約束
前回のあらすじ。
宗太郎、渚、なでしこは防波堤から見渡せる海へと行く。
ちょっとしたピクニック気分で宗太郎はなでしこを見て、その心に深刻な何かを感じた。
そのなでしこの事を知りたいが、知るのが怖いと言う矛盾した思いにかられる。
お散歩は夕刻になり、お開きとなった。
渚ちゃんも家に帰り、僕となでしこさんは自宅へと戻る。
僕は部屋で一人で入る時、スケッチブックを広げて、なでしこさんを描いていた。
描き終わって見てみると、今回はあまりうまく描けていない感じだった。
何か心に引っかかる物が僕の中である事に気が付いた。
それはなでしこさんの笑顔の裏の素顔だ。
なでしこさんは開発されてから僕と同い年の十歳だ。
その間に何か悲しい事に直面したんじゃないかと思う。
なぜ僕はそんなにもなでしこさんの事を気になってしまうのは、ただ単純になでしこさんが好きなんだよね。
多分察し良いなでしこさんは僕の気持ちも知っていると思う。
そしてなでしこさんは何を思ったのか?
色々と憶測が頭の中で巡るが、そのなでしこさんの気持ちを知るのを僕はひどく恐れている。
僕の唯一の肉親のお母さんが誕生日プレゼントとして僕に派遣して貰ったお手伝い兼お友達のなでしこさん。
「なでしこさんは物じゃない」
と僕は人知れず、部屋で呟いた。
それは自分に言い聞かせるように。
時計を見るとそろそろ夕飯の時間であり、なでしこさんから僕に「宗太郎様、お夕飯が出来ましたよ」扉を優しくノックして、入ってきて、呼びに来てくれた。
食卓に並んでいるメニューはオムライスだった。
しかもお茶目な演出が施されておりケチャップでハートが描かれていて僕はちょっと笑ってしまって、何かちょっと沈んだ気持ちがとれた感じで元気になれた。
オムライスを口にするとそれはもう予想通り絶品だった。
なでしこさんは向かいに座り、頬杖をつきながら僕が食べる様子を見ている。
「おいしいですか?宗太郎様?」
「うん」
「良かった」
嬉しそうに幸せそうに笑う。
そのようななでしこさんを見ると僕も幸せなんだよ。
もしなでしこさんがいなかったら、僕は幸せな日々を送ることは出来ないだろう。
そう思うと僕は一つ心配な事が頭に浮かんだ。
そして僕は言う。
「なでしこさんはいつまで僕と一緒に暮らせるの?」
するとなでしこさんは先ほどの幸せな笑顔はどこへやら?目を閉じて黙って、また目を開いて「食後のデザートにプリンなんかはいかがですか?」と笑顔で何かはぐらかされた感じで、僕はちょっと辛い気持ちになった。
そして食後のプリンもとりあえずいただいて、「ごちそう様」と言って使った食器を自分で洗って部屋に戻った。
部屋に戻り、なでしこさんにはぐらかされた事に僕は苛む。
本当になでしこさんは僕といつまで一緒に居てくれるのか?
出来れば僕は一生側に行て欲しいと思っている。
でもなでしこさんは派遣されたロボットでいつかその期限が切れて、なでしこさんは僕の前から去ってしまうのかと不安を感じていた。
なでしこさんが居なくなったら僕は独りぼっちになってしまう。
どうしてなでしこさんは僕の質問に答えなかったのか?
本当になでしこさんはいつまで僕と一緒に暮らしてくれるの?
なでしこさんも僕の事はどうでも良く、ただ与えられた仕事をこなす為に、派遣され僕の前で幸せな笑顔を取り繕い、対応して給仕をこなしているだけなのか?
そう思うと涙があふれ出てきた。
悲しくて寂しくて、僕は独りぼっちになりたくない。
でも渚ちゃんがいる。
でも渚ちゃんをなでしこさんの代わりと思うと、何か嫌な感じがする。
まるで二股かけて浮気しているみたいで。
僕はなでしこさんが居なくなったどうなるのだろう?
篠崎先生が遠回しに言っていたように施設に送られてしまうのだろうか?
そこで僕はいじめを受けてしまうのか。
独りぼっちは嫌だ。
「お母さん」
自分でも情けなくなるくらいに亡くなってしまったお母さんの事を思い出してしまう。
僕がベットの上でうつ伏せになって泣いていると、何か暖かい温もりを感じた。
なでしこさんだと分かった。
でもなでしこさんにこんな涙は見せられない。それに心配もかけたくない。
「宗太郎様?どうしたのですか?」
僕の耳元で優しくささやいた。
その声を聞くと、余計に涙が止まらなくなり、僕の悲しみの堰が切れるように、僕は泣きわめきながらなでしこさんに抱きついた。
「なでしこさん。僕は独りになりたくない。なでしこさんはいつまでも僕の側に居てくれるよね」
勢いに乗って思い切った発言をする。
「そうですね。宗太郎様が私を望むならいつでもお側に居てあげますよ」
「本当に」
と涙で濡れた顔をなでしこさんに向けたが、部屋は真っ暗なままでなでしこさんの顔がよく見えなくて、僕の涙も見えてないと思って、真っ暗な事に僕は良かったと思えた。
でも僕の涙に気が付いていると思う。
真っ暗な部屋の中でなでしこさんを見つめて、次第に真っ暗な空間にうっすらと目の前が露わになっていき、なでしこさんの穏やかな笑顔を確認できて、不安と悲しみから一転して、安心と喜びの心に転換して、そんななでしこさんの胸に顔を埋めた。
「ずっと一緒だよね。僕を独りぼっちにさせないよね」
「はい。宗太郎様がそうお望みなら、いつまでも側に居ますよ」
心が喜びで満ちていく。
*******
僕の気持ちが落ち着き、なでしこさんは翻訳の仕事をしている。
時計は午後九時を示している。
なでしこさんは朝は学校で帰ってきたら、僕の相手をしてくれたり食事を作ってくれ、そして夜になったら、生計を立てる為に働いている。
そんななでしこさんに僕は何かしてあげたいと思う。
何をって言うか、なでしこさんが単純に喜ぶ事だ。
台所に行くと、キッチンも食卓もピカピカでほこり一つ見あたらない。
お仕事の最中にお掃除をしようと思ったが、掃除するところはない。
食卓に何となく座っていると、なでしこさんがパソコンのキーボードをたたく音がカタカタとかすかに聞こえてくる。
ゆっくりとなでしこさんが仕事している部屋に入る。
「宗太郎様いかがなされましたか?」
僕の方は振り向かず、パソコンの画面に向いたまま、キーボードをカタカタと打ちながら、僕の対応をする。
「なでしこさんは・・・なでしこさんは僕にどうしたら喜んでくれるの?」
思い切って言ってしまった。
言ってしまって凄く恥ずかしくなって、一瞬後悔したが、なでしこさんはキーボードをたたく手を止めて振り向いた。
「宗太郎様は無理せずに自分の為に精一杯がんばって入ればいいんですよ」
「自分の為に?」
「そう。誰かの為ではなく、無理せずに自分の為になることを懸命にがんばっていれば良いんですよ」
「じゃあ、僕は何を頑張れば良いの?」
なでしこさんは僕の問いに、穏やかに微笑んで、またパソコンに向かい作業に移った。
しばらくそんななでしこさんの後ろ姿を見つめて、もしかしたらここにいたらなでしこさんに迷惑だと思って部屋を出てゆっくりと扉を閉めた。
自分の為に自分に出来る事を頑張れば良いって。
何か簡単なようで非常に難しい事だと思える。
とにかく頭をぼんやりとしていると、嫌なことがふつふつと思い浮かんでくるので、スケッチブックを手にシャープペンシルでデッサンした。
思えば、こうして絵を描いている時が一番幸せな感じがする。
一心不乱にペンを持って、描きたい物を頭にイメージして描く事が僕にとって最大の幸福な時間だ。
出来れば僕は絵描きになりたいな。
なでしこさんは言っていた。
自分の為に自分が出来る事を頑張れば良いって。
それになでしこさんは僕といつまでも一緒に居てくれると約束してくれた。
******
目覚めると朝だった。
ベットの上で絵を描いている内に、うたた寝してしまい、なでしこさんが僕に風邪を引かないように布団がちゃんとかけられていた。
それに隣になでしこさんが健やかな表情で眠っていた。
時計を見ると午前五時を示していた。
眠っているなでしこさんを見つめて、何か幸せを感じてしまい、僕は窓に生けてあるアマリリスを取りに行き、眠っているなでしこさんの髪に添えて、スケッチした。
絵を描いている時が僕の一番の幸せな時だ。
それになでしこさんを描いている時が、さらにその気持ちを増長する。
ずっと描いていたい。
出来れば学校にも行かずにこうしてなでしこさんを描いていたい。
ずっとその美しいアマリリスを髪に添えたなでしこさんをずっとスケッチしていたい。
もっと美しいものと言うか、僕が描きたい物を描きたい。
ここで僕は決心する、僕の夢は誰にも秘密だと。
渚ちゃんにもなでしこさんにも。
なぜ秘密なのかと言うと、その夢を誰かに言ってしまうともろく崩れてしまうんじゃないかと僕は恐れたからだ。
昨日の渚ちゃんに見られて恥ずかしい思いをして描く事を断念して、本気で渚ちゃんを嫌悪した。
そういったトラブルに発展して、僕の夢が壊れるんじゃないかと思うから、僕は密かに大好きな絵を描く絵描きになりたいと人知れずに心に刻み込んだのだ。
そしてなでしこさんは目覚める。
「宗太郎様?」
寝ぼけ眼のなでしこさんは僕を見つめる。
「おはよう。なでしこさん」
「おはようございます。・・・何を描いていたのです?」
そう言われて僕はスケッチブックを引っ込める。
なでしこさんは僕のスケッチブックを渚ちゃんのように無理矢理見るようなまねはせずに、ゆっくりとベットから起きあがって、太陽の木漏れ日が注ぐ窓へと向かい、そのカーテンを開いた。
お日様の光りが部屋に注がれ、僕は目を細めつつも、なでしこさんのその太陽の光を浴びる可憐な姿に心奪われた。
それに僕が密かに頭に添えたアマリリスの花に気が付いていない。
その時、僕はなぜかなでしこさんならこのスケッチブックを見せても良いと思えて見せた。
「眠っている私を描いたのですね。それとこのアマリリスは・・・」
なでしこさんは自分の頭を手に当てて、ようやく僕が密かに添えたアマリリスに気が付いた。
「フフ」
と穏やかに笑って、アマリリスを水差しに戻して、僕の所に身を乗り出してきて、なでしこさんは僕の頬を優しく包み込むように、そしてそのおでこを僕のおでこにくっつけた。
「今度、私に絵の描き方を教えてはくれませんか?」
僕にささやき、僕はためらいもせずに「うん」と是が非でも約束した。
「さて、そろそろ朝食の準備をしなくてはね」
僕から離れて、なでしこさんは部屋を出て台所に向かっていった。
僕はなでしこさんの頬に残った手の感触とおでこの感触が柔らかく残っていて、僕はちょっとぼんやりとお日様が注ぐ窓の遠くの景色を見て感慨に耽ってしまう。
そして僕の心の底から、何か喜びに満ちた感情があふれてきて、僕はなでしこさんと一緒にどこかでスケッチしている姿を想像した。
何となく小指を突き立てて、「約束」と人知れずに呟く。
*******
朝ご飯も食べ終えて、丁度その時に、渚ちゃんがやってきた。
「おはよう。早ちゃん」
「おはよう。渚ちゃん」
と渚ちゃんは心なしか?すごく機嫌が良さそうに見えた。
「じゃあ、宗太郎様、渚さんもいらした事だし、私達もぼちぼち準備に取りかかりましょう」
僕となでしこさんは学校に行く支度をして、外で待っている渚ちゃんの所へと行き、いつものように三人で学校に行く。
僕は何か浮かれていた。
なでしこさんとスケッチに行く事を想像して。
そんな時である、なでしこさんが渚ちゃんに言い掛ける。
「渚さん。今度よろしければ、私達三人でどこかにピクニックがてらスケッチに行きませんか?」
なでしこさんが渚ちゃんにそう誘いをかけた事に僕の気持ちはひどく萎えてしまった。
渚ちゃんは凄く喜びに満ちた声を発して「良いですね」
「ご存じかと思いますが、宗太郎様はとても絵が上手なのですよ」
「知っている」そういって渚ちゃんは僕の所に寄り添ってきて「早ちゃん。今度私に絵の描き方を教えてよ」
「うん」
とは言ったが心はすごく渋っていた。
僕はなでしこさんと二人きりでスケッチすることを想像していたのに、渚ちゃんがその僕となでしこさんの間に入るのを自然と想像して、ため息が漏れそうになったが、漏らしたら、渚ちゃんに渋っているのを悟られてしまうので、こらえた。
げんなりとしてしまいそうだが、別になでしこさんは悪気があって言った訳じゃないし、それに渚ちゃんにはいつもお世話になっているしな。
仕方がないよね。
明日は土曜日で休日。
ピクニックがてらスケッチは早速日程は明日になった。




