クッキーとレモネード
前回のあらすじ
宗太郎が無意識のうちに渚となでしこを描いたデッサンを渚に奪われ、渚の中で心境の変化があらわれる。
給食の時間になり、僕と渚ちゃんと吉永さんと席を囲んで、食べる。
これは三年生の時と同じ事だった。
「久しぶりだね。こうして三人で給食を囲むの」
吉永さんが嬉しそうに言う。
それよりも僕は早く渚ちゃんからスケッチブックを返してもらいたい事でいっぱいだった。
ここで吉永さんの前でスケッチブックの事を言ったら、好奇心旺盛の吉永さんはそれを見たがる。
そして渚ちゃんは友達である吉永さんにそれを見せる。
吉永さんはどう思うか分からないが、僕はまた死ぬほどの恥ずかしさに苛む。
それは何としても阻止したいから、あえてここでスケッチブックを返してとは言えない。
「楠木君、さっきからそわそわしているけれども、大丈夫?気分でも悪いの?」
「い、いや、大丈夫だよ」
「なら良いけれども」
どうやら僕は気がつかぬ内にスケッチブックを取り戻したい事でそわそわと気分が悪そうに吉永さんに見られてしまった。
尻目で渚ちゃんを見ると、上品に給食のビーフシチューを食べている。
「そういえば楠木君って、絵が上手なんだね」
「えっ?」
「さっき渚ちゃんから見せてもらったんだけど、渚ちゃんと・・・なでしこさんだっけ?凄く鮮明に描かれていて、本当にえっーと・・・」
誰でも良いです。
僕は恥ずかしくて死にそうです。
どうか僕を殺してください。
****** ******
給食が終わって今日は学校はおしまい。
僕は廊下をスタスタと歩いて、下駄箱まで向かう。
その横を両手を合わせながら、渚ちゃんが僕に謝りながらついてくる。
「宗ちゃんごめんね」
今度は僕が渚ちゃんに対してご立腹だった。
もう二度と口を聞いてやるかと無視している。
「ごめんねって言っているじゃん」
ニコニコしながら謝っている。
本当に反省しているのかな?
でも僕はもう渚ちゃんとは絶交する。
下駄箱で靴に履き替え、校舎から出ても渚ちゃんは僕の横を謝りながら付いてくる。
そして、
「ほら、宗ちゃん」
と言ってスケッチブックを差し出す渚ちゃん。
僕はそれを乱暴に奪うように受け取り、
「どういうつもりなの渚ちゃん?僕のスケッチブックを吉永さんに見せたりして・・・」
「・・・だって・・・あんなに絵がうまいのに、・・・誰にも・・・見せないなんて・・・」
僕に怒鳴られてしどろもどろとなっている渚ちゃん。
「もう絶好だ」
と罵って、僕は帰り道を走る。
僕は走りながら思った。
渚ちゃんのいない世界に行きたいと。
そう思いながら走った。
******
走り疲れて、僕は病み上がりで体力が以前と同じような状態に戻った訳じゃなく、すぐにへばってしまった。
「ほら宗ちゃんそうやって無理すると・・・」
追いかけてきた渚ちゃんに優しく腕を捕まれたが、それを強く揺さぶり「僕にかまわないでよ」と言ったら渚ちゃんは尻餅をついて、やりすぎてしまったと思ってしまった。
「痛い」
「ごめん渚ちゃん」
僕は先ほどまであれほど嫌悪していた渚ちゃんに手を差し伸べていた。
渚ちゃんが痛みに悶えている。
僕は凄くいたたまれなくなって「大丈夫?どこか痛くない?」
すると渚ちゃんは顔を上げ、にっこりといたずらな笑みを浮かべて、僕の差し伸べた手をつかんだ。
「ありがとう宗ちゃん」
僕はその差し伸べた手をつかむ渚ちゃんをもう一度振り払って、尻餅を付かせようと思ったが、どうしてだろう?なぜか憎めない。
帰り道、僕と渚ちゃんは一緒に帰った。
絶好だと心に決めたのに、そういう気持ちは今は満更なく、とりあえず渚ちゃんと一緒に帰れて良かった感じがする。
途中の帰り道の分岐点にさしかかり、渚ちゃんは「じゃあね宗ちゃん。なでしこさんによろしくね」と言って別れた。
*******
自宅に帰るとなでしこさんはまだ帰っていなかった。
ベットにダイブしてうつ伏せになり、僕は悩んでしまう。
今日は久しぶりに学校に行き、渚ちゃんのおかげでいじめには遭わなかったけれども、何よりも印象に残ったのは、渚ちゃんにスケッチブックを見られて、さらにそれを友達の吉永さんに見せたことだった。
改めて思い返すと何かムカつき、渚ちゃんと本気で絶交してやろうと思ってしまうが、きっとまた許してしまうんだろうな。
以前も渚ちゃんに嫌がらせをされて、絶好だと思ったことがあり、本気でそう罵ったが、結局許してしまう。
それよりもスケッチブックを見られてしまった事は不覚だ。
さらに無意識に書いたデッサンも見られて、すごく恥ずかしい。
ベットで横たわっていると、ふつふつと嫌な事が頭に浮かんでくるので、僕は絵を描いて紛らわそうとしたが、紙とペンを用意した時に、渚ちゃんと吉永さんに見られて恥ずかしい気持ちがわいてきて描く気持ちになれなかった。
僕はもう二度と絵を描かない。
こんな恥ずかしい思いをするなら。
でもこうしてぼんやりとしていると、退屈になってきて、絵を描こうかと思い、スケッチブックを広げて、昨日書いた渚ちゃんとなでしこさんのデッサンは改めて見ると、何か自画自賛だがいい感じに見えてきた。
でも何を描こう・・・・・。
そして無意識のうちに僕はペンを走らせて描いていた。
出来上がり見てみると、今日渚ちゃんが僕にいたずらな笑みを浮かべて見せた笑顔だった。
眺めているとムカつく。
どうして僕はこんな絵を描いてしまったのだろう。
でもこうしてじっと眺めていると、渚ちゃんってよく見るとかわいいんだなって。やめよう。
そしてまたペンを走らせて、なでしこさんの笑顔を描いていた。
すごく穏やかで、ロボットなのに凄く人間味があって、本当に可憐だ。
僕はなでしこさんの事を考えてしまう。
昨日、僕がなでしこさんに『なでしこさんは僕が守る』と言ったら複雑そうな顔をして、何か・・・何て言うか?分からない。
でも嬉しそうな顔はしていなかった。
そういえば自分でもこっぱずかしくなるが、お母さんにも同じ事を言ったら、すごく喜んでくれた。
ああああ、でもこんなこっぱずかしい事は普通言えないよ。
何で僕はそんな事を言ってしまったのか?
こんな事を渚ちゃんに知られたら、またどんな辱めを受けるか分からない。それにクラスメイトに何かに言ったら、からかわれて僕は死ぬほどの恥ずかしい思いをする。
もしかしてなでしこさん、僕がなでしこさんにそういって寒いなんて思ったのかもしれない。
なでしこさんは言っていた。
『ロボットだけれども、学習能力は人間と変わらない』
って。
そう思うと、僕は何であんな寒い事をなでしこさんに言ってしまったのだろう。
あああああああ、今すぐに僕を殺してくれ。
恥ずかしくて死にそうだ。
「ただいま」
と色々と考えている内になでしこさんが帰ってきた。
僕はそんななでしこさんにどんな顔をすれば良いのか困惑した。
部屋に入ってきて「宗太郎様」と声をかけられたがまともに顔を見ることが出来なかった。
「うん。お帰り」
「学校の方はどうでしたか?」
「何とか?」
「どうされたのですか?宗太郎様?」
と部屋の明かりをつける。
「ううん。何でもないよ」となでしこさんに心配させたくないので、なでしこさんの顔をしっかりと見ていった。
「ん?」
穏やかに微笑むなでしこさんを見ると、僕は何か心がすっきりとした感じになり、僕は何に悩んでいたのか忘れてしまった。
「また絵を描いていたのですか?」
「うん」
「よろしければ、私に見せて貰ってもよろしいでしょうか」
「うん」
なでしこさんにスケッチブックを差し出す。
なでしこさんは僕の絵を見てうっとりと嬉しそうにしている。
なでしこさんになら、絵を見せても良いと思えた。
いやなでしこさんに絵を見て、その穏和な反応が見たいと心からそう思えた。
これからはスケッチブックは学校に持って行かずに、家に保管して、家でこっそりと絵を描こうと思った。
******
時計を見ると、午後三時を示している。
絵でも描いていようと思ったら、なでしこさんが僕にお散歩に誘ってくれた。
丁度おやつの時刻のだから、おやつを持って、昨日なでしこさんとお散歩した海まで行こうという話に僕は飛びついた。
だが、なでしこさんと二人きりの世界を味わえると楽しみにしていたのだが、そこに渚ちゃんが遊びに来て、追い返したい気分だったが、それは良くないし、一応、今日は学校では嫌がらせをされたが、渚ちゃんには守ってくれた。
その事もあって渚ちゃんもお散歩になでしこさんは快く受け入れたが、僕はちょっと渋った感じだった。
僕と渚ちゃんとなでしこさんは海が一望できる防波堤まで歩いていった。
渚ちゃんとなでしこさんは仲むつまじく語り合っていて、僕は何か二人の間に入れない空気に圧倒され、二人が並んで歩いているのをゆっくりと歩きながら付いていく感じだ。
最悪だと思った。
なでしこさんと二人きりが良いのに。
海が一望できる防波堤にたどり着き、渚ちゃんはすごく興奮した感じで見渡していた。
「すごーい。近所にこんな所があるなんて知らなかった」
「渚さんにも喜んでもらえて良かったですね」
僕に小声で言うなでしこさん。
ため息をこらえつつ僕は「うん。そうだね」と心にもない事を言ってしまう。
まあ人は本音と建て前を使い分けていかなければ人とうまくやっていけない。
それはロボットのなでしこさんも同じかもしれない。
なでしこさんはベンチに座ってバスケットの蓋を開けておやつの準備をしているみたいだ。
渚ちゃんは気持ちよさそうに広大な海を見つめて両手を広げている。
「宗太郎様、渚さん。おやつをお召し上がりになってはいかがですか?」
僕と渚ちゃんはなでしこさんに呼ばれて、行く。
「私までごちそうになってもいいんですか?」
とちょっと遠慮がちに言うと、
「もちろんです。今日は私の学校で調理実習でクッキーを焼きました。私は食べる事が出来ませんが、クラスメイトに味見してもらって、味は最高だと言っておりましたので、どうぞ召し上がってください。
それと先ほど作ったレモネードもありますので、よろしかったらそれもご一緒に召し上がってください」
「じゃあ、いただきます」
渚ちゃんがクッキーを取り、一口かじって租借して「おいしい」と言っている。
僕も一つ摘んで口にして渚ちゃんの言うとおり、僕も思わず、「おいしい」と言ってしまう。
そして水筒に入れてきたレモネードを紙コップに注いで僕と渚ちゃんになでしこさんは「どうぞ」と手渡してくれた。
それもよく冷えていてとてもおいしい。
僕達はベンチでなでしこさんを挟んで座って、クッキーを食べながらレモネードを飲んで、何か幸せな時間を過ごしているようで、付いてこられた事に渋々に思っていた渚ちゃんが喜んでくれたことに、なぜか一緒に来て貰って良かったと思えてくる。
「なでしこさん。なでしこさんはロボットなんでしょ。学校のクラスメイトとはうまくやっているんですか?」
「・・・まあ」
とちょっと暗い感じで返答した。
「ごめんなさい。私悪い事を聞いちゃいましたか?」
「そんな事はありませんよ。渚さんの私を心配してくれる気持ちは嬉しい限りです」
と穏やかに笑う。
クラスメイト達はなでしこさんと違ってみんな人間だ。
そんな中でなでしこさんはあまりうまくやっていないように感じた。
このクッキーだって、きっとなでしこさんと同じ班の人と作っただろう。それなのになでしこさんはクッキーを食べる事が出来ないので、もしかしたらなでしこさんは班の人に『せっかく作ったんだから食べなさいよ』何て言われて、なでしこさんは体調が悪いとか、甘い物は好きじゃないとかごまかしたんじゃないか。
それで空気が悪くなって気まずい思いをしたんじゃないかと、ちょっと心配になった。
でもなでしこさんは僕達の前では決して、そんな弱い自分を見せたりはしない。
いつも穏やかに笑って毅然と振る舞っている。
何か分からないけれども、そんななでしこさんを思うと何か辛くなってくる。
でも僕は直接言えない。
その理由は二つある。
一つは先ほども言ったけれども、いつも毅然と立ち尽くして、その隙を見せない事と、もう一つは、これは僕の思い違いかもしれないが、僕が以前『なでしこさんを守る』何て言ったら、何か意味深で、あまり良い顔をしなかったのだ。
僕はなでしこさんに心の底に何か深刻な事情があるような気がした。
でも今の僕には分からなかった。
その事を知りたいけれども、知るのが怖いと言う何か矛盾してしまう気持ちに陥る。




