表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
39/112

第三節 -2- 勇者尋問

「貴様ら、何が目的だ?」


 目の前の男が高圧的に訊ねた。


「とりあえず、この都市の長に会わせろ。話はそれからだ」


 勇者は全く物怖じせずに答えた。


「そんなことが許可されると? 冗談を言うなら、丁度いい、僕の研究課題は、『人間に対して有効な魔法』だ。どうやら、貴様は結構な使い手のようだし、良い研究結果が得られそうだ」


 男は、勇者の手首に魔法封じの魔法が付加された枷をしたから、勇者には何もできないと思っているのだろう。

 自分が圧倒的に優位な立場であると確信したように、脅迫するように言った。


 しかし無論ながら、そんなことはないのだ。


《……あの、勇者様》


 サヤからの通信魔法。

 魔法封じの枷がされているのはサヤも同じなのだが、彼女は通信魔法を使った。


《これって、全然、魔法を封じられていないですよね?》


《いいや。まあまあ封じられているよ。ただ、俺が教えた魔法は少々特殊だから、対応していないんだよ》


《対応していないって……。そんなのでいいんですか?》


《駄目に決まっているだろう。だが、サイズ的に見て、これは人間用の枷だからな。ここを見ることができて、さらには魔法障壁を乗り越え、拒絶の魔法が付加された門を突き破るほどの魔法を扱うということは、それだけ危険性が高いということ。だから、条件付けをすることによって、魔法封じの効力を高めたんだろう》


《でも、通信魔法に対応していないって、かなり駄目じゃないですか?》


《だから言っているだろう。俺の魔法は特殊だ。それは、通信魔法も同じことなんだよ。教える必要がなかったから教えていなかったが、俺は他の人間に盗聴される危険性を考慮し、新たな通信魔法を生み出した。一応、普通の通信魔法よりは高性能になっている》


《へえ。そうなんですか》


《だから、決してお前が魔法封じを無視できるほどの実力になっているわけではないぞ》


《……わ、わかってましたよ》


《それならいいが》


 サヤは通信ではそう言っていたが、見ると、その表情を暗くして、落胆しているように見えた。


「……貴様ら、状況が把握できていないようだな」


 何も言わない勇者たちが頭にきたのか、男は苛立ちに顔を歪め、勇者の頭に手を当て、言った。


「私は、今すぐにでも、貴様の頭を破裂させることができるのだぞ? それが、わかっているのか?」


 高圧的に、威圧的に、絶対的優位の立場に立っている者でしか言えないようなことを、男は言った。


 しかし、無論、勇者はそのようなことで怯えはしない。

 それどころか逆に、勇者は高圧的に威圧的に、絶対的優位の立場に立っていることを確信しているように言った。


「お前こそ、全くわかっていないな。早く、この都市の長に会わせろ。さもなくば」


「さもなくば? 今の貴様に何ができると言うのだ。その、魔法を封じられている貴様に」


「さもなくば、こうする」


 勇者は、これ以上交渉を続ける意味はないと判断し、魔法を行使し、枷を破壊した。


 力任せに壊したわけではない。

 当然、力任せに破壊することは可能だが、それは魔力を無駄にする。

 勇者は超微量の魔力を枷に流し、その反応から魔法の構造を理解し、その構造から、どのようにして魔法が構成されたのかを逆算し、その結果から、『その魔法を逆に行使した』。


 逆に行使された魔法は、そのまま逆に発動される。

 勇者はしばしば、魔力を糸、魔法を糸で編んだものに喩えるが、今勇者がしたことは、糸で編んだものをほぐして、元の糸の状態に戻す、といえばわかりやすいだろうか。


 とにかく、枷は破壊された――いや、破壊されたと言うよりも、元の状態に戻ったと言った方が正確かもしれない。

 それほど自然に、魔法で作られたその枷は、跡形もなく消滅した。


「こうする? 何を、どうすると言うのだ」


 男はまだ気付いていないようで、勇者を蔑むように笑った。それに、勇者も笑い返した。


「……何故、笑っている?」


 男はその表情を変え、眉間にしわを寄せ、言った。


「いやなに、お前が、馬鹿すぎてな」


「……ふざけるのも、大概にしろ」


「お前がな」


 勇者は目にもとまらぬ速さで腕を動かし、右腕で自分の頭を掴んでいる男の腕を押し出すように払い、左腕で男の頭を掴み返した。

 男はそれに全く反応できず、「ほら、な?」と勇者が声をかけてはじめて、自分が頭を掴まれていること、勇者の手から枷が無くなっていること、立場が完全に逆転したことに気付いた。


「うっ、あ、うぁあ!」


 男は驚き、うろたえ、ほとんど反射的に魔法を行使した。

 男の腕に紫電が走り、次の瞬間、それは雷光となって勇者に向かった。


 魔法は勇者に直撃し、『破壊』の魔法が付加されていたその雷光は、猛るように輝き、その部屋を光で包んだ。


「……はっ、ははっ」


 男はやっとのことで声を出し、笑った。


「そうだ、そうだ。魔法を使えば、こんなやつ、簡単に殺せるんだ。枷なんて、必要なかった。私は、この都市の人間なのだから」


 そうやって、自分に言い聞かせ、男は、大きく笑い始めた。


 それがうるさかったのか、勇者は男の喉をしめ上げ、声を出せないようにした。

 男は「ぐえぇ」という、情けない声にもならないような声を出した。


 男は何が起こったのかわからないとでも言うように、勇者の方を見た。勇者は呆れたようにして言う。


「こんな魔法、征服するまでもない。ほんの少し、構造を刺激したら、それだけで消える魔法だ。結合力が弱すぎる。それに、無駄が多すぎる」


 男は一瞬、勇者の言っていることの意味を理解することができなかったが、そこは魔法都市の人間ということで、一応は理解に至った。


 簡単に言えば、勇者は、全く何の魔法も使わずに、男の魔法を消したのだ。


 先ほど、勇者は枷を『魔法を逆に行使する』ことで魔法として構成される前の状態にまで戻した――つまり消滅させた――が、今度は魔法すら行使していなかった。

 微量の魔力を放出しただけで、魔法を消した。


 魔法を構成しているのは、無論、魔力だ。

 ならば、構成している魔力構造を変えれば、魔法も変わることは当然の帰結と言えよう。

 勇者は微量の魔力を放出することによって、男の発動させた魔法の魔力構造を刺激し、その魔法を瓦解させたのだ。


 どこかの国では、家を建築する際、レンガを使うが、そのレンガのある一部分を、まだ固まっていない時に抜き取った時、その家は崩れ落ちる。

 それを同じようにして、勇者は自らの魔力で男の魔法を構成している魔力の一部分を刺激し、押し出し、魔法を瓦解させ、消滅させたのだ。


 勇者はいとも簡単にやってみせたが、こんなことは普通の人間にできる芸当ではない。魔法についての深い理解と、途方もないセンスが必要だ。


 それをわかっていた男は、自分が今相対している相手が、どれほどの実力を持つのかも、同じようにわかってしまった。

 男は先ほどまでの、優越感に浸っているような顔から一変し、絶望の淵に立たされている者の顔になった。


 しかし、男は命乞いをすることはなかった。それどころか、通信魔法を発動した。


 勇者は通信魔法の発動を難なく見破り、それを盗聴した。

 内容は救援要請。

 魔族よりも危険性が高い者がここにいる、という連絡。

 自分が殺されることを達観し、もう諦め、だがこの街は救ってみせる。

 そんな思いがひしひしと伝わってくるような内容だった。


 勇者は男の精神に感心しながら、このままじゃあ面倒なことになると思った。


 故に、勇者は強引に通信魔法に入りこんだ。


《ちょっと待て。俺は、この都市をどうにかしようなんて、思っていない》


 それに、男はひどく驚いた。通信魔法の割り込みなど、彼は今までに見たことがなかったのだ。


《……誰だ? いや、訊ねる必要はないか。報告の、侵入者だな?》


 通信魔法の相手の言葉。勇者はそれに、嬉しそうに笑った。


《察しが早くて助かる。とりあえず、俺の目的は、この都市の長に会うことだ》


《それは……》


 と相手は言い淀む。すると、男が言った。


《こいつは危険だ! 絶対に、許すな!》


 それに勇者は男の方を見る。

 睨んだわけではないのだが、男は大きく震えた。

 しかし、その目だけは威勢がよかった。

 勇者は男に対して好感を覚えた。

 ――こんな状況になって、反感を覚えるのは良い傾向だ。この街は、予想通り、教育を受けている人間が多いようだ。

 そんなことを思った。


 しかし、この都市の長に会えなくなるのは困るし、強行突破するのも、魔力を無駄に使いたくないので、できれば回避したい。


 故に、勇者は言った。


《もう面倒だ。お前もわかっているんだろう? この都市の長ならば、それくらいわかって、当然なのだから》


 その言葉に、男と通信先の相手は、何を言っているんだ、気でも狂ったか、というような言葉を言った。

 しかし、それは、彼らに向けての言葉ではなかった。


《そうだな。ワシくらいになれば、この程度は造作もない》


 突然、声が聞こえた。

 男でも、通信先の相手でも、勇者のものでもない、老人の、声。


 それに男と通信先の相手はひどく驚いた様子を見せた(通信先の相手に関しては見えなかったが、おそらくは驚きと未熟という要因により、驚きに息を呑むことを通信した)が、勇者は全く動じず、笑みさえ見せた。


《ようやく、か。お前がどんな人間なのかは知らないが、通信する限り、俺の存在くらいは、この都市に突入した時からわかっていただろう。趣味が悪いな、お前》


《そう言うな。ワシも忙しかったのだ》


《よく言う。しかし、俺以外にも、通信魔法を盗聴できるほどの、割りこめるほどの使い手がいるとはな。若干ながら、驚いた》


《それは慢心だな。この都市は魔法都市だ。その程度、百人以上はできる》


 その言葉に、勇者は感嘆の息を漏らした。


《ほう。それは予想以上だ。期待はしていたが、まさかそれほどとはな》


《確か用件は、ワシと会いたいのだったか?》


《ああ。会わせろ。通信魔法くらいの繋がりじゃあ、お前の力量くらいしか解らん。お前の知識全てを覗いてやるから、早く会わせろ》


《よし、許そう》


 その即答に、男と通信先の相手はまたもや驚いた様子を見せた。


《そなたらも、聞いたな? では、その男を解放し、ワシのところまで連れてこい》


 老人の言葉に、男ははっとして言った。


《本気ですか!》


《ああ、本気だとも》


 老人は言った。男はそれに納得できない様子だったが、《わかりました》と答えた。


 そして、男は「ついてこい」と言って、勇者を睨んだ。


 次に、勇者はサヤの枷に一瞬だけ手を触れさせ、枷を消滅させると、「ああ、つれていけ」と言った。


 最後に、サヤはわけがわからず、首を傾げていた。


 何があったの?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ