第二節 -7- 会話
「貴様が、王紋を持つ者か?」
その女は、まだ二十歳にも達していないような女だった。
雪のような髪と肌。エメラルドのような目。唇は薄く紅い。長身で、すらりとした身体付きをしている。妖艶といった言葉が似合うような女だった。
「その通りだ。ほら」
言って、青年は自分の手を女に向けた。女は「ほう」と感嘆の息を漏らし、愉快そうに笑いを浮かべた。
「歳は?」
「十七」
「何故、それほどの若さで王紋を授けられた?」
「お前も持ってんだろうが。隠しても無駄だ」
その言葉に女は少しだけ驚いたような表情を見せた。しかし、すぐにその表情を笑みに変えた。
「何故、わかった?」
「俺ほど魔法に精通してると、無意識の内に魔法を解析しちまうんだよ。お前にかかってる魔法くらい、全てお見通しだ。その用心は良いが、客人を少しは信じてくれないかね。どんだけ魔法障壁を張ってんだよ」
「恐ろしいではないか。私もこの年齢だからな、色々と危険なのだよ」
「嘘吐け。俺が見る限り、お前はけっこうな魔法の使い手だろ。俺の足元にすら及ばないが、それでも、まあまあだ。魔族ならまだしも、人間には負けないだろ」
「まあな。そのために、私はこの街に魔法学校を設けていないのだから。もし設けてしまえば、私の反乱分子が魔法を学び、攻めてくるかもしれないからな」
「やっぱりそうか。この街には魔法が少なすぎると思ってたんだ。てことは、魔法を使える奴は、全員外部から来た人間ってことか」
「左様。と言っても、全て私よりは劣っている者だがな」
「それでも、念には念を入れて、か。慎重すぎるぜ、お前」
「慎重すぎるくらいで良いのだよ。自らの命に関しては、慎重になりすぎるということなどないのだから。現に、貴様は私よりも強いだろう。この障壁は、こんな時の保険だ」
そう言って、女は不敵に笑った。それに、青年は暴虐な笑いで応えた。
「どこが保険だ、馬鹿が」
その言葉と同時に、青年は女の方へ手を向けた。
すると、どっ、という轟音が響き、女の前に張られていた全ての魔法障壁に大きい穴が穿った。
「俺くらいを相手にするなら、こんなもん、保険にもなりやしねぇ」
女ははっと顔を上げた。目の前に青年がいた。移動したことに気付かなかった。気付けなかった。
青年がいつの間にか女の眼前に立っているのを見て、周りの兵たちは自らの武器を構えた。「下げろ」青年が言うと、兵たちは一斉にその武器を下げた。むろん、兵たちは自分の意思で武器を下げたわけではない。青年がその言葉に魔法を込めたのだ。
「……で、貴様は私に何の用だ? 王紋を授けられている身で、私の命を狙うとは思えないが」
女は冷汗を垂らしながら、その気勢を弱めることはせず、不敵に笑いながら言った。
それに青年は感心したように息を漏らし、笑う。
「ま、そんなビビるな。お前の言う通り、俺はお前の命なんぞ狙っちゃいない。ただ癖になってるだけだ。交渉をする時は、まず圧倒的優位を示した方が円滑に進むだろ?」
「それはただの脅迫ではないか」
「ああ、脅迫だ。俺は俺のことしか考えていない。お前が嫌でも、そんなこと俺には関係がない。俺は俺の為に、交渉相手の意思は踏みにじることにしてるんだよ」
「そんなことをして、貴様は何を望む?」
女はその表情を笑みに固めながら、怯えていた。自分の力を過信しているわけではないが、それでもこの青年の力くらいは解る。あれだけの魔法障壁を壊すことには、たとえ魔族であっても低級魔族であればできないだろう。上位の魔族でも、多少の時間は必要であるはずだ。
しかし、この青年はそれを一瞬でやってのけた。それは恐るべきことである。故に、女は警戒していた。この青年が何を望むのか。これほどまでの力を持つ青年は、何を望むのか。それはおそらく、人間にとって、いや、魔族にとっても、重大なことであるだろう。
そんな女の警戒を知ってか知らずか、青年はその表情を女がしてみせた笑みよりもさらに不敵な笑みに変え、言い放った。
「世界平和だ」
「……は?」
呆然。女の表情を一言で表すならば、それこそが最も適切であろう。
「世界平和、って、それは、本気で言っているのか?」
容易に信じられることではなかった。諸国の王、ましてや教会の者たちでさえ、魔族との戦いのことよりも自分たちの利を優先するような時代である。そんな時代に、世界平和を望む。それはとても崇高な考えであるが、とてもこの青年には似合わない言葉であった。
だが、青年はまるで当然のことのように頷く。
「無論だ俺は俺の為に生きている。そして、平和な世界で暮らしたいと望むのは、人間ならば当然の考えだろう? 故に、俺は世界平和を望んでいるんだ」
「それほどの、力があって、何故、そんな夢を見る」
「これほどの力があるからだ。おそらく、俺は現在この世界にいる人間の中で最も強い人間だ。才能だけならば俺を超える逸材がいるかもしれないが、実際の能力であれば、俺は誰にも劣らない。それだけの力があるんだ。なら、夢なんかじゃない。世界平和は、とっても現実的な望みだ。俺は、世界平和を成就させる。俺の為に、な」
「どれだけ、傲慢なんだ。自分の為に、世界平和を成就させる? まるで、自分が世界の主であるような言い草だな」
「いずれ、成るさ。世界の主足る人間は、俺以外にも今のところ一人くらいはいるが、俺も世界の主には成りたいからな。俺は世界に平和をもたらし、世界の主となり、世界中から讃えられる。どうだ? 最高だろう」
「もしも、叶えられるであれば、な」
「叶えるさ。絶対に」
青年は自分に言い聞かせるようにして言った。
「……そうか」
女は含むような笑いをして、立ち上がった。
「名を言っていなかったな。私はシェーラだ。貴様は?」
「俺は魔王を倒す者だ。よろしくな」
「ああ、よろしく」
そう言って女――シェーラは青年へと手を差し出す。しかし、青年はその手を取らず、ただ驚きに目を瞠っていた。
「どうした?」
シェーラが首を傾げる。それを見て、青年はまずます驚きに目を瞠る。
「……まさか、あの王以外に、この言葉を笑わない者がいるとは、な」
そして青年は楽しそうに、ふっと笑う。
「本当に、この世界は愛おしいな。お前みたいな奴がいるから、他がどれだけ屑に溢れていようと構わなく思えてくる。感謝しよう。お前がいてくれて、良かった」
そう言って、青年はシェーラの手を取る。シェーラは突然そんなことを言われてきょとんとしたが、すぐに「こちらこそ」と笑った。




