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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第一節 少年と魔王
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第一節 -4- 魔族と人間の彼我

「……ふむ。まだこんなものか」

 魔王は多くの人間がいる場所にいた。そこには幾つかのテントのようなものが張ってあり、鎧を着た男たちが動きまわっている。

 現在、魔王は衣服を着用していた。できるだけ不自然にならぬよう、偶然見かけた少女と同じような衣服を創造し、それを着用していた。それは黒いローブのようなものだった。首から足まですっぽりと魔王はそれに収まっていた。

「さて、まずは此処の君主に会おうか」

 呟き、魔王は魔法を発現させ、そこらに歩いている兵の頭の中を閲覧する。情報=君主、『閣下』、最も大きいテントに存在、倒してはいない――魔王は首をひねった。魔族を倒してはいないとはどういうことなのか、と。あれを倒したのは此処の君主ではないのか、と。

 魔王はその他の兵の頭も覗いたが、それは変わらなかった。だが、それにはあまり気をかけなかった。どうせ、此処にいる人間は全て殺すのだ。何も変わりはない。

 なら何故、魔王はわざわざ情報収集などをしたのか。それは、あれを倒した者がどんな者なのか、それを見たかったのだ。どういう戦いをしたのか。それが見たかったのだ。彼がどうやって死んだか――否、最期をどうやって生きたのかを。

 しかし、それも見ることは叶わぬらしい。魔王は残念ながらも、それを見ることは諦めることにした。元より、最期をどうやって生きたのかは見たかったが、どうやって死んだのかは見たくはなかったのだ。あれも、我にそのような姿を見られたくはないだろうからな。と魔王は思った。

 そして、魔王は早速、することにした。

 復讐という名の弔いを。


      *


「くそっ! どうなっているんだ!」

 その拠点の最も大きいテントで男は叫ぶように言った。金髪碧眼。二十五という若さにして将軍の地位に昇りつめた天才。『閣下』と呼ばれる男だった。

「閣下! 早く逃げてください! 現在の装備では、とても勝つことはできません!」

「却下だ! 此処にはもう、私たち以外の人民もいるのだぞ! それなのに、私だけがのうのうと逃げるわけにはいかん!」

「ですが、閣下の命と平民の命では……」

 それに『閣下』と呼ばれる男は部下を睨みつけ、

「同じだ! 否! 私よりも人民の命の方が重い! 戦で死の覚悟をした私たちと、そんな覚悟もない人民。そのどちらかと問われれば、死を覚悟している者が死ぬのが道理だろう!」

「しかし、閣下……」

「くどい! 確かに、一昔前までの私ならば、我先に逃げかえっていただろう。しかし、今やそんなことも言えまい。あんな少年でさえ、あれほどの魔族に打ち勝ったのだ。それなのに、貴様たちは報告を捻じ曲げ、私が討伐しただのと……。私たちは、何もできなかったではないか! あの少年の戦いを見ているだけだった! そんな醜態を、もう晒すわけにはいかない!」

「それは……」

「まだ何か言いたいのか! 良く思い出せ、あの少年の言葉を。思い出したか? 『お前らが最強だなんて、この国も終わりだな。俺一人のが、この国の全軍よりも強いんじゃないのか?』。ただの少年に、そう言われたのだぞ。情けないという感情を込められて。憐れみという感情を込められて。諦めという感情を込められて。

 そんな感情は、もうあの少年には抱かせない。国民には抱かせない。そう誓ったはずだろう? 少なくとも、私は誓った。王と、我が心に。故に、もう逃げるわけにはいかないのだ。私たちは、戦い、勝たなければならない。国民の英雄でなければいけないのだ」

『閣下』の言葉に、部下である男は口を塞ぐ。そして、重々しく、頷いた。

 それに『閣下』は「よし」と言い、大きく声を張り上げた。

「これより、急遽襲撃してきた魔族への対策を即急に練る! まず第一に、近辺に住む人民を退去させろ! 強制でもかまわん。転移魔法を使ってでも退去させるのだ! 次に、魔族を撃退する。それは人民を逃がした後だ! では、編成を行う――」

 言っていると突然、彼の背後で爆炎が舞った。テントが燃え、そこから一人の少女が悠然と歩み寄って来た。魔族だ。すぐにそれは理解できた。存在が違い過ぎた。

「貴様が此処の長か。魔力量は貧相なものだが、中々良い目をしている」

 少女の姿をした魔族は顔に少しだけ笑みを浮かべ、『閣下』へと手を伸ばした。「貴様っ!」と部下がそれを防ごうと、魔族へ向かって自らの剣を振った。すると、剣に刻まれた模様が光り、その模様に付加された魔法が発動する。剣の軌跡から風の刃が飛び出し、魔族へと向かう。むろん、それはただの風ではない。魔法により創りだした風。魔力付加によりその威力を極限にまで高められた刃だ。

 だがしかし――やはり、それは魔族には全くと言っていいほどに効果がなかった。魔族はそれに目も向けなかった。確実に直撃した。だが、魔族は傷一つない。

 そして魔族は『閣下』に伸ばした手を下ろし、妨害魔法か、と呟いた。

「貴様ではなさそうだが、それだけの使い手が、人間にはもういるのか」

 魔族は自らの顎に手を当て、思案するように言う。自分たちが眼中にないようだった。それに苛立ちはしなかった。ましてや安堵してしまっていた。その事実にこそ、苛立った。

 どうした。倒せ。目の前には魔族がいる。倒せ。立ち向かわなければいけない。今こそ剣を取れ。魔法を使え。その肩書きはなんなのだ。『閣下』と呼ばれた肩書きは。そう呼ばれているのは何故だ。それを考えろ。先ほど自分で言ったばかりだろう。逃げてはいけない。立ち向かうのだ。勝つのだ。戦い、勝つのだ。英雄でいなければいけない。自分たちは英雄でいなければいけないのだ。国民の英雄でいなければ。希望でいなければいけない。国民に不安ではなく安堵を与えなければいけないのだ。そのためには、勝たなければ。生き残らなければ。戦え。剣を取れ。戦え。魔法を使え。戦え、戦え、戦え――

「おおぉっ!」

 叫びながら『閣下』が剣を鞘から抜き放ち、同時に魔法を発動する――剣に込められた魔法ではない、自らの魔法。停止魔法。一定の範囲の空間を対象として停止させる魔法。空間ごと対象を停止させる魔法。『閣下』がそう呼ばれる理由の一つ。これだけ高位の魔法を扱える人間は、魔法に研究が未だあまり発展していない現代では、一握りしかいない。

 それを見てすぐに部下たちも自らの武器を取り出し、魔法を扱える者はその準備をする。魔法には少しの準備を要することが多い。それが高位の魔法であればあるほど、その時間は長いと言われている。魔法とは糸を編むようなものだ。ある人間の言葉が思い出される。魔力と言う糸を編み、魔法を形成する。その喩えは言い得て妙だと思えた。確かに、その通りだ。高位の魔法であれば、その難易度は上がり、焦ってしまえば失敗してしまう。それは確かに、糸を編むことに似ている。

 彼らは魔力を編み、魔法を発動させる。雷、炎、水、氷、風。そんなものが一斉に魔族へと向かう。

 ――と。

「人間如きが空間停止魔法を扱えるとは少々驚いたぞ。だが、この程度の錬度では、まだまだだな」

 そんな声が聞こえた。

 誰の声か。そう思った。しかし本当はわかっていた。ただ、それを信じたくないだけで。

 魔族の声だ。

 魔族は停止魔法がないかのように口を動かし、軽く手を払った。すると、それだけですべての魔法がかき消された。

 驚きのあまり何も言えなかった。そして、驚いている余裕などなかった。

「最早、貴様らから得られる情報はなさそうだ。知っていたとしても、妨害魔法によってその情報は得られん。だが、収穫はあった。人間に、空間停止魔法はまだしも、妨害魔法を扱える者がいるとは思わなかった。空間停止魔法は物理的な、物質的な魔法だが、妨害魔法は情報的な、概念的な魔法だ。

 人間がその領域に至ったことを称え、貴様らは苦しまず殺してやろう。喜べ。魔王直々に殺してやるのだ。これほど光栄なことは、ないだろう?」

 その言葉とともに、魔族の身体から途方もない魔力が溢れ出していることが感覚された。同時に、その言葉自体に驚いた。

「魔王、だと?」

 思わずそう口に出していた。魔族はそれに笑みを浮かべながら、「然り」と言った。

 魔王。

 人類の最大の敵。魔族の長。ただ一人だけで、魔族の総戦力の半分以上を占めるといわれる者。

 その事実を確認した瞬間、そこにいたすべての人間が魔王へと襲いかかった。

 魔王に恐怖は抱かなかった。ただ怒りを抱いた。殺意を抱いた。こいつさえ殺せば。殺してやる。殺してやる。殺してやる。そんな思いに塗りつぶされた。

 直後、その視界が白に塗りつぶされた。

 虚無に塗りつぶされた。

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