第一節 -12- 少年は……
少年に呼ばれたグローリーとリストが見たものは、今までに見たことがないほどに強大な魔族だった。
無論、それにも驚いたが、それよりも驚いたのが少年の言葉だった。
「グローリー、リスト。お前ら、こいつの魔力を奪え」
その言葉に、グローリーとリストは唖然とした。何を言っているのだろうと本気で思った。
その思いは当然だ。人間はその魔力を魔族から奪うことによって増やしており、その増える量はその魔族の最大魔力量である。そのため、魔族からすれば、人間は魔力を倒した魔族の最大魔力量をそのまま増やすことができる、なんてふざけているとしか言えないような存在であるが、それ故の欠点もある。
魔力が自然回復しないのである。
人間は魔力を使うと、その分魔力が消費され、それが自然に元に戻ることはない。魔族から奪うことでしか魔力を増やすことはできず、そのため、魔法を扱うには魔族を倒し、その魔力を奪わなければならない。
当然のことながら、奪う魔力量よりも多くの魔力を使って戦闘をしたとすれば、その総和はマイナスとなる。魔力を使ったのならば、その分を倒した魔族から奪わなければ損なのである。
しかし――故に、今、少年が言っていることはおかしい。
少年は此度の戦闘で多大な魔力を消費したはずである。遠視していたグローリーとリストから言わせると、見たこともないほどの魔力消費である。それほどの魔力消費をして、少年は彼らに魔族の魔力を奪え、と言うのである。なんともおかしい。
「何故だ? 貴様は魔力を消費しているだろう。貴様が奪えば良いではないか。私たちは、何もしていないのだから」
「そうです。私たちは何もしていません。だから、この魔族の魔力を奪う権利は、貴方に存在するはずです」
そんな彼らの言葉に、少年は呆れるように溜息を吐き、
「お前ら、馬鹿だろ。それじゃあ、なんでお前らをわざわざ連れてきたのかわからねぇだろ。半分以上が、このためだっての」
「ですが権利は貴方に……」
「うっぜぇなあ。なら、権利が俺にあるのなら、それをどうしようと俺の勝手だろ。だから、お前らが奪え。それで良いだろ」
「屁理屈だ」
「屁でも理屈なら良いだろ。そもそも、魔法を使うのなら、理屈に囚われてんじゃねぇよ。感覚と理屈を組み合わせて考えろ。理屈がどうでも良いわけじゃあないが、それよりも重視するものも存在する。正しき天秤にかけよ。それにのみ正しき道は示される、ってな」
少年の言葉には納得できなかったが、間違ったことを言っているわけでもない。それに、魔力を貰えると言うのは本来であればありがたいことである。しかし、少年にはこれまでにも色々と世話になっている手前、この上少年が倒した魔族の魔力まで貰うと言うのは、気が引ける。
「……ったく。固い奴らだな。勘違いしているんだったら、言っておく。これは別にお前らのためを思ってとか、そんなもんじゃねぇ。俺は俺のためだけに行動している。お前らのためだとか、そういう善の心など俺には存在しない。これは、俺のためのことなんだ。お前らが魔力を得る。そうすることが、俺にとっての得なんだよ」
グローリーとリストがわけがわからないと言うような顔をする。少年は再度溜息を吐く。
「お前らが魔力を得ることにより、この国の戦力を増強させる。お前らは魔法のセンスは良いし、それも俺が少しは開花させてやった。お前らには、知識と技術の両方が充分に存在する。そこで、足りないのは魔力のみだ。故に、俺はお前らに魔力を与える。さすれば、お前らは俺が認めるレベルに達する。つまり、俺が手を貸さずとも、もう良くなる。お前らが持つ知識、技術をもって、部下を鍛えろ。そして、強くなれ。お前らだけでも、魔族に侵攻することが可能になるほどに。……わかったか? 俺は、俺のためにお前らに魔力を与えるんだ。もう、お前らに手を貸すのは面倒くさいから、それが嫌だから、お前らに魔力を与えるんだ。わかったら、さっさとその魔族から魔力を奪え」
少年はそんなことを言った。
その言葉が嘘のようには思えなかったし、事実、少年は本心からそんな言葉を放っていた。無論、ただ言葉だけ聞いたならば、自分の本心を隠すのがとてつもなく下手な言葉であると言う印象、噛み砕いて言うのであれば、本当は相手のためなのだけれどそれを正直に言うのは恥ずかしいから嘘を吐いたけど、その嘘が下手であると言う印象を受けるであろう。しかし、少年の言葉は紛れもなく本心であり、つまりは本心からグローリーやリストに魔力を与え、いわゆる自立をさせると言うことを自分のためにすると言っているのだ。グローリーやリストでさえ、少年が本心で言っているのかどうかを疑うくらいに紛らわしいが、少年がたった今言ったことは紛れもなく本心なのである。
「……では、頂きます」
リストが遠慮がちに会釈をし、エレクトロの死骸へと歩み寄り、その手をかざした。
「未だに納得はしかねるが、貴様に従い、私も頂こう」
グローリーは無理に尊厳な口調をしながら、リストと同じようにして、手をかざした。
すると、エレクトロの死骸から膨大とも言える魔力が彼らの体内に流れ込んだ。
「なぁッ!」「むぅッ!」思わずそんな声を上げてしまうほどの膨大な魔力。彼らの体表に血管が浮かび上がり、その中を魔力が這いずりまわる。彼らの体内で魔力が暴れ、肉体が拒絶反応を示す。膨大すぎる魔力が突然体内に流れ込んだことによる拒絶反応であった。全ての動脈がはっきりそれとわかるほどに浮かび上がり、目が血走る。耳鳴りがする。呼吸ができず、肺が締め付けられるような感覚に襲われる。喉も胃も、全ての器官が締め付けられるような感覚。否、感覚だけではなく、実際に締め付けられているのかもしれない。胃液で口内がいっぱいになり、とても苦い。眼球が今にも飛び出してしまいそう。痛み。苦しみ。不快感。様々な感覚が体中を巡り、暴れまわる。
――どのくらい時間が経ったのか、やがて、それは終わった。
ぜぇぜぇ息を吐きながら、彼らは地に倒れ伏していた。その近くには吐瀉物がぶちまけられており、つんと鼻を刺す臭いがする。彼らの口の周りにはそれと同じものが付着しており、今はそれと土が混ざっている。汗で身体中がびしょびしょに濡れ、顔面は蒼白。ぷるぷると身体が痙攣している以外には、何の動きもない。
その近くには、既にエレクトロの死骸はなかった。魔力が奪われるにつれて、その肉体は影のように消えていき、ついには完全に消えてしまったのだ。
「結構耐えたな。最低でも失禁するとは思ってたんだが、まだ意識があるじゃねぇか。これは予想以上だ。お前ら、やっぱり見込みがあるよ。王の配下から離れ、俺と来ないか?」
笑いながら言う少年に対して、彼らは揃って力なく首を横に振った。