは思わなかったのだ。
「では、そんな貴様らに俺が直々に魔法とはなんたるか、戦いを、殺し合いを教えようではないか」
やばい、この世界に来てから昔の調子に戻ってしまう。地球でライトノベルを見て、恥ずかしいと部屋の中をゴロゴロしまくったのに!
そんな黒歴史にも似た思い出をそっとしまいながら、俺は最上級を発動させるため、魔法陣を脳内に描く。
無詠唱のカラクリは、本来描くべき魔法陣を脳内に展開しているからだ。それを実行するのに魔法の知識を、その魔法の陣を全てを暗記しなければならない。
まぁ、魔王であった俺にそんなものは苦ではなかったな。
そして、描き終わった魔法陣に魔力を通す。
「これが本当の魔法。水系統最上級魔法だ!」
アレンジを加えた魔法陣が二人の頭上に展開され、水流五月雨が発動される。
それは、先程とは違い、威力は2倍に、範囲は3倍に、持続時間を1.5倍となり、数秒と時間を要し、収まった水流五月雨から現れたのは剣でようやく立てるほどのクレアと、既に倒れたロンだった。
「やはり、お前の方が実力は上だったな」
「はぁ、はぁ」
大方精霊宝具のおかげだろうが、それでも多少のダメージと、衝撃は装備者本人にも襲ってくる。
それに耐える程の忍耐力や防御力は賞賛できる。
「喜べ、俺の最上級に立っていられた者は、お前で二人目だ」
「はぁ、はぁ。多分っすけどアルテガ様っすよね」
そう。俺の最上級に耐えた者はアルテガとクレアだけだ。
もちろんご覧の通りクレアも瀕死、アルテガも無事とは言い難かったがな。
「それで、お前はこれからどうするのだ?」
「·····まぁ、エヴァンに負けてしまったっすからね。というか、分かって聞いていまっすよね?」
「ハハッ」
思わず笑ってしまった。
そう、そうだ。俺は分かっている。堕ちた勇者が偽りとはいえ俺を殺したとされるウォル一族であるロンに手を貸してもらったのには、交渉の上であろう。
もちろん、彼女には交渉道具は己しかない。家はもちろんのこと、土地すらも。唯一あるのは冒険者や勇者としての実力だけ、ならば賭けるもの自分しかなかろう。
「そこまでして俺を殺したかったか?」
「もちろんっすよ。我が一族は代々笑いものにされ、町を歩けば罵倒や言いがかりを投げられ、両親はストレスで二人とも他界。私が実質最後のウォーカー一族っすね」
彼女の目には悲しみも、絶望もなかった。そこにあるのは諦めだけ。自分の境遇はまるで常識と言わんばかりだった。
「その元凶とも言えるエヴァンを殺すことは我々の一族の悲願っす」
「俺を殺したとそこの奴は言っていたが?」
しらを切るつもりか? とキリッと目を釣り上げクレアは言う。
「確かにエヴァンは消滅しました。それはこの世界からの話っす。その転生の力はアルテガ様から奪ったものっすからね」
「·····」
·····知っていたか。
何故スキルが固有能力と表示されているのか? それは生物が持っているスキルはただ一つと決まっているからだ。
では、何故俺が複数の固有能力を所持しているのか? ――答えは簡単だ。奪ったのだ
「転生は我らが一族の固有能力っす。それは、私も所有しているっす。そして、その固有能力を奪うのに必要な条件は所持者を殺すことっすよね?」
その通りだ。
俺の固有能力は奪取。条件はクレアが言った通り、対象つまり所持者を殺すこと。
「アルテガ様を殺したのはエヴァンっす。ということは転生という固有能力は、エヴァンの物になっているっすよね?」
「その通りだな」
クレアの推理は全てが的を射ていた。
「ならば、エヴァン·····お前を憎むことは当たり前っすよね」
そうだな。俺は、転生を奪った。そして、転生し、別の世界――地球でぬくぬくと生きていたことが彼女には許せなかったのだろう。
「まぁ、そんな憎むべき相手に本気にされず、負けてしまったのならもう思い残すことはないっすよ·····」
そして、背を向け去っていくクレア。
俺はそんなクレアを呼び止める事が出来なかった。
ロンは放置·····