第二節 -6- 青年訪問
「権力に屈するのは当然であり、屈しなかったらかなり面倒だが、やはり好かんな」
青年は自分の手の甲に刻まれた紋様を見て言った。魔力を流した時に浮きあがるようにされた紋様である。この紋様はこの国の王にしか刻めないものであるらしく、つまりその紋様を刻まれた者は国王に認められたという証を得たことと同義となるらしい。
「って言っても、これくらいの魔法なら、解析すれば簡単にできるんだがな。俺じゃなくても、今ならけっこうな数の人間ができるだろう。グローリーとかリストとかなら、これを見せただけで三時間も経たず完全に模倣できるようになるんじゃねぇか? 俺は実際に刻まれたから、一秒とかからなかったが」
言って、青年はくっくっと笑った。あの時の王の顔は忘れられない。自分の力量を認めたからこそ、この紋様を自分に刻んだんだろうが、あそこまで早く解析されるとは思ってもみなかったんだろう。確かに、数年前までの自分なら数分はかかっただろう。しかし、魔法学は常に発展し続けている。それは、自分も同じことだ。
軒並みいる魔族が襲撃を仕掛けてこなくなったせいで、わざわざ自分から魔族の方に出向かなくては魔力を補給できなくなってしまった。元より魔族は駆逐していくつもりだったから別に良いのだが、やはり自分から出向くのは面倒であった。
一つ魔族の拠点を見つけると、そこにはかなりの数の魔族がいるのだ。それを倒しただけ青年の魔力は増加するわけであるが、逐一倒していくのはやはり面倒くさかった。
無論、自分から出向くことによるメリットも存在した。人間を襲撃するような魔族は低級なものが多く、それから学ぶようなことは一切存在しなかった。しかし、魔族の拠点にいる魔族の中には強い魔族もいた。
青年が今までに戦った中で単純な戦闘能力が最も高かった魔族は第七将軍エレクトロとかいう犬っころである。あれからは見たことも聞いたこともないような魔法を学ぶことができた。もしも自分と同じほどの頭を持っていたのなら、確実に自分は負けていただろう。少なくともそれほどには強かった。
あれが始めて戦った「将軍」という位の魔族であった。そしてそれ以降、青年は合計三匹の「将軍」を殺した。そのどれもが強大であり、中にはエレクトロよりも厄介なものもいた。しかし、青年が常に成長していた。エレクトロと戦った頃ならば苦戦しただろう敵も、今ならば苦もなく、殺すことができる。
「そもそも、犬っころとは相性が良かっただけなんだよなあ。あいつがあそこまで正々堂々と戦わなかったら、俺は確実に負けていただろうし。先が読めすぎるんだよな、あいつは。もし人間だったのなら、俺がしっかり教育してやったんだけどな」
青年は溜息を吐いた。むろん、そんなことは叶わぬ夢であり、ただ「もしもそうであったのなら」ということを言っているだけである。
「っと。ここ、かな」
青年は歩を止め、目の前に立つ門を見る。街の外門ほどではないが、結構な大きさだ。
「何者だ」
そう言う門番に向かって、青年は手を門番へと向けた。すると門番は顔を真っ青にして耳に手を当てた。通信魔法を行使しているようだった。
内容を軽く盗聴すると、
《王紋を持つ御方がいらっしゃいました。お通ししますか?》
《どんな奴だ?》
そこで門番はちらと青年の方を見た。
《とても若い男です》
《ほう。それは、私より、か?》
《はい。貴方様よりも、おそらくは》
《それは面白いな。通せ。許す》
その声と同時に、通信魔法が途切れた。
「お許しが出ました。どうぞ、お入り下さい」
「ああ。御苦労」
門が開き、青年はその建物の中へと入っていった。