第一節 -2- 酒場には陽気な男たち
「お前が、『魔王を倒す者』なんて名乗ってる奴かぁ? まだガキじゃねぇか!」そう言って、椅子に座った男はがははと笑った。男は机に乗っているジョッキを手に取り、その中のビールを飲む。ごくごくと喉から音が鳴る。ジョッキから口を離すと、男はぷはぁーと満足したような息を吐き出し、げっぷをする。
「ふざけんじゃねぇよ! お前みたいなガキが、あの魔王を倒すぅ? こりゃあ傑作だ! 俺らはそんな御方と話しているらしいぜ!」
臭い息をまき散らし、男は大きく声を上げる。それに同調するように、周りの男ががははと笑う。
そんな中、少年は壁にもたれかかっていた。嘲笑を受けても、それに眉をひそめることすらせずに、ただ壁にもたれかかり、目を伏せていた。
「うぉいおいおいおい。なんだぁ? 魔王を倒すなんてほざいてんのに、こんなただのおっさんたちにびびっちゃってるんでちゅかぁー?」
男が大きく身を乗り出し、少年の顔に当たるか当たらないかの所でげっぷをする。それに周りの男たちからさらに大きな笑いが起こる。
「……おい」
少年が口を開き、目を開いた。そして、男をじっと見つめる。
「臭い。顔を近づけるな」
そんな言葉に、男はがはっと楽しそうな笑みを漏らし、「こいつ! やっぱりびびってやがるぜ!」と少年に指を向け、大笑いする。それに男たちも大笑いする。
しかし、そんな中、少年を除いてもただ一人だけ、笑っていない男がいた。少年を見て、びくびくと震えて「もう止めろ。殺されるぞ」なんてことを呟いている男がいた。
それに周りの男は「何言ってんだよ。あいつなんかに殺されるわけねぇだろ」「まだあんなガキだぜ? そんなガキが魔王を倒すだの言ってるんだ。そんな無謀なこと、止めさせなきゃなんねぇだろ?」「つまり、俺達がしてるのは善意からの行動ってわけだ」その言葉が終わると、男たちはまた笑う。
だが、その男だけは笑えなかった。その男は、この日、少年に護衛を依頼されていた男だった。そして、少年の力を見た男だった。
「止めろ。止めろ。本当に、殺されるぞ。一瞬だ。あんな化物、見たことがない。あんな魔物を瞬殺したような人間、見たことがない。駄目だ。あれは。駄目だ。駄目だ」
そんなことを呟き続ける男を見て、周りの男たちは肩をすくめた。こりゃ駄目だ。そんな感情を表していた。
そうこうしている間にも、少年への煽りは続く。
「僕ちゃぁん。そんなこと、不可能でちゅよぉ? 閣下なら、可能性はあるが、僕ちゃんにはできないよぉ。本当は、魔物を見ただけで、漏らしちゃうんじゃないかなぁ?」
そう言って、がははと笑う男たちに向かって、少年はきょとんとした顔で言う。
「閣下? それは、グローリーのことか?」
「そうに決まってんだろ」
「あれなら、魔王を倒せる器じゃあないぞ。北地区だったか? あれを奪還する時も、たいして役に立たなかった。まあ、他の奴らに比べれば根性はありそうだったが、それだけじゃあ、な。そして、そんな奴を持ち上げるだけの部下たち。あれなら、あそこにいた魔族たちのが、よっぽど優秀だったぜ。そんな団が国で最強とも謳われているなんて、本当に、どうかしてるぜ」
ふっと笑みを浮かべながら話す少年を見て、男たちは大きな笑いを上げた。
「何がおかしい?」
少年が訊くと、男が腹を抱えながら、
「いや。妄想もここまでいくと、な」そう言って、堪え切れないようにげひゃひゃと笑いを再開した。
「……お前らはいつもそうだ。今までにこの話をまともに聞いてくれた奴なんて、片手で数えるくらいしかいない」
「はぁ? いんのかよ、そんな奴。いるなら見てみたいぜ」
ひいひい笑いながら言う男に少年は諦めたように嘆息した。
直後、少年の右手の甲に光を放つ模様が現れた。
男たちはそれに驚き、笑いを一斉に止めた。魔法によって刻まれた模様だということがわかったからだ。そして、その模様が、限定された者にしか刻むことのできないものだったからだ。
模様は少年の手の甲から浮かび上がり、宙でそのサイズが大きくなった。そしてその輝きを増し、閃光となった。男たちは思わず目を瞑り、光が消えた。
目を開けると、そこには一人の男がいた。藍色の髪。それと同じ色の瞳。身長は高く、瀟洒な甲冑を着ていた。腰には何本もの剣が携えられている。
その男には見覚えがあった。いや、正確には聞き覚えがあった。何本もの剣を用い、いくつもの領地を奪還してきた男。『閣下』と呼ばれる男とその栄光を二分する者。その誇り高い精神と、瀟洒な外見から『騎士』と呼ばれる者。
――王室直属護衛隊隊長、リスト・サージヒルド。
その男が、跪いていた。無礼にも壁にもたれかかったままの少年に向かって、跪いていた。
「なんだ、リスト。俺は忙しい。用があるなら簡潔にな」
「はい。申し訳ありませんが、至急、王宮へ来て下さい」
「理由は?」
訊ねると、リストは少し首を回し、
「ここでは、少し」
「そうか。わかった。行ってやる」
「本当ですか! ありがとうございます!」
リストは顔を輝かせた。
「ああ。お前を寄越したってことは、それだけのことなんだろう。じゃあ、行くぞ」
少年がそう言った瞬間、少年とリストの姿が消えた。
男たちは唖然としていた。